|
12. カーン、カーン…。 鳴り響く鐘の音に耳をすます。 この音を聞くと、いつもヒイロと待ち合わせていた、あの時計台を思い出す。だから少しだけ嬉しくて、この音が鳴る度に思わず数をカウントしながら聞いてしまう。 音の出所は、ここへ来る前にみた、宇宙港傍の大きな広場の正面にあったビルの時計。確かに、時計の上には大きな鐘がついていた。 今、デュオがいるココからでもライトアップされたその時計だけはかすかに見える。 鐘は鳴る。 23日、0時0分。音は24回。 鳴り終われば、ぴったりと長針が12の数字を指す場所に止まる。同時に、時計の上のデジタル板にあったAC197.12.22の文字が、日付だけ23の数字に切り替わった。 後、一日。 ちょうど明日のこの時間に、自分の全てが終わる。 「ごめん、ヒイロ…。」 何度も思い出すのは、薬にとらわれながらも、自分を最後まで見ていた紺青の瞳。自分を見て、責めていた瞳。 いくら彼であっても、Gパイロットである自分のために彼自身が用意した薬では、効き目から逃れることは出来ない。彼の部屋にいって見つけてきた薬を、それでも用心深い彼に飲ませるのは難しいだろうと、あんな手を使ったけれど…きっと、ただ消えるよりも、余計彼を怒らせたに違いない。 …彼が気づかなければ、後もう少しだけ傍にいられたのに。 けれど、気づかれてしまえば、その場にいることはできない。 もしかしたら…いや、恐らく、ここに連れてこられたのだって、全て自分のことを知ってどうにかするために仕組まれたことなのだろう。 分からないように細工はあったものの、よく見れば、自分の部屋の鍵は外から掛けられるようになってしたし、窓もあかなかった。更に、カトルの別荘じゃ当然かと思っていたが、ざっと庭を見渡しただけで、セキュリティ関係の設備は半端じゃなかった。 …もっとも、そんなもの、自分が本当に逃げる気ならば、少々足止めができる程度のものであるが…問題は、その足止めの間さえあれば、ヒイロやトロワには十分対処が出来るだろうという事だった。 だから…余計怒るだろうと思っても、あんな手を使った。 ヒイロが傍にいると思えば、トロワも安心している筈。 それに…最後に、ずっといいたかった事が言えたから…。 「本当に…ごめんなぁ…。」 だって、仕方なかったんだ、本当に。 デュオは、暗い街を眺めながら、目を閉じた。 最後の夜は結局一人。 寂しい、なんて考えちゃいけない。 ここ一年、ずっと人の気配の傍でばかり眠っていたから、やけに落着かない。 出来るだけ丸まって、体温を逃がさないようにして、自分の温度だけでどうにか寒さをしのぐ。 小さい頃はこうして眠るのがいつもの事だった。 だから、今。こうして同じように、たった一人で固いコンクリートの上、丸まって寝れば、幼いあの時と同じ。 最後は、…一人。 それは…自分の人生を象徴しているようで、思わず苦笑が浮かんだ。 ************ 「ったく、本当にあいつら、徹底してくれたもんだぜ。」 思わずついた悪態は、けれども心の底ではどこか嬉しくて、だからその分申し訳なくて。…そこまで、自分の為に動いてくれた彼らに、感謝したくなると同時に、謝る事しかできない。 一体どういう手の回しかたをしたのか、宇宙港は26日まで着便のみ、つまりこのコロニーに入る事は出来ても、出ていく事は出来ないという状況になっていた。 出来れば、このコロニーを出て彼らに迷惑がかからない場所で死にたかったのだけれど…。 それくらいは読まれていたのだろう。せめて貨物便でも出ないかと思って足を伸ばした宇宙港で、トロワの姿を見かけたのには、正直冷や汗モノだった。 だから、元来隠れる事には自信があるデュオとしては、このコロニーを出る事は諦めて、街に戻って人混みに紛れるしかなかった。 