黒 の 主 〜冒険者の章・八〜





  【9】



「嫌な空の色」

 馬車の幌の隙間から曇天の空を見上げてヴィッチェが呟いた。それに、同じ馬車に乗っていたエーリジャは弓の調子を見ながら返した。

「雨が降っていないだけいいと思っておくといいよ。天気が悪い方が盗賊は出てきやすいから今日は丁度いい天気だ」
「盗賊って天気が悪い方が出てくるものなの?」
「まぁね。雨だと音や視界も誤魔化せるし逃げたあとも消えてくれる。追手にも追われ難いし彼らにとってはいいことずくめさ」
「なら曇りは晴れと条件が変わらないんじゃない?」
「うんでもね、やっぱり人間、清々しい晴れ空の下だとやましい事はし難いものだしね」
「まぁ……そうね」

 納得したヴィッチェは更に外を眺めている。ここらはまだ砦に近いから盗賊が出るとは思いづらい、山に入るまではエーリジャは見張りを彼女に任せるつもりだった。

 昨夜、予め聞いてあったセイネリアの策は、ここの隊長さん方の情報と助言を合わせていくつか変更された。まず二手に別れるのはいいとして、ただこちらだけでやるのではなく、丁度朝に出て行く護衛予定の隊商があるから彼らに協力してもらうのはどうだろう、とダレンドから提案があった。
 つまり隊商自体を二つに分けて、それぞれに隠れてこちらがついて行く、という事である。こちらとしては勿論、盗賊をおびき寄せるにはそちらのほうが都合がいいし、隊商側へもそれなら護衛は無償提供するといえば断らない筈との事だった。セイネリアはそれぞれの隊にいる女性が目立つように歩いていれば盗賊は出てくるだろうと考えていたようだが、隊商の方が盗賊は獲物として警戒しないだろう、と言えばあっさりそれで決まった。ただ、思い出せばその際、少々気になるやりとりがあった。

『普段から隊商は砦で兵を借りていくのか?』

 無償ではないとはいえ、随分親切な事だと言ったセイネリアの言葉は当然で、エーリジャもそう思った。

『えぇ、どうしても急ぎでクバンに行きたい者はウチの兵を借りる事になっています』
『砦兵が見えると敵が襲ってこないのか?』

 セイネリアが胡散臭そうにそう尋ねたのも当たり前で、そもそもそれなら兵が多くついていても襲われたロスハンの話とかみ合わない。だがダレンドはそれには誇らしげにこう答えた。

『盗賊が増えた後、一度こちらで大規模な盗賊討伐作戦を行ったのです。それ以降は連中は砦兵を見るとすぐに逃げるようになりました』
『……成程、ならそれで捕まえた連中から何か聞き出せたか?』
『いえ、追い込んだところで悉(ことごと)く敵に援軍がきて……残念ながら逃げられました』
『死体を調べたりは?』
『連中は死体も回収していきました。随分仲間思いの盗賊だと思ったところで……なので、どこかの大きな盗賊団が住み着いたのかもしれないと』

 話を繋げるといろいろおかしい部分があるのだが、その手の違和感をセイネリアが気づいていない筈はない。ただセイネリアはそれ以上はその件に触れる事なく流したので、多分、今は彼の中だけの可能性として考えに追加する程度で、話すのはもっと判断材料が整ってからにする気なのだろうとエーリジャは思った。

 ただともかくも、隊商を囮役として使える事はこちらにとって都合がいいため、砦側からの提案を受けいれて盗賊討伐作戦――と言ってもセイネリアが言うところまずは調査目的だが――は決行される事となった。
 更に砦側からは6人、最初から護衛につける予定だった兵5人と例のレッキオという人物も同行する事になり、兵5人はこちらに、セイネリア達にはそのレッキオのみが同行する事になった。ダレンドの言う通りであるなら、砦兵を見れば盗賊は逃げて行くという事で……彼らがいれば余計な戦闘は避けられる可能性が高いと考えられた。




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