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「分かっては…いるんだ。」 デュオは小さな声で呟くいた。草むらの上に寝転がり、空を見上げながら。 空は星空。 夜風が優しく通り抜け、それに揺らされた草達のサワサワという音が耳に心地良く響いている。…こうやって大の字になって地面をしっかりと感じていると、なんだか安心感が沸いて、気持ちが少し和らぐ様だった。 大地を感じ、空を見るなんて事は、地球じゃなきゃ出来ない事だ。だから今、彼のいる場所は地球だった。 ホワイトファングとの戦いが終了し、平和の為の第一歩としてまず行われたのは、地球の諸国と各コロニー代表間での和平会議だった。会議は地球で行われ、彼らガンダムのパイロット達は、その微妙な立場上、会議終了まで地球にいる事を要求された。 実際、この戦争の後処理を平和へと繋げるモノとして考えた場合、ガンダムの問題は無視して通されるモノではなかったのだ。 ガンダムとそのパイロット…。彼らがこの戦争終結の立て役者である事は間違いない。しかし、戦争が終わった今、彼らをどうするか?…それは大きな問題であった。 パイロットはいい。 彼らは兵士として特殊な訓練を受けてはいるが、彼ら自身は平和を望んでいる。それにいくら彼らが飛び抜けて優秀な兵士であると言っても、所詮個人の力などたかが知れているのだ。まだ子供でもある彼らは、これからは自由に生きていけばいい。 しかし。 ガンダムは…。純軍事的に見て、ガンダムの力は強大過ぎた。 現在のパイロットがそれを悪用する事がないとは言っても、その圧倒的強大さゆえ、ガンダムの存在自身が、平和を目指す世界にとっては脅威でしかない。これからの世界に強力な兵器はあってはならない…。 だから。 最終的に出された会議の決定は…”ガンダムを破壊せよ”。 「分かっちゃぁ…いるんだ。」 デュオは再度呟いた。 これからの平和の為にガンダムは破壊する…その理由は確かに理解出来る。…そう、頭では。 しかし…いつも自分と生死を共にして来た相棒を破壊するとなると…どうしても心が絶対的な拒否をしてしまうのだ。破壊なんて出来る訳がない。 …デスサイズは一度、彼の見ている中でOZによって破壊された。あの時の悲しみと絶望感…。あれを又、味わえというのだろうか? たった一人で地球に降り立った自分にとって、その手に持つ事が出来た唯一の確かな存在。破壊された時には、どんなにか辛かった事か。そして、新しく生まれ変わった姿を見た時は、どんなにか嬉しかった事か…。それを又、再び失くさなくてはならないなんて…。 分かってはいる。平和へと歩み出した世界には、ガンダムなんて必要ない。そして…兵士としての自分も。もう、自分は戦わなくていいのだ。だが…唯一の存在意味を失くし、何からもいらなくなった自分はどうしたらいいのだろう? ────目の前に広がる星空は、かつて、戦う為に地球へ降りていた頃、あんなに帰りたかった彼の故郷。不思議だった…宇宙にいる時よりも、こうして地上で星々の光を浴びている時の方が、宇宙をより感じるなんて。 なァ…俺はどうすればいいんだろうな。 「何をしている?」 ふいに頭の上から声が掛けられる。驚いて視線を向けると、ヒイロが自分を見下ろして立っていた。 「ヒイロか…。いやァ…ちょっと星を見にね。」 少しとぼけた口調で答える。 「星なんて宇宙にいる時に散々見ている。今更見て楽しいモノか?」 返って来た返事は彼らしい。 「なァに。こういうシチュエーションで見てんのがいいんだよ。お前もやって見ろよ。気持ちいいぜ。」 大して本気で言った訳ではなかったのだが、ヒイロが素直にデュオの横に寝転んだので、デュオは少し驚いてしまった。なんだか気恥ずかしい様な照れさえを感じてしまう。 ヒイロは…変わった。 前なら自分の言う事なんかひたすら無視されたものだが…今は違う。 そう、あの時。ヒルデがリーブラから逃げて来たあの日。ヒイロは自分を殺しに来た。 そして…死を覚悟して意識を手放した後…再び目覚めた時目の前にあったのは…優しく自分を見つめるヒイロの瞳。 その瞳が嬉しくて、求められるままに体を合わせた。幸せな記憶。今も思い出すと暖かい気持ちに包まれる。 