黒 の 主 〜冒険者の章・八〜





  【83】



 ザウラとグローディは昔から交流が盛んであるから、街を歩けばクバンの街にはグローディ領の者が、キエナシェールの街にはザウラ領の者が普通に歩いているし声を掛ければすぐ数人集まる程度には多くいる。当然たくさん住んでもいるから雇った冒険者や使用人、その辺の店の店主が相手の領地出身者である事はよくある。
 だから当たり前のようにクバンを本拠地登録している冒険者がグローディ領内で仕事をするし、現状まだ表面上は友好関係を維持しているからザウラ出身者というだけで仕事を断る訳にはいかない。

 早い話が、グローディの領主の館に出入りする人間でザウラ関係者を完全に排除する事はほぼ不可能という事だ。
 勿論領主やその家族本人と直接接触するような役職には身元がはっきりと保証できる者しかなれないが、下っ端使用人や外の警備関係者なら割合潜入はしやすい。

 『彼』もそうしてザウラ卿の命を受けてグローディの警備兵として入り込んだ一人であった。

――さて、来るだろうか。

 ザウラ卿からの指示通り手紙を提出書類に紛れ込ませて、ザラッツに見せる事は出来た筈だった。真面目なあの男が書類に全て目を通しているという話は実際の直下の部下が話していた情報だから確実だ。

 暗闇の中、待っていれば人影が現れたのを気配で感じる。『彼』がいる場所はこの屋敷を囲む塀の外、そして……ザラッツを呼び出したのはその塀の中に当たる場所だ。だからこちらから向こうも、向こうからこちらの姿も見えない。ただ『彼』と同じくここに潜入している仲間が代わりに壁の中を確認してくれる筈だった。その方向を見れば木の上でキラリと光るものが見える、どうやら本人で確定らしい。

「ザラッツ殿でしょうか?」
「そうです、私に用があるとのことですが」

 確認して、『彼』はほっと胸を撫でおろす。まず第一段階までは成功というところだ。

「私はザウラ卿の命を受けてこの地に潜入している者です」
「……成程、やはりザウラ卿の……」

 口調からはその言葉に敵意があるのか、それとも好意的なのかは分からない。

「我が主の目的はあの手紙の通りです、グローディのためではなくこの国全体のためと考えればザウラ卿に協力する方が良いと思いませんか? それに貴方がこちらについて下さるならこれ以上無駄な血を流さずに済みます。勿論、ここをザウラに取り込んだ後も、領主様とその血縁者方には不自由なく生活できるだけの待遇を約束するとの事です。貴方自身に関してもザウラ卿はぜひ自分の下で働いて欲しいとおっしゃっていました」

 少し一度に言い過ぎただろうか? 言い切ってから『彼』は少し不安になったが、伝える事は全て伝えなくてはならない。現状の騎士団を憂いて辞めたこの男なら、きちんと伝えれば納得してこちらについてくれる筈だった。

「具体的に何をしろというのでしょう?」

 それを聞いて彼は唇に笑みを作る。向こうはやはり乗ってくれたとそう思う。

「足元にメモが落ちていると思います。そこへ言って書いてある通りの男を捕まえてください。その者はザウラ卿がロスハン様を襲ったと貴方に証言するでしょう」

 向こうは何も言ってこない、おそらく驚きすぎて声も出ないと言ったところだろう。改めて『彼』は主であるザウラ卿の策に心の中で称賛を送って話を続けた。

「そうしたらロスハン様の死を発表し、その男を証人としてザウラ卿へ宣戦布告をなさってください。それから貴方が指揮官となって軍を率いてザウラに向かうのです」
「軍を動かして何故無駄な血を流さずに済むのでしょうか?」
「こちらに入ってすぐのキオ砦の近くで陣を張ってください。問いただすための脅しとしで軍を出したというカタチなら自然な行動でしょう。……暫くすると状況が変わります、そちらの戦う理由がなくなります。そこで貴方がザウラに対して謝罪と軍を退く事を申し出て下さればよいのです。あとは全て我が主が良いカタチに収めてくださいます」

 伝える事を全て伝えた達成感に気分が高揚していた彼は、満足そうにほぅ、と息を付いた。だが言い切った後になかなか返事は返ってこない。待っているうちに達成感は不安になり……だから待ちきれなくて言葉を重ねた。

「我が主はとても頭のよい方です。それに公平なお方です。私は平民の出ですがわざわざ主自ら声を掛けていただく事があります。あの方がザウラ卿となられてからは平民出でも役職を頂く事が出来ます、私の上の人間は蛮族の出身です、文官にも多くの平民出の者がよい地位についています……」

 なかなか良い返事を返してくれない事に不安になった『彼』は、とにかくザウラ卿がどれだけ素晴らしく、ザウラの領内では既にその理想を実現しているのだという事を伝えようと思った。
 そうすれば、やがてやっとのことで待っていた返事が返ってきた。

「確かに、ザウラ卿は素晴らしい方ですね」
「そうです、この国を変えられるのはあの方しかいません」

 やはりこの男はザウラ卿の事を正しく理解してくれたのだと『彼』の声は喜びに震える。

「話は分かりました、ですが今すぐ返事は返せません」

 だが返事は期待した通りのモノではなかった。とはいえコトがコトだけに慎重になるのは仕方ないかと『彼』も納得する。

「分かっております、よく考えてくださいませ」

 そうして『彼』は、向こうの気配が遠ざかるのを確認して、その場から姿を消した。




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