黒 の 主 〜冒険者の章・八〜 【112】 ワーゼン砦が蛮族の襲撃にあって陥落した。 その報が入ってきた時、スローデンは本気で何かの間違いだと思った。しかも最初に入ってきたのはただワーゼン砦が落ちた事と、それに合わせて国境村の住人を避難させたからザウラ側で保護するように――という内容だけで、敵の規模に関する情報は何一つなかった。 更には次に入ってきたのは、治癒役の神官を出せとか矢避けの魔法役を出せとか援軍の編成をしておけだとかいう要求だけで、スローデンが欲しい情報はやはり一つもなかった。 「ふざけているのか? 相手の規模も知らせずによく援軍だなどと言えたものだ。せめて兵の被害だけでもきちんと数字で報告してこい。こちらはグローディ軍に睨まれている状況だぞ、そう簡単に援軍など出せるかっ」 それらの内容はザイネッグにある騎士団の北東支部、つまり弟のレシカから騎士団の本部に行って、そこからスローデンに冒険者事務所経由で機密文書として届けられたものだ。 「あの馬鹿、私に直接頼む勇気がなくて騎士団経由にしたのか」 おそらく騎士団との連絡は緊急事態用のモノを使っただろうからそこまでのタイムラグはないと思うが、それでも弟のもとへ情報が入ってからここまで丸一日程度は掛かっている可能性は高い。砦が落ちて弟のもとへ報告が入るまでも入れれば完全に情報が遅すぎた。 「そんなにこちらに兵を出してほしいのなら、騎士団報告と一緒にこちらへ直接伝令を出すなりすればいいだろうに。ティスダルは何をやってる」 弟につけたお目付け役の男の名を出してスローデンは忌々し気に歯を噛み締める。これは完全に想定外の事態だった。 まず基本、ワーゼン砦が蛮族の襲撃を受けるというのから想定外だ。いや今回の件で処刑した奴らの出身部族による報復もあり得るとは思っていたが早すぎる。しかも一部族の襲撃程度でワーゼン砦が落ちるなんていうのはあり得ない。そんなに大部隊が攻めてきたのだろうか? そもそも近年、この地へ蛮族が本格的に部隊を組んで攻めてくることがなかったのもあって北東支部の人員はかなり減らされている。その中で実戦部隊はワーゼン砦で、北東支部自体は事務処理役とお飾り兵士ばかりで戦力にならないというのは内部を知っている者なら当然の認識だった。 しかも本来なら――蛮族からの襲撃があった場合、周辺領のスザーナやグローディが援軍を出してくれることになっているのだが……今回それはない。 「ならば援軍は断りますか?」 傍にいたジェレがやけに落ち着いた声で聞いてくる。その冷静さにさえ苛立つ勢いでスローデンは言い放った。 「断れるわけがないだろっ。ワーゼン砦が落ちたらどちらにしろレシカ達だけで抑えられる訳がない。騎士団本部からの援軍など待っていたら蛮族どもは調子に乗って領内を好き勝手に暴れまわってくれるだろう、自衛するしかないということだ」 しかもこの間の襲撃で領都の兵さえ減って再編中だ。グローディ軍がいるからキオ砦には多めの兵を置いてはいるが、それを回すとすればかなり危険な賭けとなる。 「ザイネッグ周辺の街と村に連絡を付けて、警備隊から数人ずつザイネッグへ回させる。こっちからも使えそうなのを数人出して、後は冒険者を募って一部隊作ったらザイネッグに向かわせてくれ」 スローデンは頭を抱える。蛮族達の襲撃はこの間の連中と連動した報復なのか、それともまったく関係のない襲撃なのか。それによっても対応が変わる、とにかく襲撃してきた蛮族達の規模が知りたかった。 「スローデン様」 それにスローデンは顔を上げる。忠実な筈の彼の部下が恭しく頭を下げて言ってくる。 「そのこちらから向かわせる部隊の指揮、私に任せていただけませんか?」 ワーゼン砦を陥落させ、蛮族の部隊はそこで一晩勝利の宴を開いた後に翌日砦内を探索し、まだ酔いが残る連中もいたため移動を開始したのは更にその翌日になった。 どうやら砦に火を付けたのは蛮族連中ではなく砦を逃げ出した兵だったらしい。蛮族達に物資を取られるくらいなら燃やすという判断だろうが、全てを燃やせる程の余裕はなかったようで倉庫に酒が残っていた。蛮族達はそれもあって宴会を始めた訳だが、もしかしたらそれを見越してわざと残していった可能性もある。 ロクな戦力にならない連中ばかりというのは 「やっぱりこの村ももぬけの殻だね。その先を見てきた連中も、ザウラ領境周辺に兵がいる様子はないってさ。どうやらザイネッグまではすんなり行けそうだね」 偵察にいかせた蛮族達が帰って来ると、エーリジャがそう言いに来た。 「やっぱりこの村ももぬけの殻だね。さっきの報告だと、ザウラ領境周辺にも兵がいる様子はないようだよ。ザイネッグまではすんなり行けそうだね」 「あぁ、そうでなくては困る」 勿論本来なら砦を落した後でのんびり宴会などしている場合ではないのだが、セイネリアが文句を言わなかったのは理由があった。後から合流する連中を待つためという蛮族向けの理由の他、実は国境村の連中を逃がすためというのもあった。このまま進んでクリュースの村を通れば蛮族達に略奪をするなとは言えなくなる。だから逃げて貰うだけの時間を稼ぐために蛮族達の好きにさせた。砦の連中も、酒を残していったのはそのためかもしれない。だとすればそれなりに頭の回る者もあの砦にいたと思われる。 おかげで思惑通り、国境村地帯の住人は無事避難が済んだらしい。 村に残ったモノを喜んで奪うのは放っておくが、さすがに村人を殺すのは後味が悪いし……そこまでやったら、少なくともエーリジャはここで下りると言い出すだろう。 --------------------------------------------- |