黒 の 主 〜冒険者の章・八〜





  【31】



「もうすぐだぞー」

 前の方から聞こえてきた声に、ゲルドの顔が強張る。

「何故帰ってこれたのかって……拘束されますかね?」

 不安そうに言ってきたその言葉には、ガーネッドは笑って答えた。

「いや、ないだろ。人数考えてごらん、あそこの連中で取り押さえられる数じゃない」
「あぁ、確かに」

 多分、ガーネッド達だけではなく生きている者全員を返したのはそれもあるのだろう。無事に帰れたのは怪しいからと拘束しようと思っても、あそこにいるスザーナ兵は今こうして帰ってきた者達より圧倒的に少ない。逆らって暴れられたら手に負えないのだから、あまり高圧的な態度には出られない筈だった。

――使える者なら見捨てない、ってのはこれもそうなのかしらね。

 彼女達だけが開放されれば当然拘束されて徹底的に調べられる。だがこの状況ではそこまでできない。一応こちらのリスクを減らすように考えているのだろうか。

「さて……どこまであの男の思った通りいくかだね」

 森を抜ければ彼らがここ数日ねぐらにしていた広場が現れる。失敗したとは言っても生きてここへ帰ってこれたのだから、周囲の者達からは安堵の声が上がるのは当然の事だ。ぞろぞろと中へ入っていけば……まず居残り組みの連中が驚いて駆け寄ってきた。

「おい待て、どういうことだ?」
「成功……したのか?」

 確かにガーネッド達がいる段階で、成功に見えなくもない。
 だが皆の先頭にいた生き残り組みの一人が、前に出て重い口調で説明した。

「いや……失敗した。このありさまさ」

 死体の乗った荷車を指させば、近づいてきた連中はごくりと唾を飲み込む。

「ならなぜ……どうやって逃げてきたんだ?」
「逃げてきたんじゃない、向こうから解放してくれただけだ」
「どういうことだ?」
「俺たちは支援石を取り上げられた。今後まだ盗賊騒ぎが問題になるようなら事務局にそれもっていって訴えるって脅されてる。だが半年何もなければ返してくれるとよ、盗賊問題さえ解消されれば今回の事は深く追求しないとさ」

 話しているうちに天幕の中にいた者も出てきて、居残り組だった連中もほとんどがこちらの回りに集まってきていた。説明をしていた男はそれを見て皆に訴えるように声を大きくしていった。

「だから俺たちはここでこの仕事を降りる、グローディはセイネリアって化け者を雇ってた。死んだ連中は大半そいつに殺された、死体見てみてるといいぞ、やり合う気なんかなくなる」

 この辺りを拠点にしている冒険者は首都の話に疎いものが多いが、それでもあの男の噂を知っている者はいるらしく、あちこちでぼそぼそと不安をあおるような話が広がっていく。

「待て、勝手に降りられると思うのかっ」

 そこで話に割り込むように急いでやってきたのはここの監視役のスザーナ兵で、だが話している男の方はその姿を鼻で笑う。

「あぁ? 分かってるよ、契約違反だってんだろ。はっ、その程度で済むなら安いもんだ。ともかくウチは降りる。他の連中も皆そう決めてる、何が英雄になれるだ、死んで英雄なんざごめんだね」
「貴様っ、それで済むと思うのか?」
「済まなきゃどうする気だ? ……安心しろ、ちゃんと守秘義務は守ってる。グローディ側には何も話してないし、今後も話さねぇよ」
「そんなモノ信じられるかっ」
「じゃぁどうすんだ? 力づくで止めるってのか、あぁん?」
「待て、やめろっ」

 武器を構えようとするスザーナ兵をもう一人の兵が止める。話を聞いた留守番組みも含めて、反感を込めて睨まれれば彼らも偉そうにわめきたてる事は出来ない。

「ともかく、まずはこいつらを葬ってやるのを手伝ってくれ、終わったら俺らはクバンに帰る。お前らもさっさと逃げた方がいいぞ、あれとやり合うなんざ自殺と同じだ」
「待て、貴様らっ……」
「手伝わねぇならどいてろ、邪魔だ」

 そこで戻ってきた連中は荷車から死体をおろしだし、留守番組みは急いで穴を掘る道具を取りにいく。異常を感じて兵舎の方からスザーナ兵が皆出てきたが、たかだか10人程度でこちらを抑えられるはずもなく、皆が弔いの支度を始める中では何を言っても無視をされる。

「ほら、あんた達も手伝いなっ」
「あ、はいっ」
「へいっ」

 仲間達に声を掛けて、ガーネッドも死体運びを手伝う。
 ただその死体の仲間らしき者が泣いているのをみて、彼女は頭を下げて言った。

「すまないね、あたしたちが捕まったばかりに」
「いや……あれが相手じゃ誰でも捕まったさ。こいつは運が悪かった……。それにバチが当たったのかもな、こんな仕事最初から受けちゃいけなかったんだ」

 あぁ、確かにそいつらは運が悪くて自分達は運が良かっただけだ、と彼女は心の中で呟いた。




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