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Act7 ****************** しん、と静まり返った廊下に足音が響く。 工事中のビルの中、こんな夜中に他の人間がいる筈はない。 「時間通りだ。どこかにいるのだろう。デュオ・マックスウェル。」 暗闇の中、デュオは目を細めて男を見る。…わずかな月の光だけで、どうにか判別できた男の顔は、確かに、調べた人物のリストにいた顔だった。 それを確認して、ゆっくりと動き出す。 今まで、暗闇に解け込んでいた体が、男の視界の中へ現れた。 「ディスクは?」 それに、デュオは胸元からそのものをとり出して見せる事で答える。 「振り込みは確認したかね?我々も、Gパイロット相手なら無茶をしたくはないからね。あのくらいの金で解決するなら、安いものだよ。」 デュオは、やはり何もいわずに気配だけで笑った。 それに、男もまた笑う。 それから、デュオが腕を振り上げれば、カタン、と音を立てて、ディスクが、男へ向かって宙に投げられる。 男の視線がディスクに向く。 デュオはすぐに銃を構える。 銃声が響いた。 …だが、それはデュオのものではなかった。 紙一重の差で銃弾から身を避けたデュオは、物影に隠れざま、男へと構えた銃で撃ちつける。 デュオを狙った銃弾は、もちろんあの男のものではない。一見一人に見えて一人でない事など、最初から気付いてはいたのだ。それでも男を狙うのは、あのディスクを男に渡さない為。銃撃戦が始まった事で、ディスクを受け取れなかった男が、それを拾えないようにする為。 もしくは、奴等が逃げた時でも、内情を知っていそうなあの男に怪我をさせておけば…。 …頭が、痛い。 それだけではなく、視界に赤い靄が現れ出す。 だが、ここで倒れるわけにはいかない。 遠退きそうになる意識を懸命に引き寄せて、あたりに意識を向ける。 遠い足音、人の声。 おそらく、銃声が聞こえたせいで、男が外に待機させていた者達が中へ入ってきたに違いない。 足音の位置を音だけで確認して、デュオは手元のスイッチを押す。そうすれば、すぐに階下で爆発音がして、対峙していた自分を撃った相手の気配が乱れる。…それで位置を確認できる。 今度はデュオは、床に這いつくばる男ではなく、銃をもった相手に向かって引き金を引いた。 影が、倒れる。 最初の男と自分以外に、気配を感じない事を確認して、デュオは男へ向かって歩いていく。 頭痛は、ますます頭をしめつけてくる。 真っ直ぐに歩く事が難しいほどに、気分は最悪だった。 「約束が、違うのではないかね?」 男の声に、デュオはまず無言で銃を向けた。 …まだ、殺さない。 気を抜けば、指が動きそうな自分を制して、ただ銃口を男に合わせる。 「君の望みは何だね?」 ひきつった笑みを浮かべた男が、自分に問う言葉。 …俺は、何の為にこうしている?…何故、銃を持っている? ふと、自分の内に沸いた感情に意識が飲まれそうになり、足元からふわりと力が抜けそうになる。 がくん、と一瞬だけ膝が折れて。…だがすぐに、歯を食いしばって踏み止まると、体勢を戻した。 「悪いが、戦争の火種は見過ごしてられない性分でね。」 噛み締めた唇でそれだけを告げると、デュオは男を睨みつける。 けれど。 目の前の男の顔が、何かに気付いて、喜びを浮かべた。 咄嗟にデュオは、その場から飛びのいて、後ろに向かって銃を構える。 そこには…。 ―――ヒイロ? その姿を視界に捕らえて、デュオの目は一瞬大きく見開かれた。 曇りのない瞳、真っ直ぐ自分を見つめるまなざし。…間違えようがない。 何故、と声に出す前に、頭痛は最高調を迎え、意識がぼやける。 気力で持たせていた、その一線が、彼の姿を見た事で焼ききれる。 「遅かったな――…」 ――何?何だって? 既にブラックアウトした視界の中、ふわりと体中の力が抜けて、何かに支えられる。 それがヒイロの腕だと分かる前に、意識は完全に闇に飲まれた。 ****************** 「まったく、ひやひやさせてくれる。」 男はぼやいて、デュオを支えているヒイロに向かって歩いてきた。 「他は全滅かね?」 「ああ。」 返事だけを返したヒイロに、男はやれやれと首を振る。 雇った者は、全部払い損か、と。いいながら、あたりを見回して、意識のないデュオへと手を伸ばしてくる。 「まったく、流石Gパイロットという所か。」 パシン、と。 何気に男が伸ばした手は、ヒイロの手によって妨げられた。 男は、一瞬顔をしかめてみせ、ちらりとヒイロの顔を見てから、肩をすくめる。 「分かっている。ソイツの事はお前に任せるんだったな。…まぁ、そこまで徹底するんだったら、おまえが一人で運ぶわけだな。触らせもしないなら、私は手伝えないからね。」 「…最初から、そのつもりだ。」 返して、デュオの体を肩に担ぎ上げたヒイロを見て、男はため息をつくと背を向けた。 「せいぜい、気付いた途端、逃げられない様に気をつけてもらおうか。なにせ、ディスクを見るまでは、ソイツが必要だからね。」 ****************** 目が覚めた時、当然の事ながら、体は拘束されていた。 目の前には、自分を見下ろすヒイロの瞳。 …いや、彼のものだけではなかったが。 「目が覚めたな、よし、俺は報告してくる。」 そういって、視界にさえ入ってなかったもう一人の男は、すぐにその場を立ち去ったようだ。 