その日から、ヒイロの自分に対する態度は180度変わったのだ。ヒイロはいつでも自分を見ている。前も、見ているだけならそうだったのだが、あの睨みつける様な視線が、今は暖かくて柔らかいモノへと変わっている。 いつでも…ヒイロを感じる。 今までの自分にはなかった”見守られている”という感覚。それによって、たまに自分が弱くなった気がするけれど…幸せだった。今は。でも…。 「なァ、ヒイロ。」 隣で何も言わず寝そべるヒイロに声を掛ける。 「お前…例の決定。…どう思う?やっぱり、ガンダムは処分しなけりゃならないと思うか?」 瞳はぼんやりと星を眺めたまま、何気ない口調で聞いて見た。 「ああ…。」 あまり、抑揚のない声。以前のように感情のない声で話している時のヒイロを見ると、なんだか不安になってしまう。 「奴等の言う通り、平和へと向かっている今、ガンダムという脅威はあってはならないだろう。破壊する、という結論も当然だろうな。」 そう。確かにそれはデュオだって分かってはいる…。 けれど。 「でも…でもさ。ガンダムを壊さなきゃならないってのはやっぱ…頭では分かっていても感情が…さ。割り切れないっていうか…お前はそう、思わないか?」 「俺が…か?」 その声に含まれる困惑の色に、デュオは今の質問をした事を後悔してしまった。 自分の愛機を平気で乗り捨てる事が出来るヒイロ。それが悪いとかは思わないが、そんなヒイロには自分の気持ちは分かって貰えないだろう。 「ああ…そうだな。お前に聞いた俺が悪かったよ。」 寂しげな笑いと共に自嘲の言葉を吐く。 ヒイロは俺みたくモノに執着したりしないよな…。 そう考えると、何だか心の奥に、重苦しいモノが落ちて来る様な気がした。 たとえ自分の生死を共にした愛機でも、ヒイロは個々としたモノに執着しない…。あの時。ヒイロは確かに自分を求めてくれた。今も…ヒイロは自分の側にいてくれる。でも…本当はヒイロは自分の事をどう思っているんだろう。 耐えようのない不安感が心を掻き回す。胸が苦しい。 …こんな時、デュオは自分が弱くなってしまったと思う。 ヒイロが自分を嫌っていると思っていた頃…デュオは、ヒイロの瞳があれほどまでに強くいられるのは、彼に失うモノがないからだと言って怒った事があった。 でも。失うモノがなかったから強くいられたのは、自分だ。 何も期待せず、誰にも心を許していない時、自分はもっとずっと強かった。だが今、共にいる事自体に喜びを感じ、心を許して寄り掛かれる相手であるヒイロを得てしまった今…失う事が恐くて、臆病な自分がここにいる。 「デュオ…どうかしたのか?」 目の前の星空が、自分を覗き込むヒイロの顔で遮られる。 「いやなに…ちょっと…な。」 言葉を濁した答えに、ヒイロの顔が訝し気にしかめられる。それでもその瞳は、真っ直ぐにデュオを見ていた。かつて、その内に何も映そうとしなかった瞳は、今はちゃんとデュオを見ている。 この瞳はいつまで俺を映していてくれるだろう…と、そんな考えが頭を掠める。 だが、そんな事を今考えていても仕方がない。 そう、いいんだ。 いつかは自分から離れていってしまうであろうヒイロ。 でも今。 こうして自分を見ていてくれる今は紛れもない現実。だからいい。だから今は幸せ。 この幸せがずっと続くように、なんて願いは贅沢過ぎる事を知っているから…そんな事、望んだりしない。出来るだけこの時が続くように、と願わずにはいられなかったけれど。 それくらいなら…この死神にも神様は許してくれるだろ? 「デュオ?」 再び黙り込んでしまったデュオに、尋ねる様にヒイロが名前を呼ぶ。心配そうに見つめる青い瞳を見ていると、なんだか切ない気持ちになってしまう。 「お前は…これからどうするんだ?」 いきなり予想していなかった事を聞いて来たので、デュオは一瞬、呆然としてしまった。いや、予想していなかったのではなく、考えたくなかった事だからかもしれない。 「何だよイキナリ。…ま、そうだなァ。俺は他の奴等みたく帰る場所がある訳じゃないから…。ぶらぶらとあっちこっちへ行ったりして…俺って元々宇宙遊牧民だし…。」 にっこりと笑顔で返す。心の内の不安はヒイロに見せたくはない。 「そうか、ではまずどこへ行く?」 