黒 の 主 〜騎士団の章・一〜





  【45】



 ステバンが目を覚ますと、上に見えるのは空ではなくどこかの部屋の天井だった。
 すぐには状況が掴めなかった彼だったが、気を失うまでの状況を思い出せばすぐに理解する。どうやら自分は試合で気を失った上に、治療室に運ばれるまで気がつかなかったらしい、と。

――やはり、勝てなかったか。

 勝てるとは思えなかったが勝つつもりだった。とはいえこれ以上なく全力を出した上でまったく敵わなかったという事実があるから、悔しいという気持ちはほとんどない。ただ問題は、その後の試合がどうなったかで――もし彼が宣言通りエフィロットを倒して優勝してしまっていたらと考えれば寝てもいられなくて、ステバンは起き上がった。

「あぁ、起きましたか」

 すぐに声を掛けてきたのは競技会のために臨時で呼ばれた高位のリパ神官だった。ステバンは胸に手を当ててその場で軽く頭を下げる。それから試合の事を聞こうとして口を開きかけたのだが。

「良かったです、本当に」
「お、ステバン起きたか」
「良かった、心配していましたよ」

 畳みかけてきた声の主は、試合で付き添いをしてくれていた者と、あとはソーライとクォーデンだ。その顔ぶれに驚きはしたものの、試合の事を聞くなら丁度良い。

「俺は負けてあの男が勝ったのだろ? なら次の試合は? 決勝はどうなった?」

 いくらあの男の相手がエフィロットだとしても彼ら二人なら決勝を見ないでここにいる訳がない。つまり自分は思ったよりも長く気を失っていて試合は既に終わっている、とステバンは思った。だが……聞かれた彼らはまず顔を見合わせてから苦笑して、それからソーライがいつも通り楽しそうに豪快に笑った。

「あー試合か、貴殿の次の試合はなかった。決勝戦はセイネリア・クロッセスが不戦勝で優勝だ」
「……どういう事だ?」
「エフィロットは試合前に事故に巻き込まれて怪我をしたそうだ。だから以後の試合は全部辞退という事らしい」

 にっと笑ってそう告げて来たソーライの言葉に、ステバンはなんだか呆けたように気が抜けすぎてすぐ反応できなかった。

「ガルシェ家出入りの神官に診てもらうそうですから本当に怪我をしたかどうかはわかりませんが……会場からそこまで不満の声はあがりませんでしたよ」

 クォーデンが言いながら楽しそうにクスクス笑って、それでステバンもそれを現実として受け止めた。

「そうか……」

 何があったのかは分からないが、ともかく最悪の結果にはならなかった。実力的には彼が優勝するのが当然であるから、ステバンとしては一番納得出来る結果ではあるのだが……どうにも腑に落ちない部分、何か引っかかるものがあった。

「で、剣の分門が終わった訳だが、かといって馬上槍試合を始めるにもな……なにせ準決勝はどちらも相手が辞退していて不戦勝にするしかない」
「あぁ……」

 ステバンは気の抜けた返事を返す。確かにエフィロットが辞退して、自分もこの体たらくだから自動的に辞退扱いになったと考えればどちらも不戦勝が決まってしまう。本来なら馬上槍の準決勝でもステバンはセイネリアと当たる筈だったのだが、勝てないのは確定していたから彼が決勝に進むのは問題ない。エフィロットが辞退しているのであれば彼の勝利を憂う必要もない。

「で、だから今、急いで馬上槍決勝の準備をしている最中だ。入場前の音が聞こえてないからまだ間に合うぞ。見たいというなら我らで貴殿を運んでやろうかと思うのだが……あの男とバージステ砦代表との決勝だ、見たいのだろ?」

 ステバンは即答した。

「あぁ、お願いする、ぜひ見たい」

 だが返事をしてから横にいた神官に咳払いをされて、次にステバンは治療をしてくれた神官に会場へ行く許可をもらえるように頼み込まねばならなかった。




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