黒 の 主 〜騎士団の章・一〜





  【47】



 競技会最後の試合、会場は最初から沸いていた。
 というかここまで残って試合を楽しみにしていた人間からすれば、不戦勝が続いて不満がたまっていたところであるからもうこの試合しかないというのもある。
 ただ対戦カード的には十分期待できるものであることは皆分かっているから、かけられる歓声はどちらに対しても期待に満ちた好意的なものであった。とはいえ『いい試合を見せてくれよ』という正直かつ切実な掛け声がよく聞こえたのには苦笑するしかなかったが。

 騎士団側も一番盛り上がる三日目の最後近くの試合が連続して不戦勝でなくなってしまったためこの試合を盛り上げない訳にはいかず、会場一周はゆっくりまわれと指定されたり、更には真中で対峙して槍を合わせてみせろといったり、試合前の演出だとかでいろいろ注文が煩かった。

 それらは正直うっとおしいだけだが、へたに逆らうよりその通りに従っていた方がさっさと終わる。経験的にそれくらいは理解しているから、セイネリアは黙って指示に従った。
 まぁ多少苛つくこともあったが、エフィロットを優勝させようとしていた連中が今頃どうしてこうなったと顔を真っ赤にして右往左往しているところを想像すればその苛立ちも消える。貴族共の思惑は全部だめになって、利用するだけの予定だった選手同士の試合を盛り上げようと努力しなくてはならなくなったのだからお笑いだ。

 その気持ちは、おそらく相手のウェイズも同じだろう。

 互いに今は顔すべてを覆う兜を被っているから表情は少しも見えないが、歓声に応えても苦笑しか沸かないというのが実のところに違いない。

 とにかく、ここまでくれば互いに考えるのは試合の事だけでいい。
 煩わしい演出のためのポーズも選手紹介の口上も流して、セイネリアの意識は相手のウェイズだけに向いていた。

 相手が彼なら、セイネリアが勝てるとは言い切れない。なにせ経験値が違い過ぎる。

 今まで力業で勝ってきたセイネリアとしては、戦場での実戦経験があって技術的には確実に上だろう彼に必ず勝てる自信はなかった。ただ当然、負ける気もなかった。それに力業は別に無能の証という訳ではない。力差がありすぎれば技術など吹き飛ばせる、それだけ戦闘能力においての力は重要だ。ただ勿論、力を求めすぎて体を重くしすぎてはいけないのは当然のことだが。

 周囲の音が歓声で満たされる中、セイネリアにはそれらは聞こえていても意識の中にない。開始地点にいけばほぼ正面、隣のコースの終点には相手の姿がある。今回はセイネリアが青で、ウェイズが赤サイドになる。セイネリアは馬を一度引いて落ち着かせると槍を構えた。

 そこで風笛の音が鳴る。コース両端にいる騎馬はそれを合図に走り出した。

 最初の一本はただ真っ当にぶつかる。そこは向うも同じ考えだろう。馬の速度を上げて、体を前に倒していく。向かってくる相手の姿は安定しすぎて馬上の揺れを感じさせない。実際の戦場で、いくら魔法の守りがあっても敵の群れに突っ込んでいく彼らにとってはセイネリアでさえもそうそうプレッシャーは与えられない。敵の中で落馬したら死ぬしかない実戦を潜り抜けてきた彼らの落馬を狙うのは難しい。あれだけ馬上で安定していれば正確に胸を狙ってくるのは間違いない。
 だから、力一杯。
 相手よりも早く槍をだして、全力で胸のマーカーを突く。
 いくら馬上で安定していても、想定外の衝撃は相手の手元を狂わせる筈だった。
 ガツ、と大きな音がして互いの槍が砕け散る。
 思った通り相手の槍はこちらに当たったが位置がずれたのは感覚で分かった。そして自分の槍はちゃんとマーカーに入った筈だった。

 当然すぐに旗はあがらない、馬を止めて振り返れば馬上には相手の姿がある。やはりあれを落すのはさすがに無理かと思ったが、それでも止めた馬上で姿勢を直していたから体勢を崩すくらいは出来たらしい。

――まぁ出来れば、落して決着をつけたいところだが。

 難しいだろうな、とは分かっている。
 判定はセイネリアの思った通りこちらの勝ちで、まずはセイネリアに2ポイントが入った事が場内へと告げられた。
 観客的にも派手にぶつかったのは分かったからか、セイネリアには他の音が無くなる程の大きな歓声と拍手が向けられた。それに手を振って応えてから、セイネリアは改めて開始位置へと向かう。

「……い……だな」

 槍を渡してきたバルドーが何かいっていたがそれさえ聞こえない。
 ただおそらく彼も耳を塞いでいたから、すごい声援だとか盛り上がってるなとかその辺りだろう。

――さて二本目はどう出るか。

 想定外の衝撃で直前に手元が狂ってしまったのは向うも分かっている。だから次はこちらに先を取らせはしないだろう。どう合わせてくるかはやってみるしかない。




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