だから、落ち着いて気配を探れば…今はヒイロと二人だけだという事が分かる。 デュオは、真っ直ぐにヒイロの瞳を見つめた。 それだけで、何かこみあげるものを感じたけれど、それは振りきって。真っ直ぐに、彼が本物か、どうして奴等に付いているのか、それを確認するために。 …ヒイロの瞳は、いつもと変わりがなかった。 静かで、苛烈で、厳しい…真っ直ぐなまなざし。…どこまでもクリアで…その中には、曇りがない。 ただ、ほんのわずかに見える影は、こちらに向けてのうしろめたさというよりも…自分を慈しむような、心配するような…そういうモノだろうか?…それが、自分の気のせいだとは思いたくない。 …彼が、本当に奴らについてるとは思いたくない。 「なぁ、ヒイロ、お前さぁ…」 アイツらについたっていうのは嘘だろ?何か目的があるんだろ? そう、聞こうとして。…けれど、それは、近づいてきた数人の気配によって遮られる。 だけれど、名を呼ばれても、ヒイロの瞳は、ほんの一瞬でさえ、動揺を浮かべる事はなかった、から…。 ****************** 連れてこられたのは、とある、端末の前。おそらくマシン室であろうそこには、他にもたくさんの端末が並んでいて、中央には、大型スクリーンまである。 ディスクを手に持った男が、一時的に拘束を解かれたデュオに向かって、にやりと嫌な笑みを浮かべた。 …今現在この部屋にいるのは、目の前の男…自分との取り引きにやってきたあの男、とそのまわりにいる2人のエンジニア風の男、それから自分と、自分に銃を向けた男が2人…そして、ここからでは見えないが、自分の背後にいるヒイロの7人だ。 もちろん、部屋の入り口には、武装した者が別にいるから、この場であばれたところで、逃げる事はむずかしいだろう。 男が動けないデュオへと近づいてくる間、すばやくそれだけの状況判断をする。 「さて…。」 傍までやってきた男が、デュオへ向けて手を差し出した。 「ではまず、本物のディスクを出してもらおうか?」 「何言ってるんだよ、そこに持ってるじゃねぇか。」 確かに男はディスクを持っている。だが、男は片眉を跳ね上げて手に持っているそれを見ると、こんなもの、と呟いて、床に投げ捨ててしまった。 …もちろん、それは、デュオが待ちあわせ場所で、男に投げたディスクだ。 「せっかくこちらが、紳士的に、君が気を失っている間の身体検査をしなかったのだから、君もちゃんと約束を守ってくれないかね?」 笑みを浮かべる男の顔が、半ば狂気めいた、冷たい瞳を向ける。 背筋にざわりとしたものを感じて、デュオはますますこの男が嫌いだと思った。 「デュオ」 ふいに、体を後ろへ引かれた事を感じて振り向けば、そこにはヒイロの瞳がある。 彼は、真っ直ぐに、自分を見つめている。 「お前が持つ、本物のディスクを出せ。」 そういってきたヒイロの瞳には、それでもやはり曇りも迷いもなくて。 真っ直ぐに、いつでも前を向いていた、あの、ガンダムに乗っていた時のままの瞳を向けていたから…。 ごくりと、デュオは唾を飲み込む。 目を閉じて、大きく息を吐いてから、また見開いて、もう一度ヒイロの顔を見る。 蒼い、どこまでも真っ直ぐな瞳を…。 「ほらよ。」 デュオは、袖の隠しポケットからディスクをとりだすと、ヒイロに向けて渡した。 目の前にいた男が、笑みを浮かべる。 男はヒイロに向けて、手を伸ばし、ディスクを渡すようにいった。 ヒイロはすんなりとディスクを渡し、男はそれをしばらく見てから、本物のようだな、と呟いた。 そして、すぐにまたデュオに向き直る。 「さて、これが本物のディスクであるなら、問題はこれからだ。このディスクの本物の中身を、君ならとり出す事ができるはずだね?」 それには、デュオは何も答えなかった。 …結局、この男との待ちあわせ時間ギリギリになっても、ディスクの解析はデュオには不可能だったのだ。おそらく、幾重にも、データに暗号化フィルターがかけてあるのだろうが、その全てを見つけてとり出す事はできなかった。 …もっとも、解析ができていたところで、この男にそれをいったりはしなかっただろうが。 …いやまて。 もし、ヒイロが裏切ってないとしたら。 それがわかっているから、ヒイロは本物を出せといったのか?…どうせ、読めるはずがないから本物を出せと? 確かに、様子を見れば、ディスクが本物かどうか、あの男自身が分かるらしいから、ここで本物を出さなければ、更に面倒な事になっただろう。 けれど…。 そんな単純な、理由だろうか?…いくら読めないと思っても、そんな不確実な事にかけられる程? 「コイツに聞く事もない。その方法なら、既に俺が聞き出してある。」 ヒイロがいいながら、一歩前に足を踏み出す。 デュオが、ヒイロにあのディスクの解析方法などを教えたはずは…ない。だが、デュオとの単純な会話の中やハンスの話などで、ヒイロは解析方法を見つけたのかもしれない。…あるいは、ヒイロが属する本当の勢力では解析方法が分かるのか?…そう考えて、だがデュオはすぐにそれらを否定した。 ヒイロは、いった後、今度はデュオの方へと振り向いて、何もいわず、ただ瞳を見つめてくる、…真っ直ぐに。 それは、一瞬の事だったけれど、デュオは迷いを消す事に決めた。 そう、…あのディスクを渡した時点で、彼を信じると、決めたのだから。 「ったくな、てめぇが裏切るなