|
>>HEERO さて。 今日も今日とて夜遅くまでの残業から帰り、リビングへの廊下を歩く。 何処かしら緊張感を漂わせたような、というか身構えたような雰囲気を漂わせて部屋へと入る。 …デュオはもう既に寝ているだろうから、部屋の中は真っ暗だった。 ヒイロは一つ息を付いてから、思い切って電気のスイッチを入れた。 ……………。 そうすれば、やはり、それは、そのままだった。 固まったようにヒイロが見つめるその目の前には、ぽっかりと派手な穴が開けられた壁。…それは、つい一週間程前、ちょっとした口論が原因でデュオとけんかをした時に、弾みでヒイロが壁に拳を叩き付けた時にできた…ヒイロがあけてしまった穴だった。 けんかの内容自体は、とりあえず、まぁその後判明した事で、結局デュオがヘンな勘違いをしていただけだったという事ですんだのだが、問題はこの穴だ。もともとヒイロは誰もが認める馬鹿力の持ち主である。普段は気を付けて、加減に加減を重ねて日常生活を送っているワケだが、その時はちょっとヒイロもカッと来て、ほんの少しだけ加減を余りしないで怒りを壁にぶつけてしまったのがマズかった。(デュオを殴らずに壁を殴ったのはヒイロの理性だ)当然のように派手にあいた壁の穴は、けんかが終わって理性が完全に戻れば、カッなった自分を思い起こさせてきて気を滅入らせる。しかも、それとなく早く修理の業者を呼ぶようにいってみているのだが、デュオは一向に業者へ連絡した素振りがない。 壁はいつまで立っても派手に穴があいたまま。しかも部屋は一番人の出入りが多いリビングルームで、穴自体も入ってすぐに目に飛び込んでくるような目立つ位置にあったりするのだ。 …デュオは自分を責めているのだろうか? …多分、そうだろう。 けんかに関しては謝ってきたものの、その後もデュオはヒイロに対して怒っている素振りなど見せてはいないものの…この穴自体を直さない、それはもしかしたら毎日こうしてヒイロに見せ付ける為に態との事ではないのか? 実際、毎日毎日夜遅くまで残業して、帰ってくれば自分がした失敗の証拠を突きつけられる生活は、ヒイロに少なからずの精神的打撃を与え続けていた。 もし、こんなに仕事が忙しくなければ、自分で修理をしても良いし、ヒイロの方から業者に連絡をとってもいい。…だが、こんな時に限って仕事は忙しく、デュオが「俺が連絡しとくから」という言葉を聞いている手前、こちらから連絡を入れるワケにもいかなくなってしまっていた。 精神的苦痛は、肉体的疲労を倍増させる。 …最近のヒイロは、そのセイでいつも通りの無表情の顔の下、心の中はかなりのダメージをうけまくっていたのだった。 >>DUO 朝。 目を覚ましてリビングへ行けば、テーブルの上には朝食が出来上がっていた。 あくびをしながらざっとそのメニューを確認してみれば、どうやら自分の好物が並んでいるようだ。 デュオは、思わず心の底から浮かび上がってくる気分のままに、ニンマリと人の悪い笑みを浮かべた。 …かなり、こたえてるみたいだなアイツ。 そして、笑いながらこれでもかというくらいに目立つ大きな壁の穴へと視線を向ける。 …それからまた改めて笑みを深くする。 さて、実際のところ。 デュオはちょっとシャクだっただけなのだ。 ヒイロの言う事はいつも嫌味なくらいもっともで、大抵けんかにまでなる時にはヒイロの方が正しい事の方が圧倒的に多い。何せ、あの無口なヒイロがいい返してくるのだ、まずよっぽど確信がある場合なのは分かっている。 …そして今回も例にもれず、そう事だったワケで、しぶしぶだがデュオもちゃんと謝りはした。…まぁ、いくら頭に来たといっても、デュオだって自分の方が悪いと分かっても我を通す程子供ではないつもりだ。 ただ、それでも気分的には悔しいのも確か。 そんな中で、ヒイロが彼らしくなくやってしまった失敗を、彼に「これでもか」というくらい見せ付けてやるのは、デュオのその複雑な心中のゆえんである。 自分が悪いから謝る。 だけど、それで終わるのは(ほぼ毎回なだけに)、かなりシャクでもある。 