黒 の 主 〜騎士団の章・二〜





  【26】



「ダァxxxx!」

 投げられた槍をセイネリアは避ける。投げた男はそれで追うのを諦めた。
 これで現在セイネリアについている蛮族は4人となる。
 いくらセイネリアでも魔槍を出さない状況で追ってきた連中全員とその場で戦うなんて愚は犯さず、状況を見つつ木を使って逃げ回り、今は最初に追ってきた連中から半分近くまで減っていた。
 セイネリアは森を走るのは慣れている、逃げていれば負けはしない。だがそろそろ片づけていい頃かと足を止めた。
 向うも足を止めようとその足が緩むのが音で分かった。いや、1人だけ逆に走り込んでくる音が聞こえる。セイネリアは振り向いた。ただしその場には先程蛮族が投げた槍が落ちていて、セイネリアはそれを拾って振り向きざまに相手に投げた。
 槍は蛮族の喉下辺りに当たる。槍の勢いに押され、蛮族の男は血を撒き散らしてそのまま後ろへ仰向けに倒れた。

「xxx! xxx!」

 残った3人が叫んで一斉に足を止める。セイネリアはそれを見て笑みと共に剣を抜いた。
 だがそこで風を斬る音が聞こえたかと思えば、残った3人の内1人が唐突に横へと倒れた。その音はセイネリアには聞きなれたもので、すぐにもう一度同じ音がしてそれは蛮族達の傍の木に刺さった。

――なかなかいい腕じゃないか。

 ちらと撃ち手がいるだろう方向を見れば、やはり見覚えのある姿を木の影に見つける。傭兵部隊で見た弓持ちの1人で女だ。

「xxxxっ!」

 流石に蛮族達も警戒をして木の影に隠れたが、それぞれが別の木に隠れてくれたおかげでこちらとしてはやりやすくなった。まずは1人、向かっていけば当然槍を突き出してくるが、投げられるだけあって蛮族達の槍は軽い。避けると同時に踏み込んで柄を剣の根本でぶっ叩けば大きく弾かれて刃先が逸れる。ここでは棒術としての動作が制限されているから弾かれたまま柄を回して叩く事も出来ない。
 セイネリアは蛮族の横腹を刺してそのまま外へ薙いだ。騎士団支給の剣は自前の剣より柔いから、骨のあるところは狙わない。
 次いですぐ、最後の1人の方へ向かう。

「xxxっ、xっぁ!」

 恐怖に強張った目で何か叫びながら、蛮族の男は必死に槍で何度も突いてくる。セイネリアは最初の2、3撃だけを剣で受けてから軽く一歩だけ下がった。そうすれば僅かに向うが隠れていた木から身を前に乗り出す。だから今度は受けずに避けて、誘うようにまた少し後ろへ下がった。
 思った通り相手は更に木から大きく身を乗り出して――そこでその頭を矢が貫く。男の体が横へ傾く、それから腕が落ちて槍が落ち、最後に体が崩れ落ちた。

「助かった、いい腕だ」

 射手に向かって声を掛ければ、女は木の影から出てきた。細身の体に赤茶の髪を後ろで縛った女は、服装的にほぼ肌を出す部分がないのに防具らしきものは殆どつけていない軽装でいかにも狩人らしい。前髪をかきあげたその腕には森の女神ロックランの腕輪が見えたから確定だ。

「どうせ向うじゃ出番がなさそうでしたから。それに貴方に貸しを作っておくと得そうですし」
「成程」

 言いながらもセイネリアは乱戦状態の他の連中の方へ歩きだしたが、もう状況的に急いで戻る必要はなさそうな事もあって足運びは緩い。
 女も少し離れてついてきたが、向うも向うで少しも急いでいないからあちらの戦いに戻る気はなさそうだった。確かに乱戦だと味方に当たる可能性もあるから弓役の出番は殆どない。だからセイネリアが敵を連れて離れていったのを見て、こちらの方が仕事が出来そうだと思ったのだろう。後は本人が言った通り、こちらに貸しを作っておこうという打算だろう。

――傭兵部隊はなかなか使えそうな連中が揃ってそうだな。

 周囲を見渡したセイネリアは傍観者を決め込んで、あとはもう味方の働きぶりを眺める事にした。
 なにせ戦況自体は既にほとんど決まっていて、明らかにこちらの勝ちが見えていた。ただ蛮族達は引かずに突っ込んでくるから戦闘自体はまだ終わっていないだけだ。あとはただの点数稼ぎだからやりたい奴にやらせておけばいい。





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