黒 の 主 〜騎士団の章・一〜





  【16】



「ところで、セイネリア殿は剣をお使いになるのですか? 噂では、ナスロウ卿から特別な槍を受け継いだと聞いたのですが」

 唐突にそう聞いて来たのはクォーデンだった。その言葉に他の3人は初耳だという顔をして驚いていた。どうやらこのクォーデンという男だけはこちらに対して事前にかなり情報収集をしたらしい。

「あぁ、あれは殺傷能力が高すぎて相手を殺すつもりでないと使えない。明日は剣で参加することにしている」

 言えばその場にいた者の間に微妙な緊張が走る。向うからすれば自分達の事を簡単に殺せると思っている若造の自信過剰な発言ととれる訳だから気に障って当然だろう。……勿論、そう聞こえるだろうと分かって言った発言ではあるが、そこですぐに不機嫌を露わにするような安い連中はいなかったのは流石というところだ。

「殺すために使う事に特化している上、性能が良すぎて公正な勝負事には使いたくないという事だ」

 そこでそう続ければ、間にあった緊張が緩む。
 ソーライが沈黙を破るように、見た目通りに豪快に笑い出した。

「成程、正々堂々と戦いたいという事だな、益々明日が楽しみだ」

 そうすれば、他の者の表情も緩んで場の空気が軽くなる。

「ともかく、明日は正々堂々といい勝負をしたいものですね」

 クォーデンがそう言って、軽く礼をすると他の者も礼をして去っていく。セイネリアも同じく礼を返した。

 少なくとも今話しかけて来た者については普通に自分の力を示すために競技会に出るつもりで、実際対戦する事になれば裏取引などなく実力勝負をしてくれそうではある。先ほどいた面子を見ても殆どは役職なしの貴族でない連中ばかりで、思ったよりはまともな試合になりそうだった。
 考えればロクに剣を使えないレベルの連中なら、たとえ裏取引で勝負自体には勝てたとしても人前で剣を振るだけで恥をかくから、そもそも最初から参加自体をしないのが普通か。厄介なのは女が言っていた通りそこそこ出来る貴族のボンボンで、本気で自分に自信があるから勝てる気で出てくる。だから気を利かせた取り巻きや上の連中が裏でどうにかする事になる。

――なら最初は出来るだけ大人しくしておくか。

 最初から派手に勝つと早めに手を回される。最初は抑えて馬鹿な連中の思う通り『噂程ではない』という姿を見せてやればいいだろう。







 試合当日、空は綺麗に晴れ、競技会は特に問題が起こることなく開催された。

「勝者、青、セイネリア・クロッセス」

 熱狂的ということもない、ある意味事務的な拍手の中で審判役の声が告げる。

 それでセイネリアは剣を下した。倒れた相手に手を伸ばして起き上がらせ、一礼をして待機場所へと戻る。すぐに次の騎士二人の名が読み上げられ、場内の興味はそちらへと向いた。

 セイネリアは座ると、自分の席に置いてあった荷袋から水袋を取り出して水を飲んだ。この冒険者の荷袋と呼ばれる冒険者時代に入手した袋は、空間魔法で見た目以上に荷物が入るのに加えてもう一つ便利な機能がある。本人の魔力に紐づけているから一人一つ以上持つ事は出来ないが、そのせいでその荷袋を開けられるのが持ち主本人だけになる。つまりこの中に入れておけば、飲み水や食い物に何かを仕込まれる事はないといえる。
 だから毒見役がいるような貴族様でもない限りは、競技会の途中で口にするものは各自自分の荷袋に入れて置くのが通例となっていた。まぁそれは正しい使い方だとはセイネリアも思う。

 騎士団の競技会は3日を使って開催され、一日目である今日は全ての競技において一回戦だけが行われる。一回戦は役職持ちの貴族や前回の優勝、準優勝者は出てこない上、守備隊の連中も二回戦以降から出るように調整されている予選のような扱いだった。観客もまばらで、試合自体も事務的にさくさくと進行されている。まだ目立つつもりがないセイネリアとしても都合が良かった。

 ちなみにクリュースにおいて騎士の競技会といえば、競技種目は二つ、もしくは三つとなる。基本は馬上槍試合と剣での試合(実際武器は剣以外でもいい)の二つなのだが、剣での試合を魔法ありと魔法なしで別々に行う場合は三つとなる。聖夜祭は祭りであるから、華々しくも余計な演出で時間が掛かるのもあって二種目となっているが、騎士団の競技会は魔法ありと純粋な剣技は別に評価すべきだというのがあって三種目となっていた。それもあって試合数が多く特に一日目に行われるのは一回戦だけだから、どの部門でも時間を掛けず一本勝負で急いで進められていた。



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