黒 の 主 〜冒険者の章・八〜





  【95】



「で、領主周りの話だけど、やっぱりザウラ卿の側近に蛮族出身者がいるみたい。蛮族出身者でも働きが良ければ取り立ててくれるって兵士達が話してたって」
「成程」

 それがあの時セイネリアに話しかけてきた男なのだろう。まだ例のジェレという人物かは分からないが、下の兵士達にも知られている程度には表立った地位にいるのだと考えられる。

「後……弟のレシカだけど、どっかの女に騙されて寝てる間に服から何から全部もっていかれて裸で宿の女将に泣きついたって失態を犯したから、遊んでないで領民のために働けってことで騎士団へ入団させられたらしいわよ」

 ザウラ卿からの婚約破棄にあった不祥事とはそういう事か。あの馬鹿ならいかにもありそうな話だが、その程度なら似たような目に何度もあっていそうな気はする。それを特別恥としたというより、単に婚約破棄の理由として丁度起こったそれを使った程度だろう。ただ、騎士団となると……セイネリアは少し考えて彼女に聞いた。

「領民のためというなら、首都の騎士団本部へではなくザイネッグにある北東支部か?」

 ザイネッグはザウラの北に位置する村で、騎士団北東支部があるせいで村の割には街と言っても構わないくらいにいろいろ揃っている。今回、クバンと蛮族達の居住地区へいく間にセイネリア達も立ち寄っていた。

「そう、あそこならザウラ卿の顔が利くってことで、無事隊長様に就任よ」
「隊長? あれがか? それはまた……下の連中にとっては災難な話だな」

 セイネリアはあの馬鹿(レシカ)の無能ぶりを良く知っている。どうせお飾り隊長とはいえ、あんなのが上にいるのを見ただけで下のモチベーションは下がる一方だろう。

「よくある話ね、首都の連中、特に役職貰えるような貴族出の奴らは地方勤務なんて誰もやりたがらないから、地方支部の責任者なんて大抵はその地方の貴族の親族よ」

 その辺りはザラッツやナスロウ卿から聞いた事はある。襲撃がある地にある砦や支部は無能を置けないし誰もいきたがらないから平民出を責任者にするか、完全お飾り状態のを無理矢理飛ばして有能そうな人間をサポートにつけて回すから首都よりずっとマトモらしい。だがまず襲撃がないような砦や支部は、基本その地方の有力者の身内がトップになって私物化するから酷い状態だと。
 ザウラは蛮族達の中立地帯であるラギ族の村に近い事もあって、クリュースにくる蛮族達の受け皿的な面がある。その所為もあって現在は蛮族達があえて襲撃してこないのかもしれない。

「あの馬鹿がそれで大人しく働いてはいないだろ」
「そうね、でも一応お目付け役もセットだから、少なくとも遊びまわれてはいないみたい」
「スローデンとしてはこれ以上不祥事を起こされたら困るだろうしな」
「表面上だけでも領民の為に働いてるようにみせかけておかないと、不祥事への罰にはならないでしょうしね」

 スローデンとしては、領地内の騎士団を自分の駒として使えるようにしたかったのもあるだろうが、あの馬鹿(レシカ)の無能ぶりを考えると確かにこれ以上不祥事を起こさないように閉じ込めたことの意味が強いのかもしれない。流石に無能過ぎる身内の扱いはスローデンさえも困っている可能性はある。

「とりあえず、今のところ使えそうな情報はそんなところ。積極的に新兵の募集はしてるけど、それはスローデンがザウラ卿になった時からだから特別今回の戦争のためとは言えないみたいだし。グローディへの街道は当然封鎖されてるから、一部モノの値段が上がってるってのはあんたが言ってた通りね」
「グローディからの商人が来なくなれば首都からの物資が不足するからな、そこは仕方ない。引き続き他の連中と連絡を取り合って、何か状況が動きそうな事が分かったら教えてくれ」

 そこで彼女の報告は終わりとなる。次にセイネリアはセセローダ族の二人に視線を向けた。

「で、そっちは連絡が取れたか?」

 言葉が分かるのは爪の民のアザ・ナの方なので当然質問は彼に向けてだ。

 とりあえずセイネリアは今日、ガーネッドが情報収集をしているため彼女が連れてきた蛮族の人間と黒の民の男を連れて街見物に付き合ってきた。勿論セイネリアも街の様子を見て回りたかったのもある。ネイサーは彼が連れてきている人間を連れてやはり街見物で、エーリジャも同じく。そしてセセローダ族の二人は、アザ・ナが仲間達と連絡を取りに行くのをヨヨ・ミが監視という形でついていった筈だった。

「いや……事務局の呼び出しにも伝言にも返事はない」
「そうか」

 一応クリュース国内で仕事をするに当たって、爪の民のうちリーダー格の男と村との連絡役であるアザ・ナの二人だけは冒険者登録をしておいて事務局経由で連絡を取り合っていたらしい。

「こちらがこんなに長く連絡しなかったのも初めてだが……こちらからの呼び出しにこれだけ返事がなかったのも初めてだ」
「仕事中の可能性は?」
「かもしれない。戦争があるならその可能性はある。ただこちらに伝言さえないのはオカシイ」

 アザ・ナは顔を青くする。仲間を心配してのことだろう。

「お前たちがここで根城にしてる場所は行ってみたのか?」

 アザ・ナはそれにも首を振る。

「誰もいなかった。そこにも特に伝言はなかった」

――なら恐らく……。

 セイネリアには心当たりがあったがそれを口に出しはしなかった。ただどちらにしろ、予想通りの事態になっているのならそれはすぐに分かる筈だった。




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