目立つ三つ編みはコートの下に隠して、人の通りの多い場所を歩いて。そうしながらも、その時の為に、自分の死に場所を探しながら。 ただ、過ぎ行く時間をじっと待っていた。 ************ 戦争が終わったあの後。 デュオはまず一時的に、自分の仕事の報告も兼ねて、スイーパーグループへ帰った。 そして、この仕事を引き受ける最初からの約束通り、その時のデュオには、一つの選択が迫られていたのだ。 このまま、スイーパーグループに帰り、工作員として働くか。 それとも、スイーパーグループを抜けるか。 幸い、当初の予定よりも戦争が早く終った事もあって、期日には思った以上に余裕があった。また、任務であったオペレーションメテオ自体には多少の命令違反点があったものの、この戦争の結果は、上層部にとって歓迎されるものとされた。その為、デュオに対しての評価は高く、多少の要求が認められやすかったという背景があった。 だから最初の一年は、そのままグループに所属しながらも、ただの運送屋などをして、工作員としては保留のカタチをとる、という事を許して貰えていたのだ。 そして約束の一年が過ぎようとした頃、マリーメイアの乱が起こった。 グループに無断であの件に関わっていた事は多少咎められた程度であったものの、立場をハッキリさせる為に、その時すぐにでも保留にしていた選択をしろといわれたのだ。 デュオは、答えた。 自分はグループを抜ける、と。 ”シルバーベルの子供”は作られた時から命の期日が設けられる。 だがそれは、何も彼らを使い捨てにするためではなかった。どちらかといえば、それは組織に対して、裏切らない為の保険といった方がいいのだ。 特定の役目の為に作られて…決められた期日。 何事もなく役目を終え、グループに帰ってきたなら、もう一度暗示を掛け直して、次の仕事に決められた期日まで、『終わりの日』の設定を更新するのだ。 だから、デュオに選択を迫られていた条件は、見方を変えると『暗示を更新する』か『暗示をそのままにするか』と聞いているのと同意味だ。 スイーパーグループ内の工作員として、別の仕事につくのであれば、暗示を更新する。抜けるなら、暗示はそのまま。 けれど、デュオは選んだのだ。 自分はもう、人殺しをしないから…と。 シルバーが自殺したと聞いたのは、デュオが組織を抜けてすぐの事だった。けれど、それで暗示を解く方法が完全になくなったとしても、後悔はしていなかった。 シルバーも気の毒な人物ではあった。彼は確かに昔グループ内の戦闘員だったけれど、足を洗って神父として生活をしていたところを、昔の仲間であるジョン・レッドバレーに見つけられたのだ。以後ジョンはシルバーの監視役兼グループとの連絡役になり、デュオも、シルバーベル教会からグループに戻った後は、シルバーとのやりとりは全て彼を通してせねばならなかった。 ジョンは、自分のグループ内での位置を上げる為に、シルバーを利用していた。彼に『仕事』をさせる為に、孤児院の子供を人質にし、無理矢理にでもグループに従わせていたのだ。だから、シルバーはずっと苦しみながらも、仕事を続けるしかなくなっていた。 …尤も、後から調べて分かったが、ジョンがプリベンターに捕まって自殺をしたという事は、何時の間にかシルバーは、あの男に対して復讐の種を植え付けておいたに違いない。 デュオという特別な兵士を育て上げた後、報酬の代わりに人質である子供は開放され、”シルバーベルの子供”は以後作られはしなかった。しかも、前に作られた者達は、全て、組織を抜けて暗示が発動したか、仕事中に死んでいた。 もう、”シルバーベルの子供”はデュオ以外には誰もいなかった。 