黒 の 主 〜騎士団の章・一〜 【28】 競技会で怪我人が出た場合、基本的にはすぐ待機しているリパ神官に治癒して貰える。ただ骨折や内臓を傷つけたなんて大怪我の場合、治療室に運ばれてベッドの上で改めて診断と治癒術による治療となる。競技会の時は少し高位の神官様が待機してくれているから命に関わるような大けがでもない限りはその日の内に治癒して貰えるが、それでもすぐに試合に戻るなんて事は出来ない。大きい怪我の場合は治っても暫く安静にしていなくてはならないためその日一日はもう試合が出来ない決まりだった。 ただそれでも、わざわざ競技会に出るような者なら体が治ればただ寝ていろというのも酷な話で、試合結果が気になるのは当然の事ではある。だからそういう者達のため、リパ神官達が待機する席の隣には治療後の者達の見物席が設けてあった。 そこに同僚のクォーデンの姿を見つけて、ステバンは手を振った。 「怪我の方はどうだ?」 「アバラを二本やられました……もう治っていますが。ただ安静にしていないと神官様方に怒られますので」 「それなら良かった」 苦笑して肩を竦めた彼に笑って、ステバンは兜のバイザーを上げて顔をだした。 「もう準備万全という恰好をしているのは、彼の試合を見るためですか?」 「あぁ、彼とソーライの試合だ、何があっても見ないとならない」 「そうですね、私も折角ですからこのままここで見ようかと思っています」 「ソーライの応援は?」 「さぁ、どうしましょう。例の彼が勝った方が面白いですしね」 「俺の応援はしてくれるんだろう?」 「勿論です」 そこでステバンが笑えば、クォーデンも笑いだす。よくソーライとクォーデンが言い合いをしているのを知っているからこそ笑える話だが、別に彼らは仲が悪い訳ではない。なんだかんだ言ってもクォーデンもソーライを応援するだろうことは分かっていた。 ――だけど、あの男が勝った方が面白いというのも本音だろうな。 考えてステバンが笑みを消せば、察したようにクォーデンも笑い声を止める。そうしてステバンが口を開けば、彼の顔からも完全に笑みが消えた。 「セイネリア・クロッセスか……強いな、戦ってみた感想はどうだった?」 「想像通りで、想像以上でしたよ」 「つまり……?」 「戦い方は想像していた通り基本は力押しですが……その力が尋常ではなく想定外過ぎました」 「確かに、盾が簡単に壊れ過ぎたな」 「まったく。向うも剣が曲がっていましたからとんでもない馬鹿力です」 そこでまた二人して笑う。今度はどちらかというと苦笑だが。 「後、前に立たれた時のプレッシャーが尋常ではありません。年齢的にあり得ない……相当の経験を積んできているんでしょう」 「あの歳で上級冒険者だ、ヤバイ仕事を相当数こなしてきたんだろう」 騎士になる一番のハードルは実力より試験の許可証を貰う事だが、上級冒険者になるのは運もあるが完全に実力勝負だ。そこそこ危険な仕事を時間を掛けて地道に多数こなすか、とてつもなく危険な仕事をいくつか成功させるしかないのだが……あの男なら年齢的に後者だろう。 「えぇ、死んでもおかしくないような状況に何度もあっているんでしょう。試合開始から完全に飲まれました」 「まさか」 クォーデンは笑っているが、ステバンとしてはぞっとする話だ。 「本当ですよ、私があまりにガチガチになっていたから、遊びの一発で目を覚まされました」 「最初に蹴られた時か」 「えぇ、追撃も掛けずに『目が覚めたか? まだ降参はしないだろ? 待ってるから立ち上がれ』と言われました。正直、その時点で勝てないだろうとは思いましたよ」 確かに、あの時何故彼は追撃を掛けないのだろうと思ったが……聞けば呆れて笑ってしまう。流石に手で口を押さえたが、背筋にあがるぞくぞくとした感覚と強敵に対する恐れと期待が入り混じって口が自然と笑みを作る。 なにせ向うは、このクォーデン相手にそこまでの余裕を見せて、圧倒的に勝ってしまう実力だ。ステバンはクォーデンと何度か手合わせをしたことがあるが、大抵勝てるとはいえそこまで楽勝で勝てる相手ではない。つまりセイネリア・クロッセスはステバンよりも強いと見て間違いない。 これが殺し合いなら恐怖だろうが、試合であれば楽しみしかない。だからステバンは口に上る笑いを止められなかった。 「おう、クォーデン、怪我はどうだ?」 だがそこで、背後から聞こえてきた声にステバンの笑みは止まる。 「ソーライ、貴方は次の試合でしょう」 「だから準備はしてきている。貴殿があれだけ派手に吹っ飛ばされればどれくらいの怪我になったかは気になるだろう」 「アバラが二本、だそうだ」 クォーデンより先にステバンが言えば、豪快で単純明快な男は大口を開けて笑った。 「そうか、それはまさに痛い目にあったというところか」 「……少し意味が違うと思いますが」 「ふん、いつも事前に調べて有利にすすめようと小賢しく立ち回ろうとするから痛い目にあうのだろう、間違った使い方とは思えないが」 「事前に調べるのは悪い事ではないでしょう」 ステバンは苦笑しつつ頭を抑えた。ここでまた言い合いを始めると流石にマズイ。傍にいるリパ神官達がこちらを見ているのが分かる。 「二人とも、今はそういう話をする時ではないだろ」 言って視線を神官達の方に向ければ、言い合いをしていた二人も察して口を閉じた。 「……俺はあまり時間もないから少し体を解してくるか」 ソーライは気まずそうにそう言うと、軽く手を上げて背を向けた。だがそれに続こうとするステバンを見ると、にやりと笑って言ってくる。 「ステバン、先ほどの試合、随分疲れていたようだが次の試合は大丈夫か?」 「大丈夫だ、相手がお前と逆だったらマズかったが」 「確かに。あの男相手は万全でないとな」 互いに苦笑をして、顔を見合わせると歩きだす。 だがそれにクォーデンが口を開いて言った。 「ソーライ、あの男は一言で言えば『化け物』です」 ソーライが振り向く。ステバンも振り向いてクォーデンを見た。 ソーライが楽しそうに笑って返した。 「それは楽しみだ」 --------------------------------------------- |