黒 の 主 〜騎士団の章・一〜





  【17】



「勝者、ガレリィ・ザッカンダ」

 人々の歓声が上がって拍手が鳴る。セイネリアも一応拍手をした。
 今勝った男はいかにも筋肉バカという立派な体躯の男で、派手に相手をふっとばした後に勝利の雄たけびをあげていた。

――まぁ、ギャラリーには分かりやすい奴が受けるものだ。

 身内の競技会とは言っても王直属の騎士団内の催事であるから、宮廷貴族達や首都の有力者、各神殿の責任者などが賓客として招待されている。王は高齢であるから来ないそうだが、最終日には代理で王族の誰かが来るという事だ。勿論、騎士団員の身内も今日は団内に入って観戦する事が許可されていた。
 そのため思った以上に立派な見物席が作られているのだが、偉いさんの招待客達は基本的には明日以降からくるものらしい。ただ競技会見物というもの自体が好きな連中も結構いるそうで、いかにもという屋根付きの席にも既に数人は座っている。見たところでは女、しかもお嬢様というよりナントカ夫人と言ったほうがいいのばかりで、そういう層が競技会見物好きという事なのだろう。

 一回戦は初出場の者が多いのもあってか、今のところセイネリアが見て目立って出来そうな人間はいなかった。腕に自信のある貴族や最初から実力者と認められている者は皆二回戦以降からの出場であるから当然ではあるのだが。この様子だとそれなりに楽しめそうな腕は女から聞いていた連中だけと思って良さそうだった。

 弱いなりにも白熱した試合……というのもなかったのもあって、魔法なしの剣部門の試合は割合早く終わった。魔法ありでの試合はこの前に終わっているから次は馬上槍部門の試合となるのだが、これには会場の準備が暫くかかるため一度休憩が言い渡される。セイネリアもその声を聞いて腰を上げた。

 ちなみにセイネリアが出場するのは魔法なしの剣部門と馬上槍の2つである。魔法ありの剣部門でも魔法を使わなくてはならない訳ではないらしいが、そこはあえて魔法が使えないのを理由にして参加は辞退した。馬上槍はナスロウ卿の下にいた時以降はまったく触っていないが、やり方と要点は分かっているからどうにかはなるだろう。一番事故が多いという事で貴族騎士はまず参加しないと聞いたのが出てみる気になった理由の一つではある。

 休憩時間は割合長めに取ってはあったが次の馬上槍試合に出る人間はいろいろ準備があるから時間一杯優雅に休憩という訳にはいかない。騎士団支給の装備だと鎖帷子だから、セイネリアも専用鎧に着替える必要があった。この専用鎧が必要なところも馬上槍試合の参加者が少ない理由なのだが、一応鎧は借りる事も出来はするらしい。勿論借りものの鎧などそれだけで不利なのは確実で、だから普通はそこまでして出る者はいない。

 ただセイネリアの場合……実は鎧はなくもなかった。いや、丁度先日手に入ってしまったことが、今回馬上槍試合に出るのを決定した一番の理由と言っても良かった。

「セイネリア殿っ」

 その声にセイネリアは足を止める。ここではあり得ない筈のやけに嬉しそうな声で呼ばれたのは、着替えのために選手用の控室に向かったところだった。相手は全身甲冑を着て控室から出てきたところだから、この後の馬上槍試合の参加者と見て間違いない。

「あんたは……」

 かっちりと全身甲冑に身を包んだ男はそれで兜を取った。

「ウェイズ・ラクランと申します。バージステ砦から来た、と言えば分かっていただけますか?」

 名は知らないが確かに顔は見覚えがある。あの砦でナスロウ卿の事や槍の事、どんな訓練をしたか等、やけに話を聞きたがって群がってきた連中の一人だ。確かに彼の胸にはバージステ砦の紋章が入っていた。

「やはり騎士になられていたのですね、ウチの砦を希望して下さればよかったのに」
「悪いな、規定期間が終わったら冒険者に戻る予定なんだ」
「……成程、残念ですが仕方ありません。ですがいつでもこちらに来る気になったら声を掛けてください。クレッセ様に言えばすぐ推薦状を書いてくれる筈ですので」

 セイネリアが礼を言えば、ウェイズは明らかに目上の者に対するお辞儀をしてくる。それだけでセイネリアに対する周囲の視線が強くなる。それは当然だろう、事前の噂だけなら話半分で聞き流せていたところが、騎士団でも名高いバージステ砦の人間からこの扱いを受けるなら馬鹿に出来る実力ではないのが確定となる。

――少しばかり計算違いだったな。

 せめて明日のもうちょっと強い連中とやるまでは馬鹿にされたままでいてやろうと思っていたのだが。



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