黒 の 主 〜冒険者の章・八〜 【8】 シャサバルの砦は、外からは暗くて分かり難かったが、どうやら以前セイネリアが来た時よりは増築されて規模を拡大したらしく、中を歩いていれば新しい区画と古い区画のつなぎ目のようなところを通る事がよくあった。まぁそうでなければ前のままのあの小屋状態で専用の部屋など貰えなかったろうが、規模の拡大は恐らくこの方面の警備を強化したからだろう。 夕食時間になり、呼ばれて食堂へ行けばそこでは二人の人物が待っていた。 どちらもそれなりに地位のあるものであるのは見て分かるが、年齢と立ち位置を考えれば初老の男の方がここの責任者であるダレンドという人物だとセイネリアは思い、実際それは当たっていた。 「私がここの砦を任されているダレンド・オッヅファーです」 「私はザラッツ様の代理としてここに来ているレッキオ・デル・ペデルと申します」 なるほど、あの若い方はザラッツの直接の部下かと、セイネリアが内心納得したところでダレンドが笑って皆に言ってくる。 「ともかくまずは食事にしましょう。腹が減ってはまともに頭が回りませんからな」 こういう席はあまり慣れていなさそうなヴィッチェ達アジェリアンの仲間連中は、それでほっと息をついてはしゃいだ声を上げる。多少はもてなされるのにも慣れてきたエルやエーリジャは恭しく頭を下げて、セイネリアは少しばかり感心した。 クリュース軍では基本、戦前や会議中は酒を飲まない事になっている為、やはりテーブルに酒の類は並ばなかったが食事はそれなりにいいものが並べられていた。少なくとも一般兵というよりここの責任者である人間に合わせた食事には皆もテンションが上がって、腹が減っている最初のうちは各自夢中で食べる事に専念していた。 勿論セイネリアも有難く食えるだけのモノは食わせてもらったが、ダレンドやレッキオから話を振られる事も多かったため、他の連中程食べる事に専念という訳にはいかなかった。仕事の打ち合わせは食べてからと言っただけあって基本は雑談だったが、主にこちら側のメンバーについて聞かれたため彼らの紹介役を延々としなくてはならなくなった。ただ、向こうとしてはこちらの戦力を確認しておきたいというのもわかるから仕方ない。 「さて、ではそろそろ本題に入りましょうか」 料理に伸びる手の勢いが落ちてきたところでダレンドがそう切り出してきて、一斉に皆食事を止めた。それを見たダレンドが、食べながら聞いてください、と前置きのように言ってから地図を出して状況の説明を始める。 「セイネリア殿が前回盗賊退治をした後、暫く盗賊の被害報告はほぼなくなっていました。ですがロスハン様の件があった後から急激に盗賊の被害報告が増えているのです。おかげで最近はこのルートは殆ど使われなくなりました。ザウラと行き来する者も大幅に減っています」 言って指さしたのはかつてセイネリアが盗賊退治に向かった時に使ったルートではあるのだが、比較的安全な筈の迂回ルートまで盗賊の出没記録らしき×印がついている。となればこの方面からザウラ領に安全に行くルートはほぼないという事だ。 「それをザウラの領主交代を機に増えたと見るか、単に春になって奴らが活動を始めたと見るか……だな」 地図を見ながらつぶやいたセイネリアの言葉に、ダレンドが唇を歪める。 「確かに、そこが難しいところではあります」 時期が時期だけに、盗賊の活動を直でザウラには結び付けにくくはある。だが、それまで減っていた筈の盗賊が突然ザウラに招待されたロスハンを襲った――しかも帰り路、丁度招待側でも招待された側の領地でもない第三者の領地で。どう考えても怪しいには違いない。 「更に言えばここの次期領主を襲った盗賊は今までにない程相当にヤバイ連中だった事になる。なにせ正式な招待を受けた客として行ったのだから次期領主の一行は警備兵を派手に引き連れた大所帯だったんだろ、普通なら盗賊なぞが手を出す筈がない」 ただの盗賊の仕業、で済ますにはまずそこが一番おかしい。それを誰よりも分かっているだろうこの領地の軍の人間であるダレンドは、それまでの穏やかな口調を崩して忌々し気に声を荒げた。 「えぇ、その通りです。ただの盗賊なら余程少数の偵察隊でもない限り正規兵相手に自ら襲ってなどこない筈です。ましてや、兵達が命懸けで守ろうとした筈のロスハン様が逃げられもしなかったなど……あり得ません」 「というか、盗賊ならそういう金を取れそうな偉い人間を殺すのがそもそもおかしい」 セイネリアの言葉にダレンドは唇を噛みしめた。 「……それも、その通りです」 そもそも盗賊というのは殺すのが目的ではなく金銭目的だ。それこそ兵士達が必死に守る程の重要人物を見つけたなら、普通は捕まえて身代金の請求をしようとする筈である。 「死体は放置されていたのか? 本人の確認は?」 「はい……助けを呼ぶ連絡を受けて見つけた場所に……ロスハン様で……間違いありませんでした」 なら余計におかしい。おしのびで行ったのでもない限り、いくら馬鹿な盗賊でも次期領主のロスハンを身分の高い人間だと見分けられない訳がない。殺したのが手違いだったとしても、盗賊なら死体を持って行ってやはり金をふんだくろうとする筈だった。 「ならどう考えても、盗賊に見せかけた暗殺だ」 だから答えはそれしかない。 「ですが、証拠はありません」 「あぁ、だから証拠を手に入れるしかない。少なくとも向こうを糾弾出来るだけの材料を揃えて、こちらに大義名分があると主張は出来るようにしておくべきだ」 それはつまり、最悪こちら側から向うに戦を仕掛けられるようにしておく、という話であるから、ダレンドと話を聞いているだけであるレッキオの表情が強張る。それをセイネリアは鼻で笑ってわざと軽い口調で言葉をつづけた。 「勿論、コトは慎重に運ぶさ。出来るだけ大ごとにはしなくて済むようにはするつもりだ」 それには二人共に大きく息を吐いたから、セイネリアは今度は瞳を細めて彼らを見据える。 「だがいざとなった時、弱腰のまま後手に回るのはだめだ。有利に進めるには先手を取って動く必要がある。とにかくまずは、こちらが有利になれる材料を積み上げていくしかないな」 それで再び緊張を纏った彼らに、セイネリアは先ほど部屋でも話した、明日からの盗賊討伐の計画についてを話し始めた。 --------------------------------------------- |