黒 の 主 〜冒険者の章・八〜





  【89】



「あの……すみません」
「なんだ?」

 纏う空気と反応の速さ、そして隙のなさを見れば……これはかなりイイ腕だと思っていいだろうとレンファンは考える。それと僅かだがこちらを最初から警戒していたような反応があった、思ってもいない人物に声を掛けられたという割りには驚きが足りない、とも取れる。

「私、グローディから来たのでこちらのことはよくわからないのですが……」
「あぁ……ディエナ様付きの方だろうか?」
「はいそうです。失礼な質問なのを承知でお伺いしたいのですが、こちらのご領主様はどんなお方でしょう?」

 セイネリアは言っていた。ディエナのお願いとして無理やりねじ込んだレンファンについてはおそらくザウラ卿はその経歴を調べさせているだろうと。それならば冒険者事務局に問い合わせればすぐに分かるような、剣士でありクーア神官で予知能力者――というところまでは知られていると思った方がいい。
 だからこそ向こうはこちらが声が掛ける前から気にしていたと考えられる。それなら、今の質問で向こうは思った筈だった、自分がザウラ卿の側近である事を気付かれている、と。
 少し不安そうな顔をして待っていると、向こうは考えた素振りを見せてから口を開いた。

「公平で、頭が良くて、素晴らしい方だ。領主になられてから私腹を肥やしていた高官連中を追い出し、たくさんの平民の若者を取り立ててくださったおかげで一気にザウラは公正で活気のある地となった」
「あぁ、それなら良かった。確かに素晴らしい方ですね」

 婚約者候補の侍女としては、ここは安堵してみせるべきだろう。
 一応ザウラ卿の評判自体は他の女官達に聞いたりはしているから、確かに領主としてはかなり有能で公正な人物であることは間違いなさそうだった。この男が部下としてスローデンに心酔しているらしいというのも分かったから、とりあえずはここまででいいだろうとレンファンはお辞儀をして別れを告げた。
 だが、それで歩きだそうとしたレンファンに、今度は向こうから質問がやってきた。

「セイネリアという男――貴女方をここまで護衛してきた者の一人だが、その男についてききたい」

 レンファンは足を止めて彼を見るとにこりと笑ってみせる。

「はい、何をでしょう?」

 本当に、まったくあの男はどうにも目立つらしい――思いながらも、自分について調べているのなら、あの男に対しても調べてあると思っていいだろうとレンファンは思う。

「どんな男だろうか?」

 やはりレンファンは笑って答える。

「腕も頭も格別にいい男です」
「そのようだな、だが……何というか、やけに肝が据わっているというか自信があるように見えたが、生まれは本当に平民なのか?」
「はい、母親は娼婦だったと聞いています」
「娼婦……」

 目の前の男が僅かに目を細める。レンファンは殊更笑顔で彼に言う。

「あの男の自信は、その腕も頭も、全て自分で勝ち取ってきたものだからだと思います」
「ならば……彼が動く理由はなんだ? 何を目指している? グローディで上の地位を目指しているのか?」

 この時点のレンファンはこの男がセイネリアをザウラ側に引き込もうとした事など当然知らなかった。だがそこまで言うなら直接会ったのだろうとは予想できた。それならレンファンにもこの男の気持ちが分かる。今の言葉こそがあの男について本当に聞きたいことなのだというのが理解できた。

「彼の目指すものは分かりませんが、彼が動く理由は、気に入るか気に入らないかじゃないでしょうか?」

 目の前の男が目を丸くして一度止まる。呆れるのも分かるからレンファンとしては笑うしかない。

「それだけか?」
「はい、彼には彼の価値観があってそれに反しているか反していないかが重要で、他人の評価も、世間的にそれが正しいのか正しくないのかもどうでもいいようです。グローディで上の地位を目指すのではなく、グローディ卿に貸しを作っているくらいのつもりのような事を言っていました」

 少ししゃべり過ぎたかとも思ったが今更だ。それに向こうがこちらに既に目を付けているならこれくらい言ってしまっても構わないだろう。ここまでこちらを疑っていて、おそらくは危険視しているだろうに何も手を出してこないのだからこの男にもただ主に従うだけでなく迷う部分がある筈だった。
 そうして相手が考え込んだところでレンファンはやはり話して正解だったと確信した。




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