だから、早い話、これは嫌味だ。 ヒイロが、こういう揚げ足を取れるような失敗をする事自体珍しいから、この時ばかりと思いっきり有効利用させて貰っているだけなのだ。 そうして、今日で一週間と一日。 さぁて、いつまであの万年無表情が冷静でいられるかが見物だね。 残業で疲れながらも、ヒイロが用意をしてから寝た(ちなみに朝はデュオの方が早い為、ヒイロはまだ寝ている…デュオが起きているのは気づいているだろうが)であろう、好物ばかりの朝食を、デュオはおいしく食べたのだった。 >>HEERO 連日の残業。そして帰れば精神的ダメージ。 さすがの無表情の鉄面皮男ヒイロ・ユイも、今現在、疲れている事を隠せるような状態ではなかった。キーボードを打つ手もいつも程のスピードがなく、画面を見る目つきも何処か虚ろ。本人にも自覚があるから、せめて仕事のミスをしないようにいつにもまして慎重にやっているだけなのだが、それでさえ彼の疲れを周囲に知らしめる結果となった。 バックに人魂の効果を入れたくなる程どんよりした空気を身に纏う彼の姿は、基本が他人に無関心な職場の人間からでさえ哀れを誘う程だったという。 まぁ、そんなであるから、さすがに彼の直接の上司である人間は、見かねて彼に声をかけた。 「ユイ君。君、かなり疲れてるみたいだけど、そんなに辛いなら今日はもう帰ったら?…疲れて倒れられるくらいなら、一日ちゃんと休んで、なんなら明日は休みにしてもいいから、ちゃんと体調を戻して来てから仕事してよ」 と、いうワケで。 いつもよりも、かなり、かなーり早い時間にも関わらず、今日はもう帰ってもいい事となってしまった。この職業、結局いくら休んでもやらなければならない仕事が減るワケではなし、最終的には休んだ分は後で取り返さなくてはならないのだが、仕事の能率が上がらない程体調に異常を来している状態ならば、いっその事その体調を戻してから、万全の状態で仕事に集中する、というのもまた常識だった。 また、ヒイロが疲れた顔で帰る際、 「ユイ君、疲れてるみたいだね。そうだ、お客様が持ってきたケーキが残ってるから、持ってかえって食べなよ。疲れてる時は甘いモノが欲しくなるだろ?…結構残ってるし、君の奥さんの分も上げるから、家帰って食べてからゆっくり休んで体調を戻しなよ、ね?」 といってケーキを渡されたので、デュオへのお土産付きでヒイロは家の帰路をいそいでいた。 その顔色、というか雰囲気は幾分か元気を取り戻しているようで…。そう、ヒイロは決心していた、帰ったらデュオに今度こそ改めて壁の修理をするように言おうと。 早く帰れるなら、久しぶりに起きているデュオと話をする事ができる。幸いな事にデュオが好きな甘いモノというお土産もある事だし、デュオの機嫌も良くなるに違いない。そのタイミングでそれとなく壁の修理について話して、もしデュオがまた連絡できないようなら、自分の方で連絡するとそういえばいいのだ。 更に、明日は休みだし、今晩は…(以下略)という事もひそかに考えていたりというのはおいとくとしても、とにかくこの機会に自分の疲労の原因を全て解決しようと決心したヒイロの足取りは軽かった。 電気が付いた部屋のドアを開ける。 新婚から忙しい日々の続くヒイロにとって、これが希な事だということが悲しいが、結婚の幸せを感じる一瞬だ。 自分の気配に驚いたデュオが、パタパタと廊下を掛けてくる足音が聞こえる。 「あれぇ?何、ヒイロ。お前もう帰ってきたのか?どうしたんだよ、こんなに早く。」 驚いた声のデュオは、それでも気の所為かちょっと声は嬉しそうにも聞こえて、内心ヒイロは少しばかり心がふわっとなった。 「あぁ、今日は早く帰っていい事となった。」 それだけをいって手に持ったケーキの箱をデュオへと渡す。 「会社で貰った。」 箱を受け取ったデュオは、途端嬉しそうに笑顔を見せた。 「へぇー、ラッキー。」 いってから靴を脱いで廊下を歩き出したヒイロの後を、パタパタとスリッパの音を響かせて付いてくる。 イイ雰囲気にヒイロの気力ゲージはまたちょっとだけ回復した。 「んじゃ、ヒイロ。