黒 の 主 〜騎士団の章・一〜





  【39】



「くぁぁっ」

 叫ぶとともに後ろへと体勢を崩しながらも、あがった剣先を無理矢理振り下ろした。剣の重さをコントロールし、半円を描くようにして剣の軌道を下へと持って行ったのだ。セイネリアはそれを剣で受けたが、それは刃のないリカッソの部分で柄に近かった。だからそのまま押し込んで鍔で相手の剣を止め、既に後ろへ倒れそうな彼の片足を引っかけて地面から離した。
 それが最後の一押しとなって彼の体は後ろへ倒れていく。

 だがセイネリアは、そこで彼がわざと倒れないように耐えるのをやめたのに気付いた。

 ちっ、と舌打ちするとセイネリアは一歩引く。
 ステバンが倒れながらも片手を地面に付き、足を伸ばしてこちらを蹴ろうとしてきたからだ。それだけではなく避けても尚、彼は更に足を伸ばしてこちらの足を引っかけて来ようとしてきた。しかもそれさえ避ければ今度は足で地面を蹴って砂をこちらに掛けてくる。そして見事、それでセイネリアが大きく引いたところで彼は反動をつけて一気に立ち上がってみせた。

――どんな手を使っても、という覚悟通りだな。

 楽しませてくれるじゃないか、とセイネリアの笑みは深くなる。まさに出来る事は全部してやろうという気迫だ。

 ただし、それだけの集中を続ける彼の消耗は激しい。
 立ち上がりはしたものの、呼吸に合わせて肩が上下に動いている。ただまだ彼の集中は切れていない、彼の意識はただセイネリアだけに向けられている。
 セイネリアは大きく踏み込む。わざと大振りに剣を振り下ろす。右利きで一番力が入る軌道、こちらから見て右上から左下へと力を込めて剣を落す。ステバンはそれを受けた――だが彼なら分かっている筈だった、それは馬鹿正直にマトモに受けてはいけないという事を。

 恐らくは、疲労で足がすぐに動かなかったのだろう。
 だが本来彼はこれを避けるべきだった。避ければこちらの隙につけこめた。それが彼の唯一の勝機だった。

「う、ぐぁぁあああっ」

 ステバンが叫ぶ。
 腕力で大きく勝る相手の剣をマトモに受けるのは危険だ。腕力差があればあるだけ愚策となる。
 それでもステバンは一瞬はちゃんと剣を受けた。だが止める事は出来ない、腕が下がって剣先が下がっていく。そしてとうとう剣は弾かれる、勢いよく。ステバンの握力はそれに耐えられなかった。
 彼の剣は地面に落ちる。勢いのまま地面でくるくると回る剣に、観客の悲鳴が重なる。ステバンでさえ直後は固まって動けなかった。

 普通なら、ここでセイネリアが彼の体に剣を当てればポイントになる。武器を落し、防ぐ手段のなくなった相手なら5回当てるだけでいいなら簡単だ。
 もしくは落した側が降参してセイネリアが1本目先取となるところだが……そんな暇は与えてやらない。セイネリアは片足を引き、上半身だけ彼に向かう。それから、顔が近づいたタイミングで囁くように彼に言った。

「これで終わりか?」

 そうして引いた足の勢いをつけて、彼の体を蹴り飛ばす。
 宙に浮いた彼の体が地面に叩きつけられる。けれど落ちたその位置の近くには彼が落した剣がある。ぐあっ、と落ちた直後は声を上げたステバンだったが、すぐに気付いた彼は剣に手を伸ばした。胸を抑えて、体を引きずりながら、それでも剣をその手に握りしめると立ち上がった。

「いや……まだだ」

 呟きは小さいが顔はちゃんとこちらを向いている、セイネリアを見据えている。だが息が整えられていない。足がきちんと地を踏みしめていない。既に体は限界を越えて気力で立っている状態だろう。
 だからまともに動けるのも後一回、彼はそう考えて最後の力を攻撃に回す。それは予想出来ていた。
 ステバンは吼えて、地面を蹴る。
 突進から頭の横に構えた剣を前に突き出す。セイネリアの剣がそれを弾く。けれどそれで終わらない、剣の軌道を戻してこちらの胴を叩きに来る。それを受けて、セイネリアはそこから剣を掬いあげるようにして力ずくで振り切った。ステバンは剣を落さなかったものの弾かれた剣の勢いにつられて腕があがった。必然的に彼の胴がガラ空きになる。
 そこでセイネリアはその胴に剣を当てる。ただし刃ではなく剣の腹、面の部分を当てて振りぬく。
 彼の体はまた地面に転がった。そして、今度はすぐに起き上がれなかった。




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