黒 の 主 〜冒険の前の章〜





  【6】



 セイネリアが上級冒険者になった祝いの宴会後――翌日のエルは、エーリジャに付き合って知人の神官連中に会いに行く事になっていた。目的は各神官達に光石を作って貰う事。エーリジャは例の光石付きの矢を一定数常備する事にしているらしく、出来ればいろいろなな色で光る石が欲しいからというのもあって、顔の広いエルが付きあって知人の神官達に頼んで回っているのだった。

 ちなみに違う神の信徒同士は仲が悪い――という一般的な常識は、クリュースの国教である三十月神教の間では基本的に当てはまらない。
 それぞれの神の役割がはっきりしているから互いに尊重し合えるというのもあるのだが、基本的に冒険者――特に国外からやってきたものは、使いたい神殿魔法で自分の神様を決めたような連中がほとんどだからだ。
 なにせクリュースの三十月神教の神殿では信徒は無償で基礎教育が受けられる。神官学校へいけばやはり無償でもっと高度な教育を受ける事が出来るから、腕っぷしに自信がある連中が冒険者になりにくるだけではなく、貧乏でも勉強がしたいという者達もまたクリュースを目指すのだ。

 そういう訳だから国外からきた連中も、とりあえずどこかの神殿へ行って入信すればクリュース公用語と最低限の文字の読み書きくらいは教えて貰える。どうしても生まれた時からの神を裏切れないという信心深い者以外は、クリュースに来た段階で三十月神教のどこかの神様に改宗するのが普通だった。

 ……と、そんな理由があるから、神官であってさえ信心深くない……もとい、排他的な宗教脳ではない連中が多いのは当然で、顔の広いエルだと他所の神様の神官の知り合いも結構いたりする。さすがに三十の神様をコンプリートは絶対無理としても、直知り合いだけでも8、知り合いの知り合いまで入れれば15近く……の違う神殿の神官にアテがある。ただし、その中で光石を作る術がある神様といえば5といったところだ。

「てか前回、結構作ったんじゃなかったか?」

 実は魔女の仕事の時にも一度、この知人の神官回りをやって光石を作ってもらっていたりするから今回で二回目だ。前にセイネリアとの仕事で使った時はセイネリアが用意したそうだが、彼の場合は金を積んで魔法通りの露店の店主に作って貰ったらしい。ぶっちゃけ多めに金を出したそうだから、同じ方法だと常用は難しく……それならという事でエルが一肌脱ぐことにしたという経緯があった。

「いやー……あれなんだけどね、あの時のは全部使っちゃったんだ」
「あの仕事でそんな使ったっけか?」

 使ってはいたがそこまでの数だったか……と眉を寄せたエルだったが、親父狩人は明るい笑顔で答えてくれた。

「村に帰って見せたら好評でね、つい全部使い切っちゃったんだよ」
「あー……さいで」

 まぁ彼には子供がいるというのは何度も聞いている事ではあるし、あれを子供に見せたらそら喜ぶだろうなーとか、空がいろんな色に光ってれば村人出てきて大騒ぎ+理由が分かれば大喜びでプチ村祭りとなっても不思議はねーわな、と脳内で結論付けて納得する。

「まぁあんたの子供……ロスターって言ったっけ? 喜んでくれたんだろ?」
「うん、そりゃもうね。へたなお土産よりはしゃいでくれたよ」
「なら良かったじゃねーか」
「エルは子供好きだよね」
「好きってかガキ慣れしてんだけだよ、いったろ兄弟多くてガキの世話してたって」

 普段の口調からして気楽そうな親父は揶揄ってるのかただの感想なのか判断がし難い。ただ、その後急に黙ったから思わずエルが不審そうに彼のほうを見れば、表情からは悪気がなさそうに見える赤毛の狩人が唐突にとんでもない事を聞いてきた。

「……エルは結婚しないのかい? 自分の子供はい〜よぉ」

 エルはそのままぶっと吹き出した。だが赤毛の親父はにこにこと笑顔のままだ。
 仕方なくばつが悪そうに頭を掻いて、エルはエーリジャを睨み付けた。

「……相手いねぇし。まーあれだ、今は身軽なこの状態で、セイネリアの奴に付き合ってあいつがどこまでやるのか見てみたいっていうか。いや正直結婚なんてしてたら、あんな無茶な奴につきあってられねーだろ」

 なんだかんだとえらい目にはあっているものの、あれだけの化け物が何をやるのか、どうなるのか、折角傍にいる機会を得たなら見届けてみたいと思うではないか。セイネリアのセリフではないが、自分も若いなと思うところではある。……というか、今のこの歳じゃなかったらあんな無茶なのについていきたいとは思わねぇわ、と自分で自分に突っ込んでしまう訳だが。
 だが、エルが脳内で考えては自分で突っ込んでいる間に、また隣を歩く親父は静かになっていた……と思ったら、彼が少し寂しそうな声で呟いた。

「そうだね。俺も……どこまで彼に付き合えるかなぁ」

 あー……と思わずエルは心の中で盛大に自分の言った言葉に後悔する。今の発言は確かに、エーリジャの立場ではこのままセイネリアと仕事を続けるのが難しいと言っているのも同じだ。

「彼も上級冒険者になった事だし、正直少し悩んでるところがあるかな」

 エルはそこで唸る。本当なら、俺らも早く上級冒険者になりたいとこだな、と話を持って行きたいところではあるのだが彼には言えないだろう。なにせエルは、実はずっと彼に関して引っかかっている事があったのだ。

「あー……あんたさ、実はわざと上級冒険者にならないようにしてたんだろ?」

 エーリジャはにこりと笑ってこちらを見てくる。

「そぉんな訳あるわけ……とか言っても無駄かな? 俺の事、いろいろ知り合いから聞いたんだよね?」
「まぁな」

 考えるのはセイネリアの仕事……とは言っていてもエルだってエーリジャと組む事になった後、いろいろ彼の事を調べられる範囲で調べてはいた。セイネリアが選んだ人間だし見るからに善人とは思っても、やはり知らない人間に命を預けると思えばその程度の情報収集は冒険者としては当たり前である。
 特に彼の歳、彼の腕で上級冒険者になっていないだけならまだしも、それなりに名のある連中と組んでいないのは不思議で、何かしら問題があるのかと勘繰りたくもなるというものだ。



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