黒 の 主 〜騎士団の章・二〜





  【28】



「そろそろ終わるな」
「そうですね」

 見ている中、戦闘が次々終わって辺りが静かになっていく。
 転がっている死体は圧倒的に蛮族の方が多い。こちら側は最初に崩れた時の犠牲者以外、以後は殆ど死者は出ていないと見て良さそうだった。
 思った通り、立て直して本来の動きが出来るようになればこの程度の相手なら問題はなさそうではある。こんな有利な状況……そうでなくては困る、とセイネリアも苦笑するところだが。

 そこで、高い笛の音らしきものが敵がやってきた方角で鳴った。
 状況からすれば蛮族側の撤退命令だろう。ただもう生き残っている蛮族達はあまりいないようで、殆ど戦闘が終わっているこの状況では戦場的に変化はあまり見えなかった。
 それでもそれで蛮族達が負けて自分達が勝った事を確信したのか、戦闘が終わってぐったりしていた連中から歓声が上がった。

――まったく、まだ油断していい状況ではないだろ。

 喜んでいる奴らに水を差す気はないし、今回はさすがにここで別の敵部隊がやってくるとは思えないからいいが、この程度で一々喜ばれても困るというものだとセイネリアは思う。

「まだ油断していい状況ではないでしょう」

 ただ、そこで聞こえて来た苛立ち混じりの彼女の呟きには笑ってしまって、セイネリアとしては自分の苛立ちが霧散してしまった。

「とりあえず今回は大丈夫だろうさ、俺も隊の連中のところに戻るとしよう」
「……そうですね」

 彼女もため息をついてからそう返してくる。それを見てまた笑ってから、セイネリアは振り向いて彼女に聞いた。

「ところであんたの名前は?」

 女は少し目を見開いてから、にこりと得意げに笑って答えた。

「シーナ・ヴァンサ・グローです」

 それからくるりと踵を返して、彼女は傭兵連中の方へ歩いて行く。セイネリアもバルドー達の方へと向かう事にした。






 今回の戦闘でのこちら側の死者は7人、全員が砦兵であるから死者が出たのは本当に最初に崩れた時だけだった事になる。当然負傷者はそれなりに出ていたが、リパ神官が2人いたのもあって大半は治癒で問題なく復帰できる見込みだった。傷が深かった者はさすがに治せても前線復帰はきついが予備戦力として後衛陣の護衛程度は出来るため、全体として戦力的にはそこまで深刻なダメージを受けたという程の状況ではない、と言えるだろう。蛮族はほぼ全滅に近い状態であるから、数だけで語ればこちらの圧倒的勝利ではある。

 とはいえ襲撃を受けた段階で作戦をそのまま実行するかは難しいところで、砦との連絡待ちと怪我人の治癒や後処理に専念するため、戦闘終了後に周囲に簡易結界を張って部隊はその場に留まった。
 戦端が開かれた段階で偵察役をそのまま砦へ行かせたから、こちらが敵とぶつかった事はそろそろ砦にも伝わっている筈だった。このまま作戦続行となれば目的地で戦闘が始まるのは昼を大きく過ぎてからになり、戦闘中に日が沈む事も考えられる。一応相手の拠点近くにこちらも陣を張って夜を越す可能性も考えられてはいたといえ、距離的には一旦戻って出直した方がいい状況だ。

 ただし、それはあくまでこちらの部隊だけの都合の話で、ソド族の方へ向かった部隊が既に戦闘に入っている、もしくは入ろうとしているのなら話は別だ。

 その場合は同時攻撃に拘っていた指揮官様が帰ってこいと言いはしないだろう。そしてまたこういう場合は、そうでなければよいのにと思っていた方が大抵は現実になるものだ。




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