デュオは、シルバーが、自ら作り上げた”シルバーベルの子供”達にいつも苦しみ、謝罪していた事を知っていた。彼が罪の意識に日に日に憔悴していたのを知っていた。…憎んでいたジョンに、復讐をも考えていたのなら、罪の意識は尚更だったろう。 戦争が終ってスイーパーグループに帰った時、シルバーは未だグループに属している事になっていて、正直デュオは驚いた。 いや…グループに属していたその事よりも、彼がまだ生きていた事に。 だが、会った彼は、いったのだ。 最後に残った”シルバーベルの子供”…デュオの、命の期限更新をする為に生きていたのだと。 だから、デュオがそれを必要としなくなった時点で…彼が死ぬだろうことは、予想出来ていた。 俺の方が先だと思ったんだけど…。 アンタ、そんなにすぐ死にたかったんだな…。 最後に見た、気の毒な神父の顔を思い浮かべて苦笑する。 命の期限があるせいで、スイーパーグループは、デュオが抜ける事をあっさりと承諾し、暗示が発動するまで一年間、その身の自由を約束した。 その、たった一年間。あっという間だったけれど、命の更新と引き換えにしても惜しくないくらい、価値ある生活は送れたと思う。 …だから、デュオは今、後悔なんてしていない。 ************ コロニーに風が吹く。 いや、風というよりは、空気が舞っているという表現の方が、この中では適切なのかもしれない。地球のように風が通り抜けるような感触とは違って、コロニーでは空気の流れの変化が、風のように見えるだけだ。 もう、少しか…。 暗い町並みを眺めて、デュオは溜め息をつく。 そう、後悔なんてしていないのだ。 ただ、少しだけ胸が痛いだけ。 この戦争で、自分が死ぬ事を見せたくないくらい、大事な人たちが出来てしまった。 その彼らの事を考えると…彼らが自分をそれでも助けようとしていた事を考えると…きゅっと、胸に締め付けるような痛みが広がってしまうだけ。 今日一日、歩きまわっていて死ぬ場所は決まっていた。 にぎやかな通りから少しばかり離れたところにある、廃棄建造物ばかりが並ぶ一帯、その中の一つ。 そこなら、どんな死に方を選んでも、人に迷惑がかかる事もないし、きっと発見は遅れるだろう。 それに、そこに決めた一番の理由は、あの鐘を慣らす広場の時計が見えたから。 終わりの時間までのカウントダウン、ヒイロと待ち合わせていた時計台の鐘の音だと思って数えれば、少しは心が落ち着くかもしれない。 先ほど、23時の鐘が鳴った。 デュオは、目的の場所に向かって廃ビルの階段を上る。 昼間でさえ人気のなかったこの区画は、やはり夜でもひっそりと静まりかえっていた。ただ、夜になれば浮浪者の巣窟かもしれないと思っていたから、それは嬉しい誤算だけれど、少し奇妙か。 埃の積もった階段をデュオは上る、けれど。 「デュオっ」 まさかと思った声。 けれども聞き違いではない。 反響する声に、一瞬驚きの余り呆然としたものの、すぐに顔を声のした方へと向ける。 明かりのない建物の中、影と気配だけしか彼だと確認する手段はない。 けれど、それで十分。…いや、先ほどの声が聞き違いでないのであれば、その時点で確定されている。 「ヒイロ…。」 呟いた声は、あくまで独り言。 だから、彼に聞こえる事はなかった筈だけれど、まるでその声に呼ばれたように、向うも一時止まった足をすぐに動かして、こちらにむかって駆け上がってこようとしてくる。 だからもちろん、デュオは気づいた途端、弾かれたように自分も階段を駆け上り出した。 何故ここが見つけられたんだとか、何故よりにもよって今見つかったんだとか、叫び出したい思いはたくさんあったけれど、今は何より逃げなくてはならない。 