黒 の 主 〜騎士団の章・二〜





  【33】



 治癒役連中の許可が出てから、部隊はダンデール族の拠点に向けて出発した。
 時間は丁度昼過ぎ、出発までに昼食は済ませておくようにいっておいたから、後は目的地が見えるまでは休憩はなしだ。
 蛮族側も先程の戦闘に懲りたのか、それともケイジャス側が抑えているのか、途中で敵の偵察部隊に会う事はなかった。
 だから順調に道を進んで、出発からさほど掛からず目的地には到着する。
 ギリギリ敵の拠点が見える場所で部隊は停止し、その場に簡易結界を張る。これは昔、アガネルが家の周囲に張っていた結界の即席版で敷地内に誰か入ってきた事を知らせるだけものだが範囲が広くとれるため使い勝手がいい。砦兵のロックラン信徒が張っているのだが、砦兵達は先程の戦いで前衛系の連中が減ったのもあって弓や補助役の割合が多くなったので、案内役の一人以外は負傷者と合わせて後衛の護衛に回す事にしていた。

 そうしてこちら側の準備が出来てすぐ、その案内役と各隊から一人づつを連れてセイネリアは直接相手の拠点の傍まで様子を見に行った。とにかく作戦を立てるにしても、実際見てみないと話にならない。
 慎重に近づいて、各自木の影から敵の様子を観察する。実を言えばこういうのはセイネリア一人の方がリスクも低いし手っ取り早いのだが、一人だけの観察ではその視点で見れるモノしか気付けない。限られた視界の中から有用な情報を出来るだけ多く手に入れようとするなら多くの違った視点から見るべきだ。だから隠密行動が出来る人数とリスクを考えて、それぞれの隊から一人づつ連れて来た。

「思ったよりも手間が掛けてあるな」

 見てまずすぐ、セイネリアはそう呟いた。

「やはりケイジャスの知恵が入ってるようですね」
「この分だと、結構人数もいそうだ」

 続けてそれぞれが小声で言ってくる。その顔はどれも険しい。
 最初に砦兵達が馬鹿にしていたダンデール族の文化程度だと、拠点といってもいいところ木を利用してロープを張るとか、それさえもなく堀で囲むくらいが関の山だと思われていた。
 だが実際は、ある程度整地した上に堀と木で作った柵で囲んでいて、流石に櫓を建ててはいないものの代わりに周囲の木の上に見張り用の台が設置してあった。柵自体はそこまで高くはないがご丁寧に上は尖らせてあるから乗り越えるのは少々厄介ではある。
 出入口らしい場所は両脇に大きな木が立っていて、その間に人の背くらいの高さの木の板の扉がつけてある。更に言えば門代わりの入口両脇の木の上には台があって弓を持った者がいる。ただ扉自体は軽そうだから壊すのは難しくはない。破城槌を用意するまでもなく、数人の体当たりでも楽に壊せそうだった。

 あとの問題は敵の戦力で、中にどれくらいの人数がいるかだが、流石にそこを外から確認するのは難しい。こういう時、クーアの千里眼があれば楽なんだが……と思ってセイネリアは苦笑する。ないものを強請っても仕方ないが、あれは確かに戦争であるとないでは大ちがいだ。
 ただこういう場合は相手の数を多めに、こちらにとって最悪のパターンを考えておくべきだ。
 柵の向う側を見たところでは、小さな天幕が並んでいる中、割合ちゃんとした小屋と言える建造物も見えたから、ケイジャス兵がいる可能性も考えておいた方がいいかもしれない。
 これを見て多くて50とはどれだけいい加減なんだと言いたくなる。

――数百の大部隊はないとしても、百はあり得るな。

 弓がいるのは確定だし、戦力的にはなかなか厳しい。
 それでもそこまでは想定内で念のため程度だった準備が使えるだろう。数の話をすれば厳しいとしか言えないが相手が蛮族ならどうにかなる――それがセイネリアの判断ではあった。

「弓の連中、蛮族じゃない……ような」

 その声にセイネリアは目を凝らす。
 声は予備隊からの代表として連れて来たグティックのもので、言われれば確かに入口脇の木の上にいる連中は蛮族としては少しおかしいと思えた。恰好は一応ダンデール族らしく上半身裸ではあるが……あえていうなら姿勢が良すぎる。その割りにはあまり真面目な様子はなく、反対側の木にいる見張りに遊び半分のような声を掛けていたりもしていた。

「言葉が分かるなら確定出来るんだろうが……確かに蛮族らしくないな」

 元々ダンデール族が本当に弓を使っていなかったのなら、あそこの見張りはケイジャス兵なのかもしれない。

「……なら帰る前に、一度試しておくか」

 言いながらセイネリアは、少し離れたところに転がっていた手ごろな大きさの石に目をやると自分のマントを肩から外した。




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