黒 の 主 〜騎士団の章・一〜





  【13】



 ザラッツが言った通り、前ナスロウ卿を慕う連中と、それを忌まわしく思う連中は早速水面下で動き出したらしい。
 噂話が確定して皆がこちらを見る目が変わったのは分かっていたが、そこから10日後、セイネリアは訓練終わりにバルドーに引き留められてこう、告げられた。

「さっき隊長さんから言われたんだが、お前……今度の団内の競技会に出ろとよ。どうやら一部の連中から、前ナスロウ卿に認められた腕を見たいって話が上がってるらしいぞ。断るなら断ってもいいそうだが……どうするんだ?」

 勿論、セイネリアに断る理由はない。だからすんなりとそれには、了解した、とだけ告げた。バルドーはあまりいい顔をしていなかったが、暫く黙ってから彼も了承の返事をして去って行った。

 おそらく、隊長からは出来るだけ辞退させろという事をそれとなく言われていたのだろう。理由は単純に『ヘタに目立って厄介事を起こしてほしくない』からなのは明白で、辞退してセイネリアが馬鹿にされて終わる……というのが一番隊長にとっては好ましい結果だったと思われる。
 勿論、セイネリアとしてはならば尚更出てやろうと思うところだ。
 そして出るなら当然負ける気はない。
 隊長様が考える最悪の結果を出してやるつもりだった。






 この国で競技会といえば一番盛大で名誉あるのはリパ神殿の聖夜祭に行われるもので、これはクリュース全土から名の高い騎士が集まってその技を競うものである。ただしそれに出場できるのは貴族騎士に限定されるため、実質はただ華やかなだけで出場者の腕は大した事はないのが殆どではある。
 対して騎士団内の競技会は身内でのものであるから、規模自体は聖夜祭どころかどこかの領主主催のモノとくらべても地味なものだが、現在騎士団に所属しているものなら誰でも参加資格がある。剣を構えさえ出来れば騎士になれる貴族騎士と違って、ちゃんと実力がないとなれない平民出の騎士達の方が実力は上と考えられるからそれなりに出場者のレベルは高いに違いない……と思うところだが、実際のところそうでもなかった。

 まず聖夜祭の競技会は出場だけでも名誉な事であるから、文字通りクリュース全土……つまり蛮族の襲撃が多い地方の兵を率いる貴族騎士や、やはり最前線の砦にいる貴族騎士が出るためそれなりに出来る連中もいる。
 対して騎士団内の競技会は、さすがに身内の祭りだけあっていつ戦闘が起こるかと神経を尖らせている役目の連中はわざわざその為に首都に来たりはしない。だから出場者は首都の騎士団本部と、戦闘がほぼない暇な支部や砦の連中だけだ。

 更に言えば、いくら平民出の騎士が出るとは言っても……競技会内で相手が貴族騎士だった場合、何も考えずに実力勝負で勝っていい訳でもない。つまり、八百長はあって当然となる。
 おそらくは、セイネリアも勝っていけば対戦相手からその手の話がくる事もあると思われた。……まぁ、簡単にその手の話にノってはやる気はないが。

 ただ現状はまだ、セイネリアが実際どれくらいの能力があるのか、同じ隊の連中以外はまったくわからない状態ではある。だから最初は警戒はされるもののそこまで重要視はされない筈だった。何か手を打ってくるのは一度でも派手に勝ってからと考えられる。

――せいぜい踊って貰おうじゃないか。

 こちらを気に入らない連中がどういう手を使ってくるか、暇なここではむしろセイネリアにとって楽しみなくらいであった。






 開いた窓から差す月明かりだけが明かりの部屋の中、セイネリアはベッドに座って月を眺めていた。その後ろでベッドに転がっていた女がクスクスと笑う。

「競技会、ねぇ……あぁ、去年の優勝者ならステバンよ、ステバン・クロー・ズィード」

 この手の場所では、多少目立てば誘ってくる女がいるのは珍しくないことで、パターンとしてはただの性欲処理と興味本位というのが一番多い。勿論、誰かの飼い犬の可能性もあるが。
 別に寝首をかこうとしているならそれはそれで面白いし、嘘の情報を教えるためだとしてもそれをもとに本当の情報を探しやすくなるからセイネリアにとっては問題はなかった。他の連中が嫌がったせいで事実上個室となったのも有り難く利用させてもらっているという訳だ。

「守備隊の人間か?」
「そう、少なくとも強いわよ、間違いなく」

 当然のように返した女に、セイネリアも軽く鼻で笑った。
 いくら首都の騎士団本部の連中が腐っていると言っても王城の警備担当である守備隊は規律正しく、所属する連中もほぼ志願者ばかりというのもあってきちんと兵としては優秀な筈だった。上層部になれば分からないが、少なくとも部隊長クラス以下はきっちり訓練も仕事もしているからマトモな連中なのは確かで、騎士団としてもそのエリート部隊から優勝者が出て当然というところだろう。



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