だって、絶対、ヒイロだけには、自分が死ぬところを見せたくなんかないのだから。 だって、絶対、ヒイロは自分を怒っている筈だから。許さない筈だから。 だって、…だって。 …だって、こうして自分を追いかけてくれるなんて…絶対怒らせた筈なのに、こうして探してくれるなんて…そこまで自分を気にかけて心配してくれたなんて……。 思わず、いいたくなってしまいたくなるじゃないか。 本当は、もっと生きて、お前の傍にいたかったんだ、なんて。 階段をかけ上って、最上階のフロアに出る。 ヒイロの足音は少しだけ遠くに聞こえるけれど、安心なんて絶対できない。 本気で追いかけあった場合、瞬間のスピードと小回りのきく部分では自信があるが、持久力では向うに分がありすぎる。早い内にまく事が出来なければ、逃げ切る事は不可能に近いだろう。 古いオフィスビルの中は、前は並んでいたろう机の類は全て見当たらなくて、隠れるところをみつけるのさえ難しい。 それでも、できるだけ急ぎながらも足音を殺して、フロアの突き当たりの部屋、向うからは死角になる場所に見つけた壊れたガラスドアをくぐって非常階段に出る。 予想通り、自分を見失ったヒイロの足音が前の部屋で止まって、足音がゆっくりと用心深く歩く物へと切り替わった。 彼も今、耳をすませて、こちらの様子を伺っている。 だから、すぐに非常階段を上る事はせずに、音だけでヒイロの様子を伺う。 やがて、ヒイロの足音が完全に止まった事を知覚すれば。 「デュオっ」 突然、ヒイロの声が響いて、デュオはびくりと肩を揺らした。 「デュオ、聞いているな?…すぐに出てこいとはいわない、まずは話を聞け。」 もちろん、返事はしない。…ヒイロもそれを期待せず、一方的にいいたい事があるのだろう。足を止めたのは、これ以上自分が逃げないようにするためか。 どちらにしろ、今動けば見つかる事が分かっている分、デュオは息をひそめてヒイロの声を聞くしかない。 「まずいっておく。お前の”シルバーベルの子供”としての暗示は発動する事はない。」 どういう事だ? その言葉だけでは、ヒイロのいう事が理解できなくて、デュオは困惑する。 「今、お前が生きているのが、なによりの証拠だ。AC197年12月24日0時0分がお前に訪れる事はないんだ。」 なんだって? 予定時間まできっちりヒイロが知っていた事よりも、その内容が分からなくてデュオは益々思考を混乱させるしかない。 余りの驚きに、気配を消す事を忘れ、一歩、後ろへ下がれば、途端足下の割れたガラスが音を立てた。 まずい。 すぐにヒイロがこちらに気づいた事が分かり、デュオは即座に非常階段を上り出した。ヒイロが追ってくる足音が再び聞こえてくる。 屋上に出れば、運良く貯水タンクの向うに見えた、もう一つの非常階段。 だから今度はそれに向かってデュオは走る。 「デュオっ、止まれっ。」 そういわれて、何故反射的に止まってしまったのか。 「お前がそこから逃げない限り、俺はここを動かない。だから、まず話を最後まで聞け。でないと…意味がないんだ…。」 彼らしくなく、声の語尾が少しだけ苦しげに小さくなる。 だがすぐに、ハッキリとよく通る声が言葉を続けて、デュオは従う余裕などない事も忘れて、足を止めたままでいた。 デュオが止まっている事を確認して、ヒイロの声が落ち着いて話を始めた…。 「お前の十字架から、俺はお前が”シルバーベルの子供”である事を知った…」 それから他の3人にもその事を話して、初めてヒイロは他人に相談するなどという事をした。…それだけ、事態に対処する事に焦りと不安を感じていた。 あの時、元Gパイロット4人があつまって、どうやってデュオの暗示を無効にするかを話し合った時。 デュオの暗示は12月24日0時0分に発動する。 