先に食べてるな。」 ちゃんと二人分のコーヒーを入れて、それぞれの席にケーキをおいて、上着をかけてからテーブルに着こうとしていたヒイロにそういって、デュオはケーキにフォークを刺す。 「ん、うまいなぁ〜」 うれしそうに食べるデュオ。 そんなデュオを見ていると、ヒイロもちょっと嬉しい。 喜んで食べるデュオを見ながら、ヒイロも自分の席について、ほっと一息。 それからコーヒーを一口飲んで、デュオの顔を改めてじっと見つめる。 「デュオ…」 だが、そうやって話を切り出そうとしたその時。 ピンポーン。 「あれ?誰か来たのか?」 ぱっとデュオは立ち上がると、すぐパタパタと廊下へ歩いていく。 「………。」 後には、デュオを呼び止めようとして手を伸ばしかけたヒイロが一人。 じっと、その行き場のなくなった手を眺めるようにして固まっていた。 意地の悪いタイミングの来客者はカトルだった。 「こんばんわーデュオ。ちょっとこっちに来たからよっただけなんですけど…」 廊下から、楽しそうな二人の会話が聞こえてくる。 ヒイロは深く溜め息を吐いた。 暫く会話が聞こえた後(廊下で立ち話をしているらしい)、だんだんと声が近くなってくるドップラー現象(なにか違う…)の中、ヒイロはむっとした表情をして、部屋の入り口に入ってすぐ、客人と顔を合わせないように顔をそらした。 「こんばんわーヒイロ。って…何があったんです??」 カトルの驚いた原因がなんなのかは分かっている、壁の穴だ。 「あぁ、あれさぁ、ヒイロがやったんだ。」 それだけの説明は、間違ってはいないが、簡潔すぎる。普段余分な事まで説明をしたがる事を考えると、デュオのそのいい方はやはり態とのような気がする。 「えぇッ!…ヒイロ、君何やってるんだい?…君がそんな人だとは思わなかったよ…。」 途端に始まる、ウィナー家当主のお説教講義。 聞いてないふりをすれば更に怒られるわで、いやいやでも聞かなくてはならない。 「君はデュオの事を本当に好きだと思ったから僕はまかせたんだからね。もし暴力亭主のようにデュオをひどい目に合わせているようなら、放っておくワケにはいかないからね!」 「まぁ、カトル。けんかしたのは俺も悪かったし、まぁヒイロもこりただろうし…。」 「デュオ、もし何か困った事があったらすぐにいってくださいね!…彼を庇う必要なんかありませんから!」 ヒドイいわれように、ヒイロとしても反論がない事はなかったのだが、この二人の会話に入り込める程、彼は饒舌ではなかった。 すっかり勘違いしたカトルに完全悪人扱いされ、いいようにいわれる。 デュオも一応はいいすぎたかとフォローを入れようとするが、火に油を注ぐようなもの、却って無理に庇っているようにしかとられない。仕方なく、ヒイロは黙って非難の言葉を受ける事しかできなかった。 …だが。 ただ、聞かされて、それに耐えるだけならばまだ良かった。 「じゃぁ、今日はこちらに泊まらせてもらいますね。」 …………………。 折角、明日は休みだというのに。 ヒイロは心の中で呟いた。 カトルも、いいたい事を言い終えて一息付いたのか、皆が皆それぞれ心に思うところがあってしばしの沈黙の後。 「あぁ、なんかずっと話してたから喉が乾きましたね。」 そのカトルの言葉にデュオがすぐ立ち上がる。 「あっ、ごめんなカトル。気が付かなくってさぁ。お前は紅茶だっけ?…まぁ安物しかないけど、ちょっとまっててくれな、すぐいれてくる」 キッチンへと歩いて行くデュオに、ヒイロは自分もついていこうと思い、彼もまた立ち上がった。…そう、キッチンでデュオにどういうつもりかちょっと聞こうと思ったのだ。 しかしながら、まぁ、やはりというか、なんというか…。 「あぁ、デュオ。僕も手伝いますよ。」 ヒイロの動作よりもすばやく、カトルがデュオの後についていく。 一人、取り残されたリビングで。 呼び止めようかどうか迷いながら伸ばされた、やはり行き場のなくなった自分の手をじっとみつめて、ヒイロはその場に立ち尽くした。 尽くしても尽くしても 我が想い伝わらず じっと手を見る… END |