黒 の 主 〜騎士団の章・二〜





  【34】



――これが戦いの前って奴なんだな。

 バルドーは周囲を見てそう思う。バルドーも冒険者時代はあったが、傭兵はやっていなかったし、大規模な戦闘のある仕事を受けた事もない。騎士団に入ってからも前線に飛ばされた事はなかったから、こういう雰囲気を肌で感じるのは初めてだった。
 武器の点検をする者、動きの打ち合わせをする者、精神統一をしている者。どの顔も真剣で無駄口はなく、行動にも無駄がない。少なくともここにきて怯えたり、不安な顔をしている者はいない。

――命が懸かってるんだ、そりゃそうだ。

 命が懸かった戦闘に関して一番経験がないのがこちらの隊の連中なのは確かで、それでも前哨戦のような先程の戦いで自信がついたのか、この空気に飲まれず仲間達は落ち着いているようには見えた。
 例外としてたった一人、明らかに怯えているのが分かるのは隊長だが、それでもプライドは一応あるのか騒いだりはしていない。それだけで上出来だろうとバルドーは思う。なにせ隊長はひたすら後方部隊のところでじっとしていてくれればいいだけだから、黙って騒がずにいてくれればそれだけでいい。

 ただ、問題は……。

 隊の中でも後方でこそこそ話している連中を見てバルドーは悩む。彼らに一声かけるべきかどうか。
 先程の戦いで痛い目にあったのは基本砦兵達だけで、すぐにセイネリアが敵をひきつけて立て直したからこちらは終始有利な状況の中で戦えた。それで自信をつけたのはいいのだが、あの連中は少々悪い方向に自信を付けたようだった。
 バルドーはグディックと共に隊の連中のフォロー役に徹していたから、彼らの動きをよく見ていた。最初は後ろで恐る恐る見ていただけだった彼らだが、蛮族達の数が明らかに減ってきたあたりからやけに強気になって前に出るようになり、バルドーは何度も前に出過ぎるなと怒鳴らなくてはならなくなった。

 セイネリアは言っていた。先程のは勝って当たり前の戦いだったと。
 だが次は基本不利であるから、不味い動きをすれば即死に繋がるし、他人を助ける余裕などないと思え、と。一人を助けるために全員を危険に晒すようならその一人は見殺しにしろ。助けてもいいのはそれだけの価値ある人間だけだ――酷い言葉だが、確かにそれは正しいとバルドーも分かっている。

――奴なら本気で役に立たない人間は見捨てるんだろうな。

 なら自分はそれが実行できるかと考えて、溜息をついて彼らの傍にいく。やれやれ損な役回りだと思いつつ、彼らも仲間として長くやってきた連中であるからせめて警告だけはしておかないとならないだろう。

「おい、ちょっといいか?」

 仲間とこそこそ話をしていた連中は、それで顔を上げてこちらを見てくる。

「さっきの戦闘でもいったが、あんま前出過ぎないように気をつけろよ」

 だがバルドーの言葉にも胡散臭げな顔をするだけで、少なくとも言葉を受けて反省しそうな素振りはなかった。

「あぁ、分かってンよ」
「向うはどんな隠し玉を持っているか分からない。慎重に動くくらいで丁度いいからな」
「わーってる」

 その後に『うるせぇな』と付きそうなその口調には苛立ちというより呆れるしかない。怯えていないのはいいのだが、先程の戦いで悪い意味で彼らは自信を持ってしまったらしく、本番である次の戦闘で抑えるべきところできちんと抑えてくれるか不安が残る。

「とりあえず、こっちの指示には聞いてくれ」
「だから分かってるって。ほら、化け物様のお帰りだぞ、いかなくていいのかよ」

 言われてバルドーは声が飛び交っている方を見る。確かにセイネリア達が帰ってきていた。バルドーはそこで苛立って声が荒くなりそうな自分をどうにか押さえて一息つくと、最後に一言だけ付け足した。

「言っておくが、お前のためだからな」

 我ながら押しつけがましい台詞だと思いつつも、この程度しか思いつかなかったのだから仕方ない。それでセイネリアの方へ向かう事にしたバルドーに、背後から声が返ってくる事はなかった。




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