黒 の 主 〜騎士団の章・二〜 【2】 騎士団員として支給され普段帯剣しているのは刃がある本物の剣だが、勿論訓練用に刃部分が全部丸くなって斬れなくなっている剣もある。初心者なら木剣もありだが、ある程度の腕になったら重さや感覚が違いすぎて遊びにしか使えない。特に、剣の重量コントロールが重要な両手持ちの長剣は木剣だと重心が違いすぎて訓練にもならない。だからわざわざ訓練用の刃のない剣があるのだが……殆ど使う者がいないから出してくるのも面倒であるし、どうせただ振るだけなら問題ないとセイネリアは訓練でも普通の剣を使っていた。 「いやいい、時間が勿体ないし、こちらの方が緊張感があって集中できる」 言いながらステバンは腰の剣を抜く。おそらくそういうだろうと思っていたからセイネリアは笑って返した。 「なら怪我をしても文句をいうなよ」 「出来れば怪我前提のやり方はしないでくれると助かる」 「まぁ、善処する」 言ってから、互いに笑って少し距離を取るのだが、セイネリアはふと思いついて途中で振り返った。 「そういえばあんたはリパ信徒だったな。なら魔法ありでいいぞ」 ステバンも足を止めて振り向いたが、顔を微妙に顰めていた。 「君は使えないのだろ? ならこちらだけ使うのは不公平だ」 「気にするな、その方が実践的だ。それに術を使う場合は隙も出来るからこちらもそれを狙わせてもらう、一方的に有利な訳じゃない」 戦闘中に術を使うなら一瞬でも意識をそちらに向けなくてはならない。相当に使い慣れていないとそれは大きな隙になる。だが去年魔法ありの部でも優勝したステバンならそうそう隙になるような使い方はしないだろう、セイネリアとしてはそれに興味があった。 「……分かった、確かにこちらとしてもその方がいい訓練になる」 二人共に唇に笑みを乗せて、互いにまた距離を取るため歩きだす。適度に離れたら向かい合って、足場を慣らして構えを取る。両手剣同士の手合わせでは片手剣同士より少し余分に距離を取ったところから始める事が多い。槍同士なら更に距離を取る。早い話武器の間合い以上の距離から始めるのだが、流石に正式な試合ではないから距離は正確ではなく、あくまで感覚的なものだ。 試合開始を告げる審判役もいないから、向かい合って構えたらすぐに開始となる。とはいえ互いに相手に仕掛けるタイミングを計るからすぐに打ち合いになりはしない。 ただステバンの片手が剣から離され、胸へと向かうのを見てセイネリアは動いた。 「……神よ、光を我が盾に……」 僅かに聞こえた呟きはリパの『盾』の呪文だ。つまり一発は彼に当てても弾かれる。流石なのはそれがきちんとセイネリアの剣が届く前に掛け終わっていた事で、彼はその場で剣を受けた。 「さすがに使い慣れてるな」 「でなければ使わないっ」 勝負ではないからステバンも真向から剣を受け止める。だがセイネリアはそこから更に力を入れて剣を振り切った。必然的にステバンの体は剣毎弾かれて後ろへ飛んだ。 「……とんでもない力だな」 「それで技術を補ってる」 止められないと判断して自ら下がったのもあって、彼はすぐに体勢を直して剣を突きだしてくる。今回は互いに兜を被っていないから頭を狙うのは基本なしだ。胸を狙って真っすぐ突き出された剣をセイネリアは一歩引いて避け、相手の剣を叩き落とすように上から叩く。けれどもステバンは弾かれた剣の重量を上手くコントロールして軌道を変えて切り返した。 ステバンの剣が斜め下から振り上げるように迫って来る。セイネリアは一歩引いてそれを避ける。 だが振り上げられた剣がまた切り返されて振り下ろされる前に、セイネリアは一歩前に出て相手の剣に剣を当てて押し込んだ。その勢いのまま体ごと接近し、彼の腹を蹴る。 勿論、一回蹴るだけでは術で無効になるから、まずは膝で蹴って術をわざと発動させ、その上で足を上げて蹴り飛ばした。ステバンは後ろへ下がりながら体勢を崩したが、どうにかふんばって地面に倒れずには済んだ。 「耐えろよ」 そこでセイネリアは彼に向かって踏み込むと思い切り剣を振り落とす。 当然ステバンはそれを受ける。とはいえ完全には受けきれない。受けた途端に剣が下がってステバンの顔がキツそうに顰められる。 セイネリアは今回はそこから押し込まずにすぐ剣を引いた。だが変わりにそこでまた剣を振り上げ振り落とす。前の一撃を受けて恐らく手がしびれていた彼は僅かに対応が遅れてその場で剣をまともに受けざる得なかった。 だからキン、と剣と剣がぶつかったのは彼の目の前で、ステバンは更にきつく歯を食いしばった。 --------------------------------------------- |