黒 の 主 〜冒険者の章・八〜





  【23】



 シャサバル砦内で罪人を一時的に交流しておく場所は離れにある小屋で、基本的に窓はない。それでも木のスキマから漏れ入る光で昼か夜かくらいは分かる。だから今、夜が来て――そろそろ時間だというのは彼女には分かっていた。

「本当に来ますかね?」

 外に見張りがいるから当然会話をする場合は極力小声だ。

「くるだろ、でなきゃ皆一蓮托生でヤバイからね」

 不安そうな仲間に自信満々でそう言ってやる。弱気になったらチャンスに動けなくなる、ともかく今はその時の為に皆の気力を持たせておくのがこのパーティーのリーダーであるガーネッドの役目だった。

――それにしてもヘマをしたもんだわ。

 彼女は体力温存のために寝転がりながらも他の人間に聞かれないよう舌打ちした。

 スザーナとザウラの領都間にはケッティア山という山があって、その山にはそこまでヤバくはないがそこそこ面倒な動物やら魔物がよく出る。だからそこを行く隊商や街間馬車は退治役の冒険者を雇っていくのがお約束で、しかもその両都間を移動する隊商や馬車は基本その間を行き来するだけでそこから更に奥地や首都へ向かう事は滅多にない。理由は当然、首都から奥地へ抜ける場合はグローディ領を通るルートを使うからで、そのせいでスザーナは首都からくる者が殆どおらず、領地の面積はともかく、さびれた田舎領というイメージがあった。

 ただ、同じルートをいったりきたりするだけだからこそ、護衛役として雇ってもらえば行き帰りの仕事になるのは当然で、更に一度顔を覚えてもらえば次もまたという話にもなる。だからスザーナの領都パハラダやザウラの領都クバンの街にはそのルートの護衛を専門に引き受けている冒険者達が居付いていて、行き来する商人達は勿論、同じルートでよく会う冒険者同士も顔見知りが多かった。

 そんな仕事の冒険者たちへ冬の間、得意先の商人達からある仕事の話が入ってきた。リスクはあるが上手くいけば英雄扱い、儲けも多い仕事をしないかと――それが今回の仕事だ。盗賊のフリをして旅人や隊商を襲う、勿論それで奪った金品は自分のモノにして良い。気を付ける事は捕まらない事、もし誰か捕まったらどこのパーティも全力で助けるために協力すること、だから危ないと思ったらすぐ逃げる……それを徹底するように言われていた。

 だが今回は本気で失敗した――と彼女はまた悔しそうに歯を噛み締めた。

 グローディ側でこちらの盗伐用に何か動いているらしい――。一昨日、砦兵が隊商に隠れて護衛していたのに出会ったという報告が複数あって、それを受けて雇い主の方から暫くは慎重に動けと言われた。
 ただ逆に、他が動かないなら今が獲物にありつけるチャンスだという仲間の言葉に、慎重にやれとはいっても行動を許可したのがまずかった。
 更には、顔を見られたまま逃げられたかもしれない、いやもしかしたら幻だったのかも……とか馬鹿な事を報告に帰ってきたそいつらに頭にきて、確認にしいったのが完全な失敗だった。
 いつもだったら誰かが捕まれば他の連中が無条件で協力して助ける事になっていた。だが皆慎重になっていたせいで、今日は仕事をしようと外に出ていた連中自体が少なかった。だからおそらく手を出せず、予め想定されていた最悪の場合――戦力を整えて、後からシャサバル砦を襲撃する――という手段を使わざる得なくなった。

――まったく、とんだ化け物がいたもんだわ。

 戦力差的に逃げるだけならどうにかなる筈だった。まさかこちらの守りの要のゲルトがたった一人を足止めさえできないなんて思いもしなかった。
 あの男は確かにヤバイ――と尋問で話してきた黒い男の昏い琥珀の瞳を思い出して彼女はぞっとする。

 その時――外で見張りの大声が上がった。

「来たんですかね?」
「そうだろうね」

 ガーネッドは起き上がる。当然仲間たちも起き上がっていた。外では人々の走る音や、悲鳴や怒声、叫ぶ声が聞こえる。明らかに戦闘が行われているのが分かる音がここから少し離れていそうな場所から聞こえていた。

「確かに、俺たちが調べられたら皆終わりですからね」
「そうさ、皆分かってるから見捨てはしないよ」

 仲間にはそう言いながら、彼女はどうしても妙な胸騒ぎを覚えて仕方なかった。

 何があっても誰も捕まってはならない。たとえ死体であっても――そう言われているから、こうしてもし捕まった者がいた場合の話だって最初から話し合ってはあった。警備隊を見れば逃げていくような連中がまさか砦を襲う筈がないと彼らは思っているに違いない。だから捕まえた場合でもそこまで警戒していない筈――それは間違っていない筈だった。現にマヌケにも彼女と仲間をひとまとめにしてこんな分かりやすい場所に閉じ込めていて、ご丁寧に怪我人は治療までしてくれている。あの男だって偉そうな事を言いながらも、こちらの時間稼ぎでしかない『考えさせてほしい』という言葉を簡単に信じた。

――信じた……本当に?



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