だから最初は、その日のその時間だけ、デュオが自殺出来ないよう、動けないようにでもするしかないとヒイロ達は結論づけたのだ。 けれど、ふと、カトルがいったのだ。 『デュオが死ぬ為の日だなんて…そんな日なら、無ければいいのに…』 いってから彼は、何かに気づいたように顔を上げた。 『そうか…そうですよ、その日が無ければいいんだ…。』 最初は皆、カトルが何をいっているのか分からなかった。 だが。 暗示は無意識の部分に埋め込まれる。 だから、眠っていても危険はある。 けれど、無意識の中に掛けられた暗示とはいえ、日付を認識するのは意識しているデュオ本人であり、暗示はその本人の認識を元に日付を確認するのであるから……デュオ本人がその日を認識しなければ、暗示は発動しないのではないのか。 もちろんそれは仮定であるから、あくまでも保険として。…けれど、それが最後の砦。 連鎖的にカトルが思い出した、とあるコロニーのある事情を言い出せば、計画はすぐに立てられた。 まず、わざと時間のかかる周回便を使って、デュオに薬を使い、少しづつ眠らせる度に時間をずらす。実はあのシャトルはカトルの系列会社の物で、特殊なルートでこのコロニーに来ていたのだ。 つまり、実際、ヒイロとデュオがこのコロニーに着いた時には、デュオにとって一日分の時間ずれが生じていた…本当は12月23日の夕方にコロニーに着いていたのだ。 「でもっ、ここでの時間は……。」 「このコロニーは特別だ。ある事情でクリスマスがない。12月は22日と23日が2日づつある。」 「そんな馬鹿な話っ…」 あまりにも突拍子もない話は、到底信じられるものではない。 けれどもヒイロがじっとこちらを見つめる瞳に、一切の曇りはない。 彼は…嘘を付かない。 「嘘じゃない。…本当のコロニー標準時での今の日付は12月24日…もうすぐ25日になる。お前の暗示が発動するなら、お前は既に死んでいなくてはならない。」 カーン…。 丁度その時、午前0時の鐘が鳴り始めた。 ヒイロの話が口からのでまかせなら、この鐘が24回鳴り終わった時に、自分は暗示によって自殺するのだろう。 カーン、カーン…。 ヒイロだけには、自分が死ぬところを見せたくはない。…だから、逃げなきゃ。 カーン、カーン、カーン…。 そう思っているのに、足は動かなかった。 ヒイロも動かず、じっとこちらをただ見つめている。 鐘は鳴る。 デュオは、首を巡らせて、丁度見える今鐘を鳴らしている時計へと視線を向けた。 ライトアップされた時計は、23日の午後11時59分を差している。鐘が鳴り終わったら、示すべき数字は24日の0時0分の筈。 「そんな…そんな馬鹿な嘘つくんじゃねぇよ…」 「本当だ。信じてくれ、デュオ。お前が信じなければ意味がない。」 鐘は鳴る。 21回、22回、23回…。 ヒイロはじっと、偽の星明かりに生える、青く深い宇宙と同じ瞳を自分に向けている。 そして。 24回目の鐘が鳴り終わった。 デュオは、その場にただたっていた。 暫くの静寂。 だがやがて。 デュオが、本当に何もしようとしていない事を分かったのか、ヒイロが、ゆっくりと、一歩一歩、こちらに向かって歩いてくる。 デュオは、ただ、視界の中、次第に大きくなる彼の姿を見ている事しか出来なかった。 ヒイロは、急がずに、本当にゆっくりとデュオに向かって歩く。 手が伸ばせば触れる程間近にくる迄のその時間は、デュオには随分と長く感じられた。 そして、ヒイロは足を止める。 「信じたな…。」 目の前には、初めて見た、嬉しそうな彼の笑顔。 僅かに口元をほころばせて、ほんの少し目を細めているだけなのに、彼が今…とても、嬉しそうだとそう思う。 ふと、時計の上のデジタル板をみれば……23日。