黒 の 主 〜冒険者の章・八〜





  【82】



「これは対になっていて、水の中に入れるとその水面を通して相手と繋がるという……」
「あー……それなら聞いたことあるわ、てぇ確かかなーり値段が張った筈だよな」
「らしいですね、ですがいざという時は使えるから持っておけと渡されました」

 それって経費でグローディ側に払って貰えンのか? と思ったのは別として、エルとしては微妙に引っかかるものがあるのは仕方がなかった。

「成程、あんたはソレを貰っててあいつから直接指示を受けたって訳か。へーそうかいそうかい、こっちには少しもそういう話はなかったがな」

 消耗品として割り切って使うには高すぎて普通は使わないようなシロモノを使うセイネリアには驚いたがまぁあいつならあるだろうと納得出来はする。だがそれよりもカリンにはその石を渡して自分にはまったく渡さなかった事に実は少々エルは傷ついていた。
 そうすればカリンがくすりと笑う。

「エルには私から伝えれば済むからわざわざ渡さなかっただけだと思います。それに『あいつはこまごまと指示を出すより、方針だけを伝えて勝手にやらせておくほうがいい』と言っていましたから、主はエルの事を連絡を取る必要がないくらい信用しているという事ではないでしょうか?」

――信用……信用ねぇ。まぁそりゃ信用されてはいるのかね。

 ちなみにエルがセイネリアから予め受けている指示は、最優先がスオートの命なのはカリンと変わりないが、あとは自分がいない間そっちにいる連中の間で問題が起きないようにうまく見ておいてくれ、という曖昧というか大雑把なものだけだった。

――信用かぁ……ま、そういう事にしといてやっか。

 それで頭を切り替えて、エルが仕方ねぇなと軽く笑えば、カリンもまた笑って今度は更に声を顰めて言ってくる。

「ただ、ザラッツは放置しておいてはいいとは言っても、ザウラからの連中はそろそろ掃除しようと思うのですが」

 だから手伝って欲しいという言葉に、エルはにんまりと楽しそうに笑った。






 ザウラ領はクリュースの中でも北の端に位置する国の一つであり、蛮族達の生活圏が近いこともあってクリュースにやってきた多くの蛮族達がこのクバンの街には住んでいた。このクリュースにおいて蛮族といえば国境の村や砦を襲う外敵という扱いだが、かといってクリュースに移住する蛮族出身者を拒む事はない。冒険者として登録すれば他国からの者と同じく冒険者というこの国での地位をくれる。

 当然、蛮族といえば一般人のイメージは悪いから、仕事を貰えなかったり、パーティに入るのを断られたり、いざ仕事仲間となっても嫌味を言われたり陰湿な嫌がらせを受けたりという問題はある。それでも地道に信用を重ね、実力を認められればその内気の合う仲間を見つけたりして冒険者としてやっていけるようになるものだ。なにせ冒険者はそもそも他国出身者が多いし、自分の命が掛かっているから実力と信用に対する評価はシビアだ。貴族であっても本当に実力がなければ誰も組みたがらないし評価は上がらない、逆に戦力として信用出来るなら評価は上がるしあちこちから声を掛けられる、なんという公平で素晴らしいシステムなのだろう――この国にきて冒険者となった時、ジェレはそう思ったものだ。

 だからこそやけに貴族を優遇するこの国の制度が腹立たしかった。
 実力主義の冒険者制度と違って、国の権力者達は無能ばかりだ。このままではいつかこの国は上から崩れていくかもしれない……それが彼には腹立たしく残念だった。

 そんな中、ジェレがザウラ卿スローデンに会ったのは運命だったとしか思えない。
 会った当時、スローデンはまだザウラ卿ではなかったが、冒険者事務局に頻繁に仕事を依頼していてジェレはその一つを受けた。後でわかった事だがスローデンがそうして仕事を依頼していたのは有能な人材を探すための試験のようなものだったらしい。仕事自体は軽い害獣退治や荷物運びの護衛などで特別なモノではなかったが『使える者』を選別するための基準があって、それをクリアしたものは別口でスローデンから声が掛かって個人的に仕えないかという話が行く事になっていた。スローデンが領主になったあと急ピッチでザウラの改革を行う事が出来たのも、そうして予め有能な人材を彼が集めていたからに他ならない。

 ジェレは蛮族出身者の自分にさえ、能力を認めて声を掛けてくれたスローデンの公平さに感激した。彼の理想を聞いて更に感銘を受け、彼のために命がけで働こうと思った。

 そうしてその為の一歩を踏み出した今――ジェレの中に迷いが生まれていた。

 スローデンは頭がいい、純粋な戦いに関する事はともかく、政治的な駆け引きやその為の準備など、細かいところまで考えて常に先手を取ってゆく。自分の考えなど及ばない、彼を信じればいいだけだと思っていたのにどうして今は疑問がわくのか、それがジェレにとっては不思議であり、不穏な予感を感じる原因だった。




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