黒 の 主 〜冒険者の章・八〜 【87】 ヨヨ・ミという者の村、セセローダ族の牙の民の者達は確かに皆いい面構えをしていていかにも戦闘系の部族というのが分かる。勿論恰好からして見てすぐに蛮族ではないと分かるセイネリアは迎えに出てきた村の連中に睨まれたが、ヨヨ・ミが勝負に負けた事を説明すればあっさりその目は畏怖するようなものに変わった。 ――本当にこいつらは分かりやすくていいな。 価値観が単純だから裏を読む必要もない。今現在の敵がこちらの裏をかいて来るような人物だからこそ気が楽だ。本来なら敵(蛮族)達の中に一人という状況なのだが、セイネリアとしては危機感を感じはしなかった。 「捕まえた奴、生きてる。話、聞きにいける」 通訳代わりに来た黒の部族の男がそう言えば、ヨヨ・ミがこちらを手で招く。どうやら彼はこの部族の中でもかなり強い、つまり地位的に上にいる者らしく、彼が何かを言うと迎えに来た者達は頭を下げて弱い口調で答えていた。そのせいもあって村の中に入って奥へと歩いていってもすれ違う村人たちはヨヨ・ミに頭を下げてその後ろのセイネリア達へはあまり関心を示さず、揉め事もなくすんなり目的の場所まで行くことが出来た。 前を行くヨヨ・ミが足を止めたのは家ではなく、岩場に穴が空いている洞窟の前だった。入口に見張りが立っているところからして、洞窟を利用した牢のようなものだろう。ここでもヨヨ・ミが見張りに一声かければ見張りはさっさとこちらに道を開いた。 洞窟に入れば急激に暗くなって視界が悪くなったが、目が慣れれば壁にある松明のおかげでどうにか見える。少し奥にはまた見張りらしい人間の姿が見えて、その先は天井から下げられた布で遮られていた。 ヨヨ・ミは先に行くと、見張りの男と話し始めた。黒の部族の男がヨヨ・ミに何か了承を取るとこちらを向いた。 「今、話聞いた結果、聞いてる。爪の民、やっぱりクリュースと繋がってた」 おそらく先ほど了承を取っていたのは、こちらに話の内容を教えてもいいかというところあたりか。ヨヨ・ミが見張りと話をしている間、黒の部族の男はセイネリアにリアルタイムで通訳をしてくれた。 まず爪の民は相当前から、主である牙の民に隠れてクリュースの人間から仕事を受けていたらしい。それで割合裕福な生活をしていたのだが、最近かなり待遇のいい仕事をくれる客が現れて相当に儲かっているという。その客のために戦士の大半はクリュースに行っていて今はいないが帰ってきたらいい武器や装備をたくさん手に入れてくる筈で牙の民を倒して爪の民が主となる――途切れ途切れで聞きにくいが、大まかに纏めると大体こんな内容になる。 最後の内容がここの連中にとっては一番重大な部分だろうが、セイネリアにとって重要なのはその『客』の話だ。 「俺が話すのは出来そうか?」 セイネリアが欲しいのは、蛮族がザウラ卿に雇われてロスハンを殺したと言う証言だ。そして出来ればその証言が出来る人間を連れていきたい。まずは今ここにいる捕まえた爪の民が証人として使えるかどうか、牙の民との交渉はそれが確定してからだ。 「聞きたいこと……聞いた、から、ヨヨ・ミがまず会って、その後ならいい」 「有り難い、感謝すると伝えてくれ」 頼むことがある分ここは下手に出ておく。案の定、ヨヨ・ミはこちらを見てにやりと笑った。それから見張りの一人を連れて布で遮られた中へ入っていく。 聞きたい事は聞いた、というのは多分ここにいる連中の尋問で聞くべきことは聞き終わっているという意味だろう。ヨヨ・ミが相手と話すのは尋問のためというより立場的に証言内容を確認するためのものだろうと思われた。だから、ヨヨ・ミと捕まった爪の民との話はそこまで長くかかるものではなく、少し待っていればヨヨ・ミが布を上げて姿を現し手招きをしてくる。セイネリアがそれで行けば、傍にいた黒の民の男も当然のようについてきた。 「話してもいいのか?」 布の中へ入った途端、セイネリアはまずヨヨ・ミにそう聞いた。ここでは彼のメンツを立てる必要がある。彼はそれに機嫌よくうなずいた。 牢のようなもの、とは思ったが布で遮っているだけで柵のようなものがある訳ではなく閉じ込められているという状況とは少し違うようだった。中も中で一応上掛けの布やいくつかの生活道具があって、明かりのためのランプもある。捕まった爪の民の男自身も縄等で縛られていたりする訳ではないから待遇としては悪くない。少なくとも犯罪者扱いではなく、本当に話を聞くための一時的な拘束程度の扱いなのだろう。 「ザウラの領主、もしくはスローデンという名に覚えはあるか?」 元気なく座り込んでいた爪の民の男がそれで顔を上げる。 すぐさま黒の部族の者がセイネリアの言葉通訳する、が……その前に相手が口を開いた。 「領主かは知らない、名も知らない、ただザウラの偉い人間だとジェレは言っていた」 まぁ確かに、クリュースと繋がってた連中なのだからこちらの言葉が使えても不思議はない。これは好都合だとセイネリアは微笑んだ。 --------------------------------------------- |