黒 の 主 〜予感の章〜





  【1】



 春になって暫くすれば騎士団の冬季期間が終わる。
 役職持ちや守備隊にとっては仕事内容や時間の切り替えだけだが、予備隊は人間自体が入れ替わる。冬季担当の通称後期組の期間が終わって、前期組と交代するのだ。
 とはいえ厳密に言えばある日を境に完全にメンバーが入れ替わるのではなく、一応前期と後期には仕事の移行期間として重なる期間があった。ただこれがこれから休みに入る方――秋から冬なら前期組、冬から春なら後期組――はその移行期間の騎士団勤務は強制ではなく自由参加となっているため、普通はその期間になった途端にさっさと休みに入る。そのため結局は移行期間に入った途端完全入れ替えとなる訳で、前期組の人間が後期組の者と顔を合わせる事はほぼなかった。

 勿論、セイネリアも後期組の連中には一度も会う事はなかった。
 騎士団復帰の日に行けばいたのはいつもの面子だけで、いつも通り気まずそうな空気の中、会話もなく隊の後ろに並んだ。
 復帰初日は団内の施設の整備やら荷物移動等、各隊に仕事が割り当てられていたから体を解す程度しか訓練はなかった。だから他の隊の連中……当然守備隊の者達とも、見かけはしても話したりする事もなかった。

 ステバンの方も流石に切り替え時期は忙しいからすぐ試合を申し入れてくる事もないだろうし、セイネリアも急かすつもりはないから余程待たされない限りは向うが何か言ってくるまで待つつもりだった。
 ただ正直を言えば、セイネリアとしてはこうしているのを時間の無駄と思わない事もなかった。とはいえ当初予定ではそれを承知で1年はいるつもりだったから、もう暫くは騎士団を中から観察するのもいいとは思っていた。

「次はこっちの荷物を兵舎の倉庫に入れて置けとさ」

 買い出しの連中が置いて行ったのか食料らしき荷物が積まれたところでバルドーが言えば、各自文句を言いつつも荷物を持ち上げる。セイネリアは一人で他の連中の倍近い荷物を持ち上げると無言で歩き出した。
 隊の連中はこちらを見ているが話しかけてくる者はいない。
 視線は恐れと戸惑いが大半と言ったところで、どこかうしろめたさを感じているらしいのもある。ただ敵意的なものは感じなかったので、それは意外といえば意外だった。休暇の間に少しだけ彼らの中で心境の変化でもあったのか、セイネリアにとっては逆に居心地の悪さを感じさせたくらいだったが。

 そしてその日の仕事が終わった後、セイネリアは軽く剣を振ってから兵舎に戻るつもりで一人訓練場に残った。
 春とはいえまだ日が落ちるのは早く、辺りは暗くなりかけている。
 多少薄暗くなっても自主訓練なら問題ないから気にせずセイネリアは剣を振っていたが……実を言えば剣を振り始める前から自分を見る視線には気付いていた。だから暫く様子を見た後、辺りに他の人間がいない事を確認してから声を掛ける事にした。

「何か用があるんだろ、グティック」

 彼は目がいいのもあってかなり離れてみていたようだが、気配を消すのは隊の中ではマシとはいえ上手いとは言えない。暫くすれば積み上げてあった荷物の隅から出てきて、こちらに向かって歩いてきた。
 思いつめた顔で俯いてやってきた彼は、夕暮れでもどうにか顔が見えるくらいまでのところへ来ると足を止めた。

「セイネリア……お前の事なんだが……この休みの間でいろいろ考えたんだ」

 グティックは真面目過ぎる。だから恐らく、助けられたというのもあってセイネリアを悪く思えなくて葛藤したのだろうと考えられた。

「そんなに深く考える事はない、俺の事は隊の連中を危険に晒した戦闘狂とでも思っておけ」

 無駄だとは思うがそう言えば、真面目な男は抗議するように言ってくる。

「戦闘狂は違うだろ、お前は別に出来るだけ戦闘になるように振る舞ってはいなかった。しかも勝敗が決まったらさっさと戦うのを止めてたじゃないか」
「だが戦闘では、真っ先に敵に向かって行ったろ」
「それはお前が一番強いから、まずお前が敵に当たるのが一番被害が少ないという計算だったんだろっ」

 言っている間にグティックの声がどんどん怒鳴り声になって顔も赤くなっていく。終いには泣き顔みたいになってこちらを睨む男に、セイネリアは笑って肩を竦めて見せた。

「買い被りだ」

 グティックは大きなため息と共に顔を下に向ける。

「……何故、わざと嫌われようとするんだ? 俺は知ってる、お前はいつも一番危険な役を受け持って、出来るだけ他の連中に被害が出ないように立ち回ってた。敵だって不必要に殺そうとはしていなかった。お前はいつでも冷静で、正しい判断をしていた。お前がどう言おうと、あの戦場で俺達が生き残れたのはお前のおかげだ」

 確かにそう立ち回ってはいたが、彼が思う自分の姿と実際の自分の思惑には違いがある。

「あんたの言い方だと、まるで俺は皆のために戦った英雄様みたいじゃないか。言っておくが俺はそんな善人じゃない。ただ単に負ける気はなかったから勝つために最善の方法を取っただけだ」
「それでもっ、結果的に俺達はお前のおかげで生き残れたっ」





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