黒 の 主 〜冒険者の章・八〜





  【113】



 蛮族の軍はそのまま何にも邪魔されることなく進み、あっさりとザウラの領境の目の前にまできた。途中空っぽの村の内の一つで一晩過ごしたからここまでで砦を落してから3日が経ったことになる。
 ただここからは慎重に、向うにこちらの行動を悟られる訳にはいかなかった。
 夜になるのを待ってからザウラに入ると即蛮族達は森に待機させ、セイネリアは単身でザイネッグへと向かった。

「よぉっ、いたいた」

 基本森の中を進んで、朝近くにザイネッグの村のすぐ傍まできたところで、予定通り……エデンスがこちらを見つけて迎えにきた。わざわざ水鏡の石までは渡していないが、呼び出し石を使って事前に知らせておいたからだ。

「そっちの状況はどうだ?」
「蛮族がくるってことで村の連中に避難命令が出た。あらかた逃げ出したが騎士団と取引してた連中は一部残ってるかな。こっちも馬車ごと逃げ出しはしたがスザーナ方面へ行くって言って避難民の群れとは別れて森に待機してる。なにせもとがスザーナから来たことになってるからな、誘導兵にも特に何か言われることはなかった」
「全員無事か?」
「無事だよ、お嬢さん達と騎士様は基本馬車から出ないようにしてる。必要な時だけ俺がちょっと外に出してやってるが」

 エデンスが言いながら含みのある笑みを浮かべる。彼には事前にいろいろ伝えてあるからそれらも上手くやってあると思っていいだろう。

「ならいい。暫く休んでもらった分、大いに働いてもらうからな」

 セイネリアが笑みを返せばエデンスは肩を竦めながらも、覚悟してるよ、とまた笑った。





 クバンの街を出てからずっと、ディエナは基本馬車の中で生活をしていた。必要な時は転送で外に出しては貰えるが、基本はずっと馬車の中だ。
 当然馬車の中は狭い。ただ荷物と作業員を両方乗せて運ぶための馬車であるから通常の馬車よりずっと大きくて、人間3人に荷物があってもどうにか寝る事は出来た。ただ本当に『彼』の方はちゃんと体を伸ばせているのか心配ではあったが。
 本当なら、荷物を端に全部寄せてしまえばもっと余裕ができるのだろうが、馬車に乗っているのがディエナと侍女のリシェラ、そしてザラッツということで馬車の中を仕切るように荷物を置いてザラッツのいる場所とディエナ達の場所を分けていた。ザラッツは出来るだけディエナ達の方を広くするように言ってくれたから、彼のための場所は相当に狭くなっている筈だった。いくら人数的はこちらが多くても彼のほうがずっと体が大きいのに。

「あの、ちゃんと眠れましたか?」

 だからつい、荷物の向うにいる彼に向けて何度もそれを聞いてしまう。
 朝起きて、相手が起きているのを気配で感じる度、おはようございますの後にそれを聞くのが今のディエナの日課になってしまった。

「はい、眠れています。言った筈です、私は訓練で鎧のまま地面でごろ寝もしていたので大丈夫ですと。それよりディエナ様の方がこのような場所では眠れないのではないですか?」
「いえ、大丈夫です。スザーナへ行った時で慣らされましたし」

 笑って返せば向こうからも気配で笑ったのが分かる。
 確かに荷物で無理やりベッドを作ってもらったものの、本物よりはずっと堅くて体は起きる度に少し痛い。けれど、ディエナはザウラ卿の屋敷にいた時よりも安心してぐっすり眠れていた。
 なにせ同じ馬車の中に、一番信頼する人間がいてくれるのだから。

「それなら良かった。ですがおそらく、馬車生活もあともう少しの辛抱です」
「何かあったのですか?」
「あの男がすぐ傍まで帰ってきたそうです。夜にエデンスと外に行った時、あとで迎えに行ってくる、と言っていました」
「まぁ、そうでしたか」

 それには勿論安堵と……けれど少しだけ寂しい気持ちも湧いた。こんなに彼が傍にいて話が出来る機会なんてなかったから、それが終わるのだと考えればなんだかとても残念な気持ちになる。
 その微妙な気持ちを向うも察してしまったのか、ディエナが黙ればザラッツも何も言ってこなくなる。気まずい空気に、隣にいたリシェラが小声で話しかけてきた。

「お嬢様、ハッキリ寂しいと言ってしまえば」

 彼女はザラッツとディエナが話している時は黙って聞いていないふりをしてくれるのだが、ディエナが言葉に詰まるといろいろアドバイスしてくれる。……さすがにそれを全部そのまま出来はしないが、それでも有難い。
 だが、沈黙の時間はさほど長くは続かなかった。
 馬車の荷台の幌がめくられる音がして、誰かが中に入ってきたからだ。

「おっはよー、お嬢様と騎士様は起きてる? 取り込み中じゃない? 服着てる?」
「……大丈夫ですっ」

 リシェラが怒鳴る勢いで返事を返す。
 聞こえてきた声はガーネッドという女性のもので、こちらに何か言うことがある場合は大抵はレンファンだがたまに彼女がこうして中に入ってくることもある。彼女が来たということはレンファンは忙しいのだろう……くらいに思っていたディエナだったが、ガーネッドが姿を見せると思わず驚いた。

「その……恰好は?」

 ガーネッドは冒険者としての登録は戦士だと言っていたが、普段の服装は商人のふりをしているのもあって商人らしい恰好をしていた。のだが、今の彼女は完全に戦士で、しかも……。

「どう? 蛮族にみえる? 一応ポス族のつもり」

 露出が多いのもあるが、むき出しの腕や肩に刺青――多分絵墨で書いただけだろうが――を入れて少し頭をぼさぼさ気味にしている感じは、確かに蛮族らしくみえる。

「どうしたのですか?」
「だから見ての通り、蛮族のフリをしてちょっと騎士団を襲ってくるわ」

 それに反応したのはディエナよりザラッツだった。

「騎士団を襲う?!」

 荷物の向うから聞こえた声に、ガーネッドはにんまりと人の悪い笑みを浮かべる。

「そ、向うとの打ち合わせがいろいろあるからすぐにとはいかないけど、ちょっと騎士団襲って今隊長やってるレシカって馬鹿を拉致ってくるそうよ。もう一人の貴方達のツレも現在私と同じく変身中♪」

 まさかここで聞くとは思わなかった名に、ディエナは思わずリシェラと顔を見合わせた。




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