黒 の 主 〜冒険者の章・八〜





  【93】



 グローディ軍がザウラへ向かう――しかもその司令官はザラッツとなった事で更に――エル達雇われ冒険者にとっては大きな問題があった。つまり、軍についていくか、いかないかだ。
 セイネリアは恐らくこちらに帰るために向かっている筈、となればグローディ軍と合流しようとする可能性が高い訳でそれなら軍についていくべき……とは思うものの、スオートを放りだしていけないからカリンは残るしかない。だがカリンが残るとセイネリアとの連絡が――等々考えたところであったが、それは意外にあっさり結論が出た。

 ザラッツがスオートも戦場に連れていくと言い出したのである。

 子供を戦場になんて正気の沙汰じゃないとエルは思ったが、次期領主であるスオートに一度戦場を見せておきたいと言われれば反対までは出来ない。それにスザーナの時のように護衛対象を一緒に連れていけば確かに面倒な問題は解決する。当然危険はスザーナの時の比じゃないが……。

『少なくとも今はザウラ側の思った通りに進んでいます。この状況で更にザウラ側が疑われるような事はそうそうしないでしょう』

 という事で、現状ではキエナシェールに残る領主の家族もスオートも暗殺の危険はほぼないと思っていい、というのがカリンの予想だ。
 ならば――という事で結局全員軍についていく事になったという訳だった。

「てか、思ったより人数は少ないんだな」

 出発当日、並ぶ兵士達を見てエルはこそりとカリンに耳打ちする。人数的には200いるかどうかというところだろう。

「途中のシャサバル砦で補充するのでしょう。それに今回は最初から向こうの領地深くまで攻め込むつもりがないからだと思います」
「へ? どういうこった?」
「軍を動かして見せるのはあくまで脅しですから。まずは向こうの出方を見て、向こうが本格的に戦争をするつもりだったら一度シャサバル砦に戻るつもりではないですか? 今ここにいるのはすぐ準備できる兵だけで、現在後続部隊の編成中だった筈です」
「はん、成程ね……」
「もしくは……予定通り、かもしれませんが」

 カリンがこちらの顔を見て察しろという視線を投げる。それでも何故かと聞き返す程エルだって馬鹿ではない。
 エルはカリンからあの会議のあと、例のザウラの連中がザラッツにどんな計画を持ちかけたかの詳細を聞いていた。予定通り、というのはその計画通りに軍の睨み合いだけで実際戦いは起こらないという意味だ。

 高らかに風笛が鳴る。
 兵士達への無事を祈ってリパ神殿の鐘が町中に響く。
 そろそろ出発かとエル達が荷物を持ち上げていると、ざっと兵士が道をあけて、こちらの中では一人だけ馬に乗る事になったカリンのもとへザラッツがやってきた。

「では……スオート様の事、よろしくお願いいたします」

 一介の傭兵であるカリンに総指揮官が頭を下げるなんてのは前代未聞だが、頼むことがことであるから不審な目を向けるものは少ない。

「はい、何があってもスオート様の身だけはお守りします」

 そうしてザラッツはスオートを持ち上げると馬上のカリンに渡す。ザラッツは無事スオートが馬に乗ったのを見ると、一歩引いてもう一度頭を下げた。

「くれぐれも……頼みます」

 それからくるりと前を向いて、彼は隊の先頭へと向かって行く。
 その様子を見れば彼が裏切っているなんてどうやったって思えない。

「今の人物が今回の総指揮官……でいいのか?」

 ザラッツの姿がみえなくなってから、後ろからこっそりそう聞いてきたのはセイネリアの身代わりをやった男だ。勿論いいガタイをしているからエルは振り向いて見上げるカタチになる……ムカつくことに。

「だよ、なんかあるのか?」
「いや……その割には随分腰の低い方だと」
「あー……まぁ今回の最重要人物をこっちに託しに来たわけだからな。それにまぁ……本人が元からすっげぇクソ真面目な人間だからなぁ。領主様が倒れて実質領主代理の立場であれだからとんでもなく人間が出来てるんだろ」

 確かに事情を知らない人間から見ればただの傭兵風情相手にザラッツの態度は不自然な程丁寧過ぎると見えるだろう。これでセイネリアがいたらどっちが上なんだと分からない会話になるわな――と考えてから、妙に嬉しそうな顔をしている男をエルは不思議に思った。

「どうした?」
「いや……良いな、あんな方がトップにいるならぜひその下で働きたいものだ」

 そういえば例の身代わり役の二人は特に今回軍についていきたがっていた。いいところを見せてグローディで仕事貰おうって腹か――考えながら、エルは遠くで出発前に兵に声を掛けているザラッツを見る。

――いいか、裏切るんじゃねーぞ、俺ァ一度信じた奴を敵にしたくねぇんだよ。

 そうしてグローディ軍はザウラに向けてキエナシェールの街を出発した。




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