黒 の 主 〜冒険者の章・八〜





  【43】



 いくら田舎領といっても、さすがに領都であるパハラダであれば昼間の露店街はそれなりに賑わっている。首都から来る者は少ないといっても近隣村から来る者は多く、少し大きな馬車で荷物の積み上げをしている者は大抵クバン行きらしい。

「昨日来た時は人が少ないと思ったが、昼間はなかなか賑やかだな」

 酒場から出てきたセイネリアは、ついでに街を案内してくれるという彼女の言葉にのってガーネッドとそのまま街を歩いていた。

「まぁそこが田舎ってとこね。朝から昼は賑やかだけど、夕方にはごっそり人がいなくなるのよ。この露店街だって昼を少し過ぎたら大半撤収よ」
「まるで朝市だな」
「だから田舎なのよ」

 一応目立つという自覚はあるからフードで顔を隠して、ガーネッドも同じく顔が見えないようにフードを深く被っていた。なにせ仕事は抜けたと言っても彼女は見張られている可能性がある。この時期はまだ少し肌寒いからマントは道行く人間ならほぼ皆つけているし、フードを被っているものも割合多い。セイネリアの場合背の高さでそれでも目立つが、常識外の大男という訳でもないから黒ずくめのいつもの恰好からすれば注目される程ではなかった。

「まぁそれに――……実際前より人が増えてるのは確かよ。ほら、あの商人なんか例の噂聞いて大回りしてきたんでしょ、珍しい首都からの人間だわ」
「確かに、馬車4台はそれなりに大所帯だな」
「えぇ、おそらく聞いてみたら以前だったらグローディ領を経由してたっていうんじゃない?」

 商人たちをみてくくっと笑った後、ガーネッドはわざとこちらに体をくっつけてきてから見上げてくる。こうして打算ありでこちらに媚びてみせる女は分かりやすくていい。信用や情でのつながりと違って、少なくともこちらが明らかに不利な状況に追い込まれない限りは信用出来るだろう。

「あれは神殿か……印がないようだがどこの神殿だ?」
「共同神殿、リパとアッテラとレイペとクネートとマクデータとサネル。中に入れば分かるわよ、印によって案内の方向が違うから」

 この街を拠点登録しているというガーネッドは確かに街には詳しかった。城壁がないから街から抜け出すのに苦労はないだろうが、何かあった時隠れられる場所だとか、怪しい場所とかいろいろあたりをつけたいから案内自体は有難い。

「メジャーどころばかりだな。……クーアはないのか?」

 基本余程の弱小領でない限りは少なくとも領内に一つくらいはマトモに神官がいるクーア神殿がある筈だった。

「クーアはちゃんと単独であるわよ。なにせあそこに行くのは基本、お祈りの為の連中じゃないし」

 クーア神殿の通常の仕事は街間転送で、鮮度が重要な食材系の荷物転送が一番優先度が高い。人間の転送は手間がかかるから相当の金額を吹っ掛けられるだけあってまず使われないが、こういう田舎だと特産品の果物などを首都に送るための需要はそれなりに高いと思われた。なにせそういうモノは転送代を払っても十分潤うくらいに首都なら高価く売れる。

 ちなみに神殿は領地間の戦争となった場合は勿論基本は中立となる。特にクーア神官は転送が使えるから、いざという時は他の神殿の連中も連れて逃げる役目を担っているらしい――とそんなことを考えていたセイネリアは、視界の中に見覚えのある人物たちを見つけて目を止めた。

――確かに、今日は買い物で街に行くといっていたか。

 露店街を歩くカリンと子供達、それに護衛のデルガとラッサの姿を見ながらセイネリアは考えて、そしてすぐに問題に気がついた。

――子供が一人多いな。

 皆フードを被っているから顔は良く見えないが、カリンの後ろに続く小柄な影の数が一つ多い。スオートとララネナはいいとしてもう一つ、スオートより少し背のある影を見てセイネリアは考える。小柄な影は全員スカートで、その謎の人物だけは華美ではないがいい服を着ている。背が違うから当然だがこれから会談があるディエナではないのは確かで、けれど歩き方からして貴族の子女だというのが分かる。
 それで後、一緒についてきそうな貴族の娘と考えれば……。

――まさか……いや、あり得るか。

「どうかしたの?」
「あぁ、少し待ってくれ」

 不審に思って聞いてきたガーネッドには小声でそう答えてもう少し観察してみる。
 そうすればスオートがやけに後ろの少女を振り返って話しかけていること、その少女がきょろきょろとやたらもの珍しそうに辺りを見回していること、そしてフードからこぼれた金髪を見て、まさかがほぼ確信に変わる。思わずセイネリアは笑ってしまった。

「……ちょっと、本当にどうしたのよ」

 今度は少し怒ったように聞いてきた彼女に、セイネリアは笑いを押さえながら顔を向けた。

「いや、単に少し面白い事になっていると思ってな。……そうだお前、この辺りに知り合いは多いか?」
「そりゃー多いわよ。……たとえばほら、あそこで駄弁ってる連中は皆、冒険者仲間」

 指さした先には、いかにも冒険者といった連中が立ち話をしていた。丁度よくそれがちょっと体力自慢の荒くれ者っぽい雰囲気を持っていたから、セイネリアは訳が分からないといった顔で首をかしげている女に言った。

「なら少し、あの連中に頼んでもらいたいことがあるんだが――……」



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