え? …ヒイロの言葉で、デュオの心の中にある期待が生まれる。 でも、これはきっと違う。違うと思っていれば、本当に違っていても辛さが少しで済む。 でももしかして。 だから、自分と相手をごまかす様に、冗談めかした口調で聞いてしまう。 「何、お前。まるで一緒に付いて来るみたいないい方…。」 「そうだ。」 あまりにも簡単にヒイロが答える。その言葉に、デュオの中の期待は大きく膨れ上がった。 自然と口元が緩む。 本当に?今の言葉は聞き違いではない? 「本当に?俺と一緒って…お前には行くところがあるだろう?」 そう、ヒイロにはお嬢さんが…。 「関係ない。俺がお前といたいと思ったから一緒に行く。それだけだ。…お前は嫌なのか?」 「いや、そんな事ない。ないけど…」 それどころか、嬉しいさ。どうしようもないほど。 ヒイロと共にいられるのは、戦いが終わるまでだと思っていたから…もうすぐ別れなくてはならないと覚悟していたから…だから余計に嬉しい。 まだ、俺はヒイロといられる。 デュオが笑みをヒイロに返す。先程のごまかしの笑顔ではなくて、本当に喜びの微笑みを。 「それじゃぁ、また、これからもよろしくな。」 デュオの言葉にヒイロの表情も和む。微笑みで細められた青い瞳が、そのまま静かに閉ざされ、その顔がゆっくりと近づいて来る。デュオも自分の瞳を閉じた。 唇に触れるヒイロの唇は暖かくて…大きな安心感を与えてくれた。 ************************ モニター越しで見ているにも拘らず、その爆発音は耳に聞こえて来る気がした。 黒い機体を包む、幾つもの閃光。飛び散る破片。爆発の中、崩れる様に、だんだんとその原形を留めていかなくなる…俺の、デスサイズ・ヘル。デュオにとっては2度目の事であった。かといって、もちろん辛さが減るものではない。 その姿を見続けているのが辛過ぎて、目を逸らしてしまいたくなる。が、最後まで見ていてやるのは自分の義務。今の自分に唯一出来る事。 だが。ふと一瞬だけ視線を外し、横に視線をやると、やはり他のパイロットの面々が、それぞれの想いの中で自分の機体が壊れて行く姿を見つめているのが目に入った。 激しい感情を表してはいないものの、目を細めて無言で画面を見つめるトロワ。 目から涙を流しながらも、背筋を伸ばし、強い瞳で凛として見つめるカトル。 本来ならウーフェイもいる筈だが、彼は今、ここにはいない。又、彼の機体もあの爆発の中にはない。戦いが終わってすぐ、ウーフェイは彼のガンダムと共に姿を消し、それ以後ずっと連絡が取れていない。連絡が取れ次第、ウーフェイにもガンダム破壊が言い渡されるだろうが…果たして彼はそれを承諾するだろうか? そして。トロワとは反対側のデュオの隣にいる…ヒイロの顔からは、やはり表情を読み取る事は出来なかった。ただいつも通り、彼は真っ直ぐな視線を画面に向けているだけだった。 逸らさない瞳。 しっかりと事実をありのままに見つめる瞳。その強い瞳に急に縋りたくなって、デュオはヒイロの服の端をそっと掴んだ。ヒイロがそれに気付き、一瞬だけ瞳を向けてすぐにまた画面へと戻す。 モニターではまだ爆発が続いている。しかし、もう殆ど一つのMSとしての原形を留めているモノはない。ただ…画面上を横切って行く破片の中には、時折、元がどの機体のどの部分だったかをハッキリ分からせるものがあって…それを見る度に、胸の中の重い翳が増えて行く様だった。 ごめん…。デスサイズ・ヘル。ごめん…な。 目を細めてモニターをじっと見つめる。目前に映される光景に気を取られ過ぎて、心で呟くいただけの言葉が、口から声を伴って出されている事に気付かなかった。 ふわり、と柔らかく、優しい仕草で、ヒイロの手がデュオの頭に触れる。 その感触に胸のつかえが軽くなる。こうしていると、自分が一人ぽっちでない事を確信出来る様で…嬉しかった。もっとヒイロの存在をしっかりと感じたくて、触れるその手に、自分の手を置いた。 俺はすべてを失った訳ではない…俺は一人ではないんだ。 目をハッキリと大きく見開いてモニターを見つめ直す。 もう画面の中では爆発も終わり、漂う破片が残されるだけであったが、それに向かって、デュオは心の中で、自分の愛機に最後の別れを告げた。 