黒 の 主 〜騎士団の章・二〜





  【1】



『セイネリア・クロッセスという男は強い。しかも残虐でわざと相手を痛めつけて楽しむような男だ、へたに関わらないほうがいい』

 騎士団内競技会が終わってからのセイネリアに関する噂話はそれで、だから以降、イヤガラセをしてくる奴がいないのは勿論、一般団員達は皆会っても目を逸らしてくれるし、歩いていても道を開けてくれたりと皆分かりやすい反応をしてくれた。
 セイネリアとしては特にそれで不都合はないし、却って快適極まりないから放っておいた。しかし噂というのは肥大していくもので、更に時間が経てば冒険者時代の残虐そうなエピソードも合わせられ、いつの間にか相当に残虐非道な化け物のように言われるようになっていた。

 とはいえ、そうしてセイネリアを怖がる連中とは別に、守備隊の一部の人間――競技会で知り合った連中がよくセイネリアに声を掛けてくるようになった。まぁ『よく』とは言っても向うは忙しいから暇がなくてそうそう会えはしないのだが。……というか会えない原因はセイネリアの方も仕事外の時間に空きがないというのも大きい。
 だがだからといって向うに『団内訓練中ならいつでも暇だから声を掛けてくれ』と言ったら了承はされたもののさすがに呆れられた。

「……聞いてはいたが……本当に、予備隊というのは酷いものだな」

 そうして実際、たまたま警備シフトの関係で日中に空き時間が出来た時にセイネリアを探しにきたステバンは周囲の状況を見て顔を顰めた。毎日決まった役目をはたしている守備隊の人間から見れば、訓練場の端でだらだらと駄弁ったり寝転がってる連中は同じ騎士団員としてあり得ない光景だろう。

「俺個人としてはどうでもいい。邪魔をしてくれなければこちらの好きにやるだけだ」

 そうしていつも通り剣を振っていたセイネリアがそう言えば、ステバンが呆れ顔で、だがどこか嬉しそうに口を開いた。

「君はまさに『我が道を行く』というタイプだな」
「あぁ『どうでもいい奴』は『いない者』と一緒だ」
「……それはなかなかに酷い言い方だが……確かにこれでは、な。いっそいない方がまだマシだ」

 真面目な男はそう言って苦笑しつつも、なかなかに辛辣な事をいう。とは言っても彼としてはこの状況は同じ『騎士団員』として許せないに違いない。守備隊と予備隊の仲が悪いというのも当たり前だろう。
 そこでセイネリアは剣を振るのを止めると彼に向き直った。

「確かにあんたの言う通りだ。……で、わざわざ尋ねてきてくれたんだ、何か用があるんじゃないのか?」

 言われればステバンは少し困ったように周囲を見る。予備隊の訓練場所に守備隊の人間がいるのだから当然だが、周囲でサボっている連中の目は皆ステバンを見ていた。彼はそれを見て困ったように眉を寄せると、軽くため息をついてから言ってくる。

「話がある……といえばあるんだが、別に急ぎの話ではないしそれはまた別の機会でいい。それよりどうせ今は訓練時間なんだろ、良ければ軽く手合わせを頼めるだろうか。それなら君もサボっている事にはならないんじゃないか?」

 セイネリアとしては彼の話したい事は大体予想出来てはいた。確かに急ぐ話ではないとはいえ人の目のあるところではし難いだろう。そしてまた、この真面目に向上心のある男なら、実力が上と認めた相手となら何度でも剣を合わせてみたいと思っているのも理解出来た。

「あぁ勿論構わない。ただ今回は神官が見てないからな、無茶して粘らないでくれ」
「そちらも、手を抜いてくれとは言わないが本気にはなり過ぎないでくれ」

 それにセイネリアは皮肉げな笑みを浮かべて了承した。
 ある意味現状のこの評判までもが予定の内だったから、あの時はわざと残虐そうに見えるように振る舞っていただけで別にセイネリアには相手を痛めつけて楽しむ趣味はない。単なる手合わせなら相手が想定を大幅に下回る腕か、逆にセイネリアでさえ危険を感じる程の腕でない限りはちゃんと怪我をさせる前に止めてやる――とはいえ、一応聞くだけは聞いておく。

「なら剣はどうする? 訓練用のを持ってくるか?」





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