黒 の 主 〜冒険の前の章〜





  【9】



 偶然か――おそらく彼の事だから嘘ではないだろうと考えて、セイネリアは答える。

「魔女だ、娼婦のフリをしてて……少し吸われた」
「逃げたのか?」
「あぁ、味見だと言ってすぐ逃げたぞ」
「そうか――まぁそれじゃ魔女、とまではいえないかもな」
「そうなのか?」

 どこかバツが悪そうにそういったケサランを睨めば、彼は視線を外して言いにくそうに答えた。

「まぁなんというか……人の命を吸うのは禁じられてはいるんだが、信者を作って常時吸える状態にしたり、生命に関わるくらいの量を吸わないで通りすがりにちょっとくらいはその……大目に見ているというか、実際は見ないふりをしているという状態だ」
「つまりお前らの魔女の取り締まりはザルという訳か」

 そう返せばさすがに魔法使いも怒ってこちらを睨んでくる。

「そんなのまでいちいちチェックしてられるか、というだけの話だ。実際、その程度なら実害はないも同然だしな」

 人の命を吸う――それ自体はこっそりやっていれば許される、というなら話は少し変わってくる、となれば……。

「お前ら魔法使いが基本人間より若く見えるというのは――それが理由か?」

 聞いてみれば、魔法使いケサランはやはり不機嫌そうに返してきた。

「違う。その程度では寿命を延ばす事までは出来ないし、ほとんどの魔法使いは人から命を吸うなんて馬鹿なマネはしていない」
「なら、魔女ではない魔法使いはどうやって寿命を延ばしてるんだ?」

 ある意味丁度良いからその疑問をケサランに投げつければ、おそらく実年齢より数十単位で若く見えているだろう魔法使いは顔を顰めて言いにくそうに口を開いた。

「基本は自分の魔力を生命維持に回すんだ、あとはとんでもなく魔力が篭った何かを見つけられたらそれと命を繋げるくらいで、後はまぁ……」
「後は?」

 言葉を濁したケサランに聞き返したセイネリアは、だがそこで近づいてくる人の気配に気づいてそちらに顔を向けた。

「残る方法、ついでにどうして魔女と言われる程女が特に魔女落ちする事が多いのか、教えてもいいならその理由は私が説明できるが」

 やってきたのはレンファンで、彼女も偶然、というなら少々出来過ぎているなとセイネリアは思った。

「レンファンか……あんたも偶然近くにいたのか?」

 それに彼女はぷっと吹き出してからさらに顔を顰めている魔法使いをちらと見る。それで大体セイネリアも察した。

「偶然といえば偶然だが、仕事の話でそこの魔法使いと会っていたところだった。まぁあまりその魔法使い殿を責めないでやってくれないか、その槍の気配がして急いで消えたんだ。おかげで私は置いてきぼりをくらってやっと追いついたというところだ」

 セイネリアとしては勿論、理由が聞けるのなら相手が誰ても構わない。だから今度はレンファンに向き直って聞いた。

「お前は奴らの寿命の秘密を知っているのか?」
「あぁ、私はたまたまそれを知ってしまって……だからこうして、魔法使いから仕事を受ける事が多くなったという訳だ。それも込みで聞きたいなら少しつきあってくれないか? ……それともこんな時間からは嫌か?」

 セイネリアが魔法使いとつながりが出来てしまったのは魔槍のせいだが、レンファンは魔法武器を持っている訳ではない。それでも魔法使いとつながっているのはそれなりの理由があるのだろうとは思っていた。

「いや構わない、聞かせてくれ」

 それを受けて女の笑みを浮かべた彼女の方へ向かう前、セイネリアはちらと魔法使いケサランを見た。彼は不機嫌そうに黙ったままだったが、彼女の言う事に何も言わないという事は彼女から聞いてもいいのだとセイネリアは判断した。



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