黒 の 主 〜騎士団の章・二〜





  【24】



「各自、まずは木の影に隠れろっ。それと光石が使われるから気をつけろよっ」

 バルドーが手を上げて皆に言う。勿論それは敵に聞こえる事がないよう、さほど大きくない声で。

「わ、私はどうすれば良い?」
「隊長殿は文官殿と一緒に、後方で隠れてお待ちください」

 こちらが戦闘準備に動いている中、怯えた顔でぼうっと突っ立っていた隊長は、バルドーにそう言われて安堵した顔で頷いた。

「うむ、分かった。あー……くれぐれも、注意するように」
「ありがとうございます。我が隊が壊滅したら砦まで逃げていただいて結構ですが、森の中にも敵がいるかもしれませんのでそこはくれぐれも御慎重に」
「う、うむ、そ、そうだな」

 さすがにバルドーは隊長の扱いに慣れている。どうせ役に立たないからずっと隠れて貰うのはいいが、無暗に逃げられるのも困る。森も危険だと脅しておけば、そう簡単には逃げないだろう。

 そんなやり取りをしている間に、隊の後方にいる傭兵部隊の方へガズカが伝えに行って、傭兵連中も木に隠れていく。連日の会議でその辺りの打ち合わせはしてあったのか、こちらより前にいる砦兵達の隊も木に隠れて待っていた。彼らは槍持ちが多い、敵が槍ならそういう意味でもまず彼らが先に行ってくれたほうがいいだろう。

 やがて、見ている先から声が聞こえる。言葉は聞き取れない、蛮族の言葉だ。

 木と木の間から動く影が近づいてくる。
 思ったよりもゆっくり歩いてくるのは何か意味があるのか、セイネリアが目を凝らせばやっと姿がある程度判別出来る。
 それは、予想通り槍を持った人のシルエットで、更に見ていればその人物達はボサボサ髪に上半身裸と、砦兵が言っていた通り原始的な連中というダンデール族のイメージそのままの姿をしていた。先頭を歩いてくる数人は彼らの中でも強い者らしく特にガタイがよい。セイネリア程ではないが北の方にいる蛮族よりは背が高いらしく、その裸の上半身には何か文字や絵が描かれていた。そして顔は――見た途端マズイと思ったセイネリアは声を上げようとしたが。

「目を瞑れっ」

 前からそう声があがって、反射的にセイネリアは目を閉じる。だから代わりに音に意識を集中する。
 前面に、瞼や手でさえぎ切れない光が弾ける。
 蛮族達の声があがる。……だが、それは少々おかしい。光をまともに受けたならもっと悲鳴に近いものであるはずだ。その理由をセイネリアは分かっていた。

 だから、光が収束して、聞こえた砦兵側の悲鳴にもセイネリアは驚かなかった。

――いくら馬鹿相手でも、同じ手を何度も使えば当然だ。

 砦兵が光石を投げる直前、セイネリアは見た――敵の先頭を歩いてきた連中は目隠しをしているのを。おそらく光石対策として目隠し、そのために目が見えなくても戦えるように訓練したのか。動物でさえ何度も同じ手を使えば学習してひっかからなくなる、単純すぎる対策だが、これは十分に想定出来た状況だ。こちらへやってくるのがやけに遅かったのもそのせいだろう。

 目隠しをした蛮族の戦士がその槍で砦兵の一人を刺していた。砦兵達は、光石を投げつけてからいつも通り突っ込んでしまったのだろう。
 目を開けて、確認したその光景を見た途端、セイネリアは走りだした。

「おい、待ててめぇっ」

 聞こえたバルドーの声には一応一言だけ返しておく。

「先に行って立て直す、あんた達はその後に来いっ」

 彼ならそれで分かっただろう。想定外の事が起これば、砦兵達はパニックに陥る。見下していた分、反撃された事が信じられなくて、けれど仲間の死体を目前で見て、蛮族と違って『死』に慣れていない兵は恐怖に支配される。
 セイネリアがその場に着く前に、砦兵の死体が作られていく。
 おそらく、今まで蛮族達との戦いで怪我こそすれ、死人が出た事は滅多になかったのだろう。だから、今までの手が通じなくて戸惑っている間に仲間が死体になるのを見て思考が飛んだ。

――これだからこの国の正規兵は弱いんだ。

 型にはまった戦闘のまま崩れなければ楽勝だが、想定外が起こると対応できない。まさに平和ボケだなと呟いて、前線の筈の砦兵までこのありさまだとはと呆れる。
 とはいえ、馬鹿は死んでおけと言える状況ではない。建て直せばちゃんと使える貴重な戦力を減らす訳にはいかなかった。





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