ヒイロのいっていた通り、日付は変わっていなかった。 まるで気が抜けたように呆然と、デュオは立ち尽くす。 その体を、ヒイロがふわりと抱きしめた。 「お前が死ななくて…良かった。」 噛み締めるように、呟いた言葉と共に、ヒイロがその腕の力を強める。 まるで夢から覚めたように、大きく目を開いて、デュオは抱きしめられたまま、空を見上げた。 偽物の夜空。 でも、もう見る筈のなかった筈の空。 「デュオ…」 もう、聞く筈のなかった、声。 触れる筈のなかった、彼。 二度と感じる筈はなかった、彼の体温。 暖かい、彼の気配。 「ごめん…なぁ、ヒイロ…俺…。」 何をいえばいいのか分からなくて、いつもならあれだけ次々に出てくる言葉が何も出てこない。それどころか、これ以上何かをいったら涙が出てきそうで、さすがに人前で涙なんて見せたくないから、きつく目を閉じて、きつく、抱きしめられた彼の腕を掴んで。 ただ、優しい彼の体温がとても嬉しかった。 今生きていて良かった、と思うから。自分からもヒイロに抱き付いて、できるだけ彼を強く感じようとする。 「デュオ、見ろ。」 優しい声につられて顔を上げれば、廃虚の筈のこの区画へ向かって、たくさんの光の点がやってくる。 小さな光は、一つ一つゆらゆらと頼りなく揺れて…もしかして、あれは火なのだろうか? 驚いて目を瞬かせ、デュオは身を乗り出す。それをヒイロは抱き寄せながらも説明をした。 「12年前の12月26日。このコロニーで事故があった。外壁補強の作業中に、作業用に積んでいた爆薬を手違いで全て爆発させてしまったというものだ。そのせいで外壁がやぶれて、丁度その穴の開いた傍にあったこの区画の住民達は、宇宙へと吸い込まれていった。」 コロニーならばいつでも起り得る事故。だが、それだけは起きないように、最新の注意の元、各コロニーは設計されている。その事故の時も、穴が開いたのは本当に一瞬の事で、すぐに補修剤で穴は埋められ、被害はその一帯だけで留まった。 …けれども、丁度ビルが立ち並ぶコロニーの中心都市部でもあった、その場にいた人々の殆どは宇宙に放り出され…死者は、このコロニー住民の1/6という大惨事となった。 「だからここでは、その事故を忘れない為に、クリスマスを祝わない。24、25日をなくす為に、22、23日が2日づつある。そしてその代わりに、今日と、明日は鎮魂祭が行われる。」 揺れる灯は、ろうそくを持った人々の群れ。 今、二人がいるこの廃虚の区画こそが、その事故のあった場所。 事故を忘れない為、事故で失った人々を悼む為、このコロニーにクリスマスはない。 「そっかぁ…。」 デュオが呟いて、その灯をぼんやりと見下ろす。 それを抱き寄せていたヒイロが、後ろからぎゅっと強く抱きしめ直してきた。 「ヒイロ?」 不審に思ってデュオが振り向こうとすれば、それに顔を見せないようにでもするかのように、ヒイロはデュオの肩に顔を埋めた。 「もし、暗示のまま、お前が死んでいたら…俺もここのコロニーと同じだ。二度と、クリスマスを祝おうとは思わない。」 ぼそりと、小さい声は、けれども力強い決意が込められいる。 デュオは、何と返せばいいか分からなくて、ただ抱きしめられているしかできなかった。 「俺は…お前に死んでほしくない。お前が死ぬと思っただけで、お前が俺の傍からいなくなると思っただけで、…今迄感じたこともない程………それが、恐かったんだ…。」 だから、お前は死ぬな。ずっと…俺の傍にいてくれ。 そういわれた言葉に…デュオは、目を見開いた。 信じられなくて、…でも嬉しくて。…本当に、嬉しくて。 望んだ以上のものが目の前にあって、それを手に入れる事ができる。 熱くなった瞳は、またたきをしないように開いて、涙をこらえる。 生きて、彼とある事。