黒 の 主 〜冒険者の章・八〜





  【128】



 宴も殆ど終わって蛮族達の大半が寝てしまった頃、セイネリアは近くで転がっている黒の部族の男とジェレ・サグ、エーリジャが寝ているのを確認してから立ち上がった。座ったまま目を瞑っていたヨヨ・ミはこちらを見てきたが、何も言わずにまたすぐ目を閉じた。
 そうしてセイネリアは先程、向うの蛮族達の輪から一人で抜けて歩いていった男を追った。

「なんだ、一人酒か?」

 ガタイのいい男は振り向くと、まずセイネリアに深く頭を下げた。

「頭を上げろ、別に俺はあんたに何かしてやった訳じゃないぞ」
「いえ……貴方にはずっと、礼をいいたいと思っていました」

 ネイサーが顔を上げて真剣な顔でこちらをみてくる。
 セイネリアはそこで座り込んだ。

「アジェリアンの事か?」
「そうです」

 返事と共にネイサーも座り込む。

「あの人が復帰に向けて気力を失わなかったのは貴方のおかげです」
「そもそも、奴が怪我をしたのは俺が仕事に誘ったせい、ともとれるぞ」
「そんなのを人のせいにするのは愚か者だけでしょう」

 笑ったネイサーにセイネリアも笑ってみせる。だが笑みは顔だけで、平坦な声で彼に尋ねた。

「あんたが俺に礼をするのは、アジェリアンがあんたの恩人だから、というところか」

 ネイサーは一瞬真顔になった後に苦笑する。

「やはり、そこまで見透かされていましたか」
「罪人の神ヴィンサンロアの信徒は基本、元罪人か、現罪人だ。あんたは前者だろ、自分の罪を償おうとする者特有の必死さみたいなのがある」
「そうです、分かる人は分かりますね」
「ヴィッチェをやたら守ろうとするのもそのせいか。だから今回の件、あんたはこっちについてこないと思ってた」
「向うは安全そうでしたから、ならば大丈夫かと思っただけです。両親が育った地と……貴方が何をするのかに興味がありましたし」

 そうしてセイネリアが彼に酒を勧めれば、彼は杯を受け取って酒を飲む。ただし一口、舐めるように飲んで、それですぐに杯を離した。

「蛮族出身だと冒険者になった当初はなかなかパーティに入れてもらえなくて仕事がないんですよ。だから自然と同じ蛮族出身者同士で組む事になるのですが……まぁ同じような境遇の連中は悪い事をしているのが多い。初心者をパーティーに誘って金目のものを巻き上げたり、盗賊まがいの事をしたり……こちらを排斥しようとする連中が悪いんだと、その頃は罪の意識もなかったですね」
「ありがちだな」
「はい、ありがちです。ヴィンサンロアに改宗したのもその頃ですね、そういう者でも受け入れてくれるのがヴィンサンロアくらいしかなかったというのもありますが、姿を消せる術を使えるのなら都合がいいって思って……それで後悔しました。術を使ったら痛くて使い物にならなかった」

 ネイサーはそこで笑う。つまりその当時の彼にとっては術を使うなんてあり得なかった訳だ。

「けれど悪い事をすれば罰が当たるものです。他パーティを襲って手柄を横取りしようとしたら盗賊の襲撃にあってしまった。向うは数が多くて、どうにか仲間の何人かと逃げたものの隠れた洞窟から出られなくなった。俺は痛みにのたうちまわりながらも術を使って街まで逃げた。そこで仲間を助けてくれと冒険者事務局に駆けこんだんですが……」
「誰も助けてはくれなかった。だがそこにアジェリアンがいたのか」
「その通りです、誰もこちらの姿を見ただけで無視する中、アジェリアンが周りの連中に声を掛けて人を集めてくれたんです。……残念ながら、それで助けに行った時には仲間も既に殺されていましたが……アジェリアンは盗賊達を潰した後、俺たちが狩ろうとしていたパーティの連中と共に、仲間の死体も等しく丁重に弔ってくれました」

 その後、仕事がないなら次の仕事に一緒にどうだと誘ってくれたアジェリアンに、ネイサーは耐えられなくて全ての事情を話した。本当は自分達は他パーティを襲うつもりだったこと、そんな事をずっとしてきた罪人集団であると言うことを話して、騙して申し訳なかったと詫びた。
 だがアジェリアンは、盗賊に襲われて仲間が危険だったというのは嘘じゃなかっただろうと笑って、仲間のために死ぬ程の痛みと言えるヴィンサンロアの術に耐えられたネイサーなら信用出来ると彼のパーティに誘ってくれた。それからネイサーはアジェリアンに恩を感じて心を入れ替え、彼の役に立とうとした。アジェリアンの大切な少女二人を守る役を頼まれて、それを彼からの信頼の証だと思った。

 面白いのは、当初はあれだけ痛くて仕方なかった術の反動の痛みを以後はさほど感じなくなった事で、その原因はあの時に限界になるまで術の痛みを味わったからか、もしかしたら罪を悔いているからかもしれない、と彼は締めくくった。

 今回セイネリアがこの男をこちらの仕事に誘ったのは、勿論蛮族出身者というのもあったが、何か訳がありそうな彼の事情を聞いてみたかったというのもあった。聞いてみればありがちな話ではあったが、少なくともこの男が信用出来る人間だというのは分かったので聞くだけの意味はあったと思う。

――さて、後は今回の主役になってもらう奴と話を付けないとならないか。

 話が終わってセイネリアは立ち上がると、まだ座ったままちびちびと酒を飲む男に声を掛けた。

「これからちょっとこの件をどうまとめるか話し合いに行くんだが、あんたも興味があるなら隠れて聞いてみないか?」




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