黒 の 主 〜冒険者の章・八〜





  【32】



 首都セニエティからはかなり東になるグローディ領だが、その領都キエナシェールは意外な事に冬でも雪はあまり降らない。山頂近くはまだしも、周囲の山もそこまで雪に覆われはしないから比較的冬でも仕事があるというのもまた、ここを拠点とする冒険者達が多い理由でもある。勿論首都からキエナシュエールまでの街道も比較的雪が少なく、街道自体が閉鎖されるところまであまりいかないというのもある。田舎領だが比較的冒険者のおかげで賑わっているから、シェリザ卿に大負けするまでのグローディ卿は首都の貴族たちとのんびり遊んでいられるくらいの財政的余裕があった。

「ねぇ、カリン、あれ落とせる?」
「はい、スオート様」

 目をきらきらと輝かせ期待一杯という顔を向けられたカリンは、苦笑するとナイフを構えて目の前の木の枝に向かって投げる。そうすればナイフは丁度程よく実った実の根本に刺さって、実はぽとりと地面の芝の上に落ちた。

「すごーい」

 カリンにそれを頼んだ少年と、その横にいるもう少し小さな少女が揃って拍手をする。カリンは歩いてその実を拾うと少年に渡した。

「食べるのでしたらもう少し落としてパイを作ってもらいましょう」
「うん、じゃー、今度はあれとあれっ」

 少年が指さしたのを見て、カリンはまた笑って、分かりました、と答えた。

 次期グローディ卿であった亡きロスハンの子供は三人いて、一番上が16歳のディエナで、次が12歳で長男のスオート、そして10歳の次女のララネナである。ロスハンには他に男兄弟がいなかったから現在の次期グローディ卿はスオートで、命を狙われる可能性が一番高いのもこの少年であるとセイネリアから言われていた。
 逆にディエナは現状はまだ狙われる事はないから問題ない……とは聞いていたので、彼女の方は周囲にいる者達に気を付けておく程度に留めている。なにせ下二人は歳が近いから仲が良く、一緒に見ていられるからよいものの、ディエナは歳が離れているのもあって部屋の中で勉強をしていることが多いから正直彼女の護衛まではカリンでも手が回らなかった。

「たくさんとれたねっ、なら半分はジャムにしてもらおうよ」
「ジャム、お好きなのですか?」
「うん、母様がね」
「そうですか……分かりました」

 無邪気に遊んでいるように見える子供たちも、やはり家族の重い空気は知っている。
 夫が死んだショックで妻のエイレーンはすっかり沈み込み、殆ど外に出なくなった。ディエナが下の子供のように外に出ないのは、その母の傍にずっとついているからというのもあった。母に習って刺繍をしたり、一緒に本を読んだり、傍で勉強をしているのだ。
 エイレーンは、カリンが子供たち、特にスオートを守る為にここに残った事を伝えると、泣きながら『お願いします』と貴族の女性とは思えないくらい何度もカリンに頭を下げた。主からの命令だけではなくそこまでされると、仕事に情を持たないように育てられてきたカリンでも心に響くものがある。

 人を殺すためではなく、守るための仕事は心が軽い。
 だからカリンは彼女に約束した、何があっても守り切ると。

「本当はね、いつもならこの時期は皆でアルキオ山の麓にある別荘に行くんだよ。カリオネラの花がたくさん咲いてて綺麗なんだ」
「うん、すごーく綺麗なのよっ」
「それでね、そこの村で花祭りがあるからっ、皆で見物にいくんだっ」
「いーっぱいお店出ててね、お歌とかね、踊ったりとかね、楽しいのっ」

 午後になって、子供たちの話を聞きながらお茶のために母親の部屋に向かっていると、廊下の向こうから騎士ザラッツが歩いてきてカリンは軽く会釈する。けれど彼はそこで通り過ぎず足を止めるとカリンに向かって、少々いいだろうか、と話しかけてきた。

「何かあったのでしょうか?」

 ザラッツは基本、子供達の護衛としての仕事には口を出さない、エイレーンの指示に従うようにと言われていたから、彼が話しかけてくる内容とすれば盗賊討伐に行っているセイネリアの事と思って十中八九間違いない。

「セイネリア殿が明日帰ってくるそうです。特に怪我をした者もなく皆無事ということです」
「そうですか、ありがとうございます」

 思わず顔が笑ってしまえば、ザラッツも笑う。
 するとそこで、スオートが突然ザラッツに近づいて行った。




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