ごめんな…デスサイズ・ヘル。さよなら…。お前は俺の一部だった。そのお前を黙って破壊させるなんて事が許される訳はないけれど…ありがとう。それが今の俺に言える唯一の言葉。お前は俺の心の支えだった。 ヒイロがデュオを振り返る。デュオはまだ画面を見たままだった。泣きそうな瞳のデュオを見て、ヒイロの腕がその頭を抱え込む。 瞳を閉じて、その腕の感触に暫く身を委ねてから…笑顔を向けて、デュオはヒイロの腕を外しながら答えた。 「サンキュ。ヒイロ。でも俺、大丈夫だからさ。」 デュオの笑顔に、最初は困惑の表情を見せたものの、無理したものではないその笑みに安心した様に、ヒイロは自分の腕を戻した。 ************************ その夜は、和平会議の成功を祝ったレセプションが行われた。 この手の窮屈な場はスキではなかったが、半ば強制的に、ガンダムのパイロット達も、今回の戦争終結の功労者として、出席する事になった。 「あ〜〜〜俺、こういう席ってだめ。ったく。いかにも別世界って感じで息が詰まるぜ。なァ、お前はそう思わない?」 「そうだな。」 会場の隅の方で、デュオはヒイロ相手に、そういって、悪態をついていた。 正式なパーティーという事で、デュオもヒイロも、用意された正装に身を包んでいる。 デュオは、普段からぴっちりした服を着ているにも拘らず、この格好をしているのが窮屈で仕方がないと、先程から文句ばかりを言っていた。なにせ似合ってない。着た途端、自分でそう思ったのだ。 一方、目の前にいるヒイロの方は、普段の服装とのギャップの凄さも無視して、紺色のスーツ姿が実にぴったりと似合っている。 そういや、コイツって元々整った顔してるんだよなぁ… なんとなく顔をまじまじと見てしまう。その視線に、ヒイロが不快そうな表情を見せたので、思わず、すまなそうな顔でヒイロに謝ってしまった。 彼ら2人は、明日、ここを旅立つ。せっかく地球にいるんだからさ、というデュオの意見で、まず暫くは地球の各地を見て廻る事になっている。特にアテがある訳じゃない、2人で気の向くまま歩きまわってみたい。…きっと楽しい筈。 「ヒイロ!」 突然、会場の中央の方から、凛とした女性の声がヒイロを呼んだ。目を向けると、それは水色のドレスを纏ったリリーナ・ピースクラフトがこちらへ向かって歩み寄って来るところだった。 「ヒイロ、ここにいたのね。私、随分探してしまったわ。ずっと、あなたにお話したい事があったのだけど…いいかしら?」 真っ直ぐにヒイロだけを見つめる瞳。その瞳を見ているのは、何故だか妙に心を不安にさせる。 「ヒイロ、あなたは明日ここを出るそうだけど…。その後はどうするのかしら?私は、貴方が私と一緒にサンクキンダムへ来てくれる事を望んでいるのだけど。今度は…来てくれる…わね?」 ヒイロは返事をしなかった。それは、公の場所でリリーナに恥をかかす訳にはいかないからだったのかもしれない。しかし、ヒイロの瞳には、確かに一瞬迷いが浮かんだのをデュオは見て取ったのだった。途端、心に痛みが走る。 リリーナはじっと、逸らさない強い意思の瞳でヒイロを見つめている。 そう、強くて真っ直ぐで何の濁りもない瞳… ああ、このお嬢さんの瞳はヒイロと似ているんだ。 そう思うと、何だかヒイロが遠くへいる気がする。 似ている2人…この2人は一緒にいるべきなんだと、改めて強く感じてしまう。 多分、恐らく。 リリーナ・ピースクラフトは自分よりずっとヒイロの傍にいる権利を持っている。 そう思うと… 辛かった。 これ以上2人が、同じ瞳で見つめ合う姿を見ているのは。 だから、ヒイロが何かを話す前に、顔に精一杯の笑顔を浮かべて別れを告げた。もう、ここにはいたくないから。 「ヒイロ、じゃあな。やっぱりお前はお前の行くべきとこに行った方がいい。だから…ここで、さよならだ。」 どうやっても声の震えを押さえられず、言葉の半分は下を向いてごまかした。そのまま後ろを向いて、出口へ向かって走る。もう、ここには一秒だっていられない。 「おい、何を言っている、デュオ!」 そう叫ぶヒイロの声が遠くに聞こえる。 さよなら…ヒイロ。 目からは涙が流れ伝う。でも、その涙を優しく拭いてくれる存在はもういなかった。 |