黒 の 主 〜冒険者の章・八〜





  【13】



 結局、その日はそのままセイネリア達の一行はザウラの領境付近まで行って隊商と別れ、別の迂回ルートを使ってグローディ領に帰る事にした。基本的にザウラ領に入ってからは盗賊に襲われる事はなくなるそうなのでその辺りもザウラが怪しいところではあるが、ともかくザウラへ入った以降は砦兵達が付いている時も抜けて帰るそうなのでそれに倣った。

 帰り路は砦兵の連中には姿が完全に隠れるようにフード付きのマントを着用してもらい、最初のセイネリアの案の通り、それぞれの隊でヴィッチェとレンファンがわざと目立つようにただの旅の一行のふりをして歩いた。以前の盗賊退治の時とは違い、行きの馬車はともかく帰りは歩きになった事もあって領境近くにあるグローディ領に入ったばかりの村で一夜を過ごし、シャサバル砦に戻ったのは出発した日の翌日の昼過ぎになった。

 その結果――両方の隊合わせて、セイネリア達は行きに3回、帰りに2回盗賊の襲撃を受けた。やはり襲撃が多かったのはエーリジャ達の方で、セイネリアのいた方が襲われたのは行きと帰りの一回づつだけだった。
 ただ襲ってきた全員が、砦兵を見たり、少しでも旗色が悪くなると皆一斉に撤退していったあたり、これはもう彼らが冒険者である事はほぼ確定と言ってもいいだろう。それに、彼らの行動や特徴からもいろいろ分かった事があった。

「まず、盗賊共の恰好だが、確かにいかにも盗賊らしい恰好の連中もいるもののやけにちゃんとした装備の者が多く、そういう者は大抵顔を隠している。こちらを襲ってはくるが、金銭にも女にもそこまで執着はしてこない。奴らが一番に重視しているのは捕まらない事だ」

 その夜、二日前と同じく夕食の後に行われた会議で、セイネリアはザウラまで行ってきて帰ってくるまでの報告とそこから分かった事についてを話した。

「だから、冒険者が盗賊として雇われている、と?」
「そうだ、連中、盗賊というには装備も腕もマトモで統率もとれ過ぎてる。その上、こちらの戦力で向うに損害が出そうだと見た途端さっさと逃げる。死者や捕獲された者が出て、そいつらが調べられるような事態を避けるためだろう」

 実際、有象無象の輩が徒党を組んでいる盗賊、というには連中の一人ひとりの腕は思ったよりも悪くはなかった。セイネリアは一度出た途端、一斉に逃げられてしまったからまともに彼らと戦う事はなかったが他の者達からの報告でそう聞いている。彼らはとにかくさっさと逃げるから、先行隊が危険だからとこちらが助けに行く必要もなかったというありさまだった。

「あと、一度襲撃があった後にも他の盗賊から何度か襲撃を受けたあたり、少なくとも連中は大きい1つの集団として常に連絡をとりあって完全に連携が取れている訳でもないと言える。そこは複数のグループがいて旅人を襲ってるんだろう、が……翌日はまったく襲撃を受けなかったあたり連絡を取り合ってはいるらしい」
「どういう事だ?」
「簡単に言えば、別々のグループがそれぞれ盗賊をやっている、常に連携を取る程互いに仲が良かったりはしないが、翌日に他からの情報が入る程度には繋がっている、というところだ」

 だから結局、考えれば考える程、同じ雇い主に雇われた冒険者達がそれぞれ別々に盗賊活動をしている、という考えが一番しっくりくる。
 今回はまずそこらあたりを確定させたかっただけだから成果としては十分だ。

「それで……次はどうするつもりだ?」

 ずっと険しい表情をしたままのダレンドにそう聞かれて、セイネリアは笑ってわざと軽そうに言ってやる。

「今度は次の段階さ、連中を捕まえよう」






 深夜であっても領境近くの砦ともなれば完全に寝静まったなんて状況になる訳がない。真夜中の鐘の時間を過ぎても砦前の明かりの火は燃えているし、警備の者は交代で常に数人は立っている。
 それでも建物から少し外へ出れば一応人目を避ける事は出来る。
 何気に人目を盗んでこっそり移動する事が得意なヴィッチェは、さほど多くない見張りを避けて無事抜け出してある場所で待っていた。

 程なくしてやってきた、見間違う筈がない黒一色の背の高いその男の姿を、ヴィッチェは緊張した面持ちで近づいてくるのを眺めていた。

「さて、何の用だ?」

 黒い影の中、月を受けて浮かび上がる琥珀の瞳には分かっていてもぞっとする。

「あんたみたいに目立つ人間がよく出て来れたわね」
「別に、ちょっと剣を振ってくるといって出てきただけだ」

 あぁ確かに女の自分とは違ってこの男なら、一人で外に出たところで心配なんかされないのだろう……とヴィッチェは思ってため息をついた。どちらにしろ、彼ならどうにでもして外に出てきてくれるだろうと思って呼び出した訳だが。

「で、何の用だ? アジェリアンに関する相談なら聞いてやる」

 それになぜかムっときて、ヴィッチェは顔を顰めた。

「女が深夜に男を呼び出すとなったら……答えは分かってるんじゃない?」

 それをわざと上目遣いで言ってみたのだが、相手は表情も空気も変わったりはしなかった。

「そういう冗談を聞くために来てやったんじゃないんだが。真面目に話す気がないなら帰るぞ」

 その言い方にはさすがにカっと頭に血が上ったが、ここで怒鳴ったらまずいくらいはヴィッチェにも分かっていた。



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