…これからも、ずっと。 そんな事が望めるなんて思った事はなかった。 だって、今迄自分の歩いている道にはいつでも終点が見えていたから。 でも、今は、ほら。 前に続く道は、不確定でよく見えないけれど、その先がどこまで続くかわからない。 けれど生きているから、その道は続いている、まだ、ずっと。 それは、望めば、彼と一緒に。 去ろうとした後ろ姿に、シルバーはふと、声を掛けてきた。 『デュオ、本当に…死にたくないと思わないのかい?』 まさか今更呼び止められるなんて思わなかったから、デュオは驚いて顔だけを振り向かせた。 ずっと俯いていたシルバーが、デュオをじっと見つめている。 それにデュオは少しだけ驚いて、だが、にっと口元をつり上げると、わざと軽く答えた。 『長生きするより、大事なものがあるんだよ。』 『そんな事を悟れる程、君は長く生きてはいないよ。』 子供扱いに少しだけむっとくるものの、この哀れな男につっかかる程、それこそ子供ではないから、デュオはほんの僅か口元をとがらせただけで溜め息を付く。 『君が誰かとした「約束」が、人殺しをしないって事なら……君自身を殺す事はそれに当てはまらないのかね?』 だが、この言葉には、さすがにデュオも瞳に怒りを灯す。 『アンタにいわれたくねーな。』 マリーメイアの乱の後。 別れを告げる為会いにいった時、ヒイロが呟いていた言葉。 『俺はもう人殺しをしない』。 それを聞いたデュオは、その言葉に自分も同じ事を誓い、スイーパーグループを抜ける決断をしたのだ。 『ならヒイロ、俺ももう、人殺しはしねぇよ。一人でする誓いよりも、誰かとした約束の方が、お互いに絶対守れると思わねぇ?』 驚いたヒイロの顔は…けれども珍しく、その後に、そうだな、と肯定してくれて。 それで完全に迷いはなくなった。 それでも、約束を守る分、別の裏切りが発生する事は知っていたから…どれだけの葛藤の後、グループに決断を告げたのか、この男は知りもせずに。……どうせ、彼自身も自ら死ぬつもりの男にいわれたくはなかった。 デュオは、怒りの余りそれ以上の言葉も出せず、再び前を向くと、今度こそは振り返る事なくその場から歩き去った。 最後に背に掛けられた言葉は、…たしか、こう、いっていただろうか。 『「約束」というのは、生きて果すものだ。死ぬのなら、君は結局何も守れない事になる。それを知らない訳じゃないだろう?』 「どうかしたのか?」 思い出したように笑みを浮かべたデュオに、ヒイロが訝しげな視線を送ってくる。 デュオはすぐにその声に我にかえって、覗き込んでくるヒイロへと顔を向けた。 「あぁ…いや、約束はさ、守らなきゃってね。」 余計わからないといった顔で、ヒイロが思いきり眉を顰める。 それにデュオは更に笑みを深くした。 「今年は仕方ないけどさ、来年のクリスマスはちゃんとたくさん祝おうな。」 「そうだな…だが…。」 「だが?」 「12月25日は、知らない神が生まれた日よりも、俺にとってはお前が死ななかった日、だな。」 いわれて目を丸くした後、デュオは顔を赤くする。 それを見たヒイロは、少しだけ笑った。 …本当に、嬉しそうに。安心して。 END.
やっと終了です。最後は少し遅れてしまってすいません。読んでくださった方、本当にありがとうございました。 12月企画、楽しんで頂けましたでしょうか?もし宜しければ、ちょこっとでも感想頂けるとめちゃめちゃ嬉しいです。 さて、この後、ちょっと後日談を書くことを予定しています。本編で?な部分の補足と2人以外のキャラを交えて、少しギャグで(^^;;。よろしければ、そっちも見てやって下さいませ。…さすがにそっちは、本編と違い、少しお待たせすると思いますが(^^;; BACK |