黒 の 主 〜騎士団の章・一〜





  【48】



 今回セイネリアは落馬させて勝利する事は殆ど考えていなかった。だから三本目まで試合はあると想定する。落せないのならどうやって相手の手元を狂わせるかという話になるが……同じ手は二度使えないとして、向うがどう出るか――そこで開始を告げる風笛が鳴った。

 ともかく、今回も力業でいく事にして馬を煽って出来るだけ速度を上げさせる。この馬は気性が荒いだけあって性格が攻撃的だからか、突っ込む事にもまったく怯えないのは助かる。先輩達のイヤガラセには感謝してやりたいくらいだ。

 聞こえるのは馬の駆ける音、見えるのは近づいてくる騎馬の姿。
 馬の脚が乗ってスピードが上がれば馬上はあまり揺れなくなる。
 そこから槍を狙いに合わせていく。
 今回の構えは更に低く、足には力を入れる。
 とにかく力押しで、相手に出来る限り重い一撃を与える、セイネリアの狙いはそれだけだった。
 槍を前に突き出して近づいてくる相手の胸に狙いを定め、槍を持つ腕を僅かに上げる。相手も同じく突く前の動作として槍を持つ腕を上げた。

 そこでセイネリアは眉を寄せる。相手の槍が邪魔で胸のマーカーが見えにくい。

 次に腕が動いてマーカーが見えたが、狙いを絞るのが遅れたせいで槍も遅れる。その差はほんの一瞬、だがその一瞬で決着がつくこの競技においては致命的だ。
 ガガッとぶつかる音が響いて、騎馬はすれ違う。どちらも落馬はしていない、それくらいは振り返らなくても歓声で判別出来る。
 自分の胸にきた衝撃と、当てた位置を考えれば今回は判定負けだなと確認前に分かっていた。

――わざとなら巧いとしかいいようがないな。

 馬首を返して相手を見れば、向うも丁度振り向いたところで顔は見えないものの苦笑する。やはり経験の差は大きい、巧さで競うなら向うが上だ。
 けれどセイネリアはこうも思う。
 相手が本職なら確実性のある手しか使ってこない。戦場で槍騎兵部隊にかかっているのは自分の命だけではない、彼らは戦いの最初に戦局を決める重要な役目を担っている。その役目を確実に果たすため、一か八かの賭けはしない。そんな事頭にもない筈だ、と。






「赤、ウェイズ・ラクラン、ポイント2」

 さてこれで同点だとは思ったものの、このまま同じ手で勝てるかは怪しいところだとウェイズは思った。とはいえ、真正面からただぶつかって勝つのは難しい。小手先技でも有効ならば使わない手はない。あとは歯を食いしばって向うからくる槍の衝撃を耐えるだけだ。
 一本目は予想以上の衝撃に手元が狂ったが、二度同じ過ちは繰り返さない。
 槍を受け取り、片手を胸の上に置く。
 目を瞑って小さく祈りの言葉を唱え、それから改めて相手を見て構える。

 そこで鳴った合図の音に、ウェイズは馬を走らせた。

 眼前を覆いつくす敵の群れに向かうのと比べれば、一人だけの相手に向かう事を怖いとは思わない。それでもあの男相手と思えばプレッシャーはくる、一対一での戦いで相手に圧を感じるのはそれだけ相手の自信がこちらの自信を揺らがせているという事である。馬上槍での戦いならこちらに分があると分かっていても尚、あの男ならこちらの想定を超えてくるかもしれないと思える何かがある。
 どんな戦場でもあの男がいれば勝てそうだと思えるあの姿を見ているからこそ、実戦で槍を持って駆けてきたウェイズが絶対に勝てると言える程の自信を持てないのだ。

 相手の姿が近づいてくれば腕をあげて狙いを定める。
 向うの馬の速度が速い、だから思った以上に早く相手と接触する事になる。
 それに合わせて早めにウェイズは構えた槍で突こうとして――向うの腕がそれより早く動いているのに気付いた。

――いくら何でも早すぎるだろ。

 しかも向うは今、胸のマーカーが見え難い状態で、強引に突いてくるにしても不自然に早過ぎる。そう頭で考えたのは一瞬で、だがその理由も直後に分かる。ウェイズは槍を相手の胸のマーカーに向けて突いたが、槍先は大きく逸れた。

 何故、などと考える間もなくウェイズは理解した。こちらの槍が相手の槍に弾かれたのだ。

 弾かれた自分の槍は相手の体を素通りしていく。
 逆に向うの槍はこちらの体を捉える。ただし胸ではない、肩に当たってその衝撃に体が後ろへ逸れた。大きく体勢が崩れてウェイズは咄嗟に槍を投げ捨てて手綱を握った。





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