黒 の 主 〜冒険者の章・八〜





  【26】



 悲惨な風景を見て歩きながらレッキオは思い出す。
 あの女盗賊を尋問後に小屋に戻してから、あの男はあっさり言った――今夜か少なくとも明日、奴らを助ける為にこの砦が襲撃される。だからその準備についての打ち合わせをする、と。
 勿論ダレンド隊長もレッキオも、そんな筈はないと最初はそれを否定した。砦兵を見ただけで逃げる連中がそんな危険を冒してくることない、こちらの討伐作戦の時でさえ奴らはグローディ領にまでは入ってこなかった、それを考えれば砦を襲撃なんてありえない筈だった。

 だが、彼が見つけたというスザーナ軍のものらしい冒険者の待機施設の話と、そこにいる盗賊達の人数を聞いて――そして、普段から砦兵を見て逃げているのもこういう時に油断させる為の策だと言われれば、半信半疑ながらも彼の言う事に従うしかなかった。

「こちらの被害は?」

 戦場の惨劇ぶりを見ながらすれ違った兵に聞けば、彼は礼を取った後に誇らしげに言う。

「今のところ報告はありません。怪我人も軽傷の者ばかりです」
「そうか、足を止めさせてすまなかった」
「いえ、その……今回は、皆上の方々のおかげだと思っておりますっ」

 嬉しそうにそう言った兵士に苦笑してやって、レッキオはその兵と別れる。心の中では、この襲撃を予想したのもその対策を立てたのも全てあの男だがな、と思いつつ。

 スザーナの施設で見た冒険者の数からすれば、連中を取り返しにくるだろう者達の数は少なくともここにいる兵の倍以上だろう――とさらっといった男の言葉にぞっとしたが、彼は続けて笑っていった。

『何、くるのが分かっている上にこちらが守る側なら恐れる事はない数だ』

 ただし彼はこうも言った――連中はわざと中にまで入れて柵の中に閉じ込め、一人も逃さない。投降してきたなら捕獲でいいが、基本全滅せせるつもりでやる、と。
 見張りには彼の仲間の狩人とクーア神官が入って、敵が砦に入る前から見つけて注意の伝令が飛んだ。後はわざと敵連中が全員中に入るまで待機してから空を照らす矢を合図に進入路を塞ぎ、一斉に用意していたランプ台に火を入れた。急に明るくなった砦内で、待っていた弓兵が一斉に侵入者を攻撃すれば侵入者たちは逃げ惑うしかない。そこへあの規格外の化け物が暴れて回ってその仲間が逃げた連中を潰してまわれば、待ち伏せにパニックを起こした連中などいくらいてもただ刈り取られるだけの雑草でしかなかった。

 レッキオは改めて光景を思い出してぞっとした。だがその前にイキナリ人影が現れて彼は足を止めた。

「いくら終わったからって一人で歩きまわってたら危ないんじゃないか?」

 顔を顰めたクーア神官――名はエデンスだったか――の姿に、警戒して剣に手を置きかけていたレッキオはほっと息をついた。

「さすがにもう大丈夫でしょう。もしまだ敵がいても一人二人ならそう簡単に後れを取る気はありませんよ」
「個人的にはそういうタイプの偉い人間は嫌いじゃないが。で、俺はこれからあの黒いののとこ行くんだが、あんたも行くんじゃないかとかと思ってね」
「あぁはい……そうですね、行きます」

 言うとクーア神官はこちらの肩に触れて、気づけば移動が終わっていた。便利だと思うと同時に呆れるのも仕方ない。転送と千里眼持ちのクーア神官が仲間にいるなんて、相当に力ある貴族か、首都から部隊を率いてきた騎士団の偉い人間以外にはそうそうない。こんなのが仲間にいるのもあの男の驚くべきところではあるのだろう。

 ただクーア神官が彼の仲間にいることは秘密にしておく事になっているため、基本移動は人目のないところとなる。おそらく今あの黒い男がいる辺りは片づけ中の兵士が大勢いるだろうから、ついた場所は大きな篝火の影で当然近くにあの男の姿は見えない。転送が使えるクーア神官は千里眼も使えるので、目的地に一番近くて人目のない場所を選んでくれたのだろう。




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