黒 の 主 〜冒険の前の章〜





  【7】



「あんたは基本ポイントより金重視の仕事受けてたそうだし……まぁそれだけならよくいるけど、手柄をわざと譲渡したり、あんたの腕見込んで割りのいい仕事に誘った連中が悉く断られてるって辺りで、こりゃ評価をわざと上げすぎないようにしてんだろなってのは分かったさ」

 ただのお人よし……というセンもこの男じゃ納得出来なくもなかったが、ちょっと不自然だ。それで親馬鹿ノリの彼の話を聞けばポイントを稼ぎたくない理由もなんとなく分かって納得した。

「んー……まぁ基本的に危険な仕事は受けたくなかったからね。何があっても俺は息子のもとに帰らなきゃならないからさ」

 その答えは想像していた通りだったから、エルはちょっと寂しさを感じながらも一応聞いてみる。

「そっか……じゃ、これからもずっとよろしく、とはあんたにいえねーのかな?」

 ずっと笑顔だったエーリジャだが、その笑みがわずかに曇る。

「そうだね。セイネリアはソレを分かってくれてるから、やりたくない仕事は断っていいって言ってくれてるし、こっちが危険な役はやらなくて済むように考えてくれてるんだけどね。このままずっとは……無理かなとは思ってるよ」

 エーリジャは信用出来るしいい腕だし、冒険者としてはこのまま組んでいたい人物だがその事情で引き留める訳にはいかない。だからもし彼がパーティを抜けると言い出しても、エルは快く別れを告げるつもりではいた。

「ま、残念だけど仕方ねぇさ。必ず生きて帰りたいって人間があいつと組むのはきっついよな」

 ちょっと茶化すくらいの口調で返せば、またにこにこと笑みを浮かべたエーリジャはその笑みのまま静かな声で聞いてきた。

「……エルは、大切な人とかいないのかい? 自分が死んだら悲しむから、その人の為に生きていなきゃって人は?」

 そう返されるのはちょっと想定外だったが、まだこれは悩む程の話じゃない。

「俺は……いねぇとは言わないけどさ」
「結婚相手がいないなら、家族、かな?」

 笑顔であっさりそう言われれば、ちょっと顔が引きつるのは仕方がない。いや間違ってはいないが間違いじゃなきゃ何言っても言い訳じゃねーだろ、という言葉を飲み込んでエルは赤毛の親父を睨んだ。

「るっせ、どうせ恋人はいねぇよ。まぁ家族っていうか、弟な」

 エーリジャはこちらの反応もまったく気にしないようで、やはりにこにこと笑顔で返してくる。

「そういえば兄弟が多かったんだっけ」
「あぁ多かった。多かったから……家は大変でな、ンで一つ下の弟と二人して家出してクリュース行きの船に密航したんだよ。ま、運が良かったんだ、その船の責任者がアッテラの神官様でよ、結局クリュースについてから俺ら二人の面倒をみてくれたンだ」
「弟さんは冒険者になってないのかい?」
「冒険者だよ」
「なら一緒に仕事はしないのかな?」

 まぁやっぱそこは聞かれるよなぁ……と内心でちょっと唸りつつ、エルは少し不貞腐れたように返した。

「あー……なんていうか弟はすっげぇ真面目でさ、俺と一緒に仕事すると俺が過保護にあれこれやったりするから絶対組まないんだとさ」
「あー……エルならそうだよね」

 やっぱりそう見えるのか、と複雑な思いがある分、返す言葉はちょっと投げやりになる。

「いいじゃねーか別に。……そンでもだ、あいつは騎士様になるのが目標みたいだからさ、ンなら俺はあいつの為にコネ作ってやっとくかと思ったりした訳だ。ま、このまま順調にセイネリアの奴が偉くなったら従者のアテとかどうにかなりそうじゃね。てか既にあいつ結構貴族様に顔利くみたいだしなぁ」

 騎士になるには騎士様の従者をやって試験の許可証を貰わなくてはならない。貴族でない人間が騎士になるのはそれが一番難易度の高い条件である。

「なるほど、そういう理由もあるんだね」

 もともと人づきあいは得意ではあるが、面倒な連中にも根気強く声をかけたりしてとにかくエルが知り合いをあちこちに作ってきたのは実は弟のためもあったりする。だからセイネリアみたいなどうてみても危ない奴に組もうなんて自分から言ったのだ。……今では彼と組む理由はそれが主ではなくなったが。

「まーな。でもセイネリアにはいうなよ。ヘタすっと自分が持ってる許可証をやろうかとか言い出しそうだし」
「あははは、あり得ないとは言えないね」
「人の貰ってなんてあいつ絶対嫌がるし、セイネリアにはさっさと騎士になって貰いたいしな」

 なんの地位もない今の状況で貴族様や魔法使いを手玉に取る男がここから先、更なる地盤固めにそれなりの地位を得たりした日には一体どこまでいくのか。それを見たいからエルは彼にさっさと偉くなってもらいたいのだ。

「ふーん」

 赤毛の親父はそこで少し考えて、それからまたにぱっと年甲斐もなく無邪気に笑って言った。

「エルはセイネリアが好きなんだね」

 今度は吹き出すよりも、エルはその言葉の響きに背筋が寒くなって顔面を固まらせた。

「……いやその……嫌いじゃねぇけどそういう言い方はやめてくれ」
「勿論恋愛的な意味じゃないよ?」
「分かってるけど、その言い方は嫌なんだよ」

 なんというか、あの来るもの拒まずに相手してるあの男だとその言葉はシャレにならなそうで照れるより怖くなる、というか寒い。

「まぁその、好きっていうより尊敬というか感心というか憧れというかな……いいか、あいつには言うなよ。……男として実力だけであそこまでやれる人間いたらかっけぇなぁと思うし、あんなんなってみてえって思うだろが」

 それに赤毛の狩人はやはりにこりと笑って、そうだね、と返してくれた。



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