黒 の 主 〜予感の章〜





  【2】



 グティックが顔をあげてまたこちらを睨む。それから大きくため息をついて、今度は下を向かずにやはりまたこちらを睨んで怒鳴って来た。

「いいか、お前の思惑がどうあれ……俺はお前に感謝してるんだ! それくらいは素直に受けてくれ!」

 言うと彼はセイネリアに向かって、その場で深く頭を下げた。

「……別に必要ないんだがな。だがあんたの気がそれで済むなら受けて置く」

 セイネリアも呆れたようにため息をついてみせれば、顔を上げたグティックがこちらを見てくる。今度は睨んでいるというより、思いつめているような顔で。

「それに……皆には言えないが、俺は今回トーラン砦に行って結果的には良かったと思ってる。もし……お前がこの隊に来る事がなく、砦に行く事もなかったら……俺はここで何も得られなかった。騎士になったのに自信もなく、自分の力に諦めたままだらだら生きてたと思う。でも今は……目指すものが見えてる、それも……お前の、おかげなんだ」

 確かにここに来たばかりの頃と今とで一番変わって、セイネリアから見て『見込みがある』と思えるのは彼かもしれない。能力的に一番伸びたのも彼だろう。ただそれはこちらのせいだけではないとセイネリアは思っている。

「そこまで思わなくてもいい。確かにあんたは変わった、随分いい目になった。だがそれは俺のせいという程じゃない。あんたはもともと真面目だった、おそらくはサボってる間もずっとそれに罪悪感を感じてたんだろ、このままじゃ良くないと思っていてもいい出せなかった。もしかしたら人に隠れて基礎訓練くらいはちゃんとやってたんじゃないか?」

 グティックはそれに少し驚いた顔をしたあと、バツが悪そうに目をさまよわせた。おそらく予想は当たっているのだろう。

「だからきっと、少しのきっかけがあればあんたなら自力で目標を見つけた可能性も高いさ」
「いや、お前のアドバイスがあったから、俺は目指す方向が分かった」
「そうか、あんたなら自分でその内気付けたと思うぞ」
「そうだとしても、お前のおかげで回り道をせず済んだ、これは大きいだろっ」

 また怒るように怒鳴って来た彼に、セイネリアはあくまで茶化したように言ってやる。

「だが、自分で試行錯誤の末に気づいた方が、あんたにとっては良かったかもしれないぞ」
「……どういうことだ?」

 怒っていたグティックの勢いがそこで消えて、彼は訳がわからないという顔をする。

「答えはすぐ見つからないほうがいいこともある。答えを見つけるまでに違う方向で試行錯誤すれば、それだけ幅広い技能と広い視野が手に入る。自分が専門とするもの、得意とするもの以外の事を知っているのは後で必ず役に立つ。それに、もし目指す道を外れてしまっても他へ行く道を見つけやすい。いつでも正解だけを選んで生きて来た人間は視野が狭く潰しが利かない、その道で形にハマった事しか出来ない」

 それに真面目な男は、また大きく目を開いてこちらを見つめる。まるで手合わせの後、彼にアドバイスをした時のように瞳を輝かせてこちらを見上げる。

「やっぱり……お前はすごいな。回り道も意味がある、とお前は考えるのか」
「どんな回り道でも馬鹿にせず真剣に取り組んでいれば、それは全て自分にとってプラスになるというだけだ」
「はは……本当に、お前の歳で言える言葉じゃないだろ。ってか本当にすごいな、だからお前は戦場でもあんな冷静に、相手の先を読んで正しい判断を下せる訳か」

 どうやらこの男は自分に感謝するだけでなく、自分の事を実質以上に高く評価しているらしい。見下されるのも面白くはないが、こうしてやたら持ち上げた目で見られるのもセイネリアとしては迷惑だ。

「……あのな、いつでも正しい判断なんか出来る訳ないだろ。確かに俺は、俺から見て正しいと思った選択肢を選んでいるがそれが毎回正解だった訳じゃない。あのダンデール族との戦いの時だって読み違いもあればミスもしてるぞ」
「そう……なのか?」
「そうだ、砦兵からダンデール族の話を聞いた時点で砦の奴らの思った通りにいかない気がしていたのに途中の遭遇戦で彼らを先にいかせた。大崩れの可能性はあると思っていたがあそこまで崩れたのは想定外で被害を出しすぎた。それと蛮族共のアジトだが、いかにもヤワそうでこちらから攻めるなら罠はありそうだとは思ったがまさかあそこまで手の込んだのを仕込んでるなんて思わないだろ。あんた達が俺の指示通り逃げた連中を追ってなかったら本隊にまであの化け物が来て被害が出ていた可能性は高かった。それにあの化け物との戦いだって、俺は馬鹿なミスをしてる」

 まだ目を丸くして驚いているような男は、本気でミスが分かっていないらしかった。

「何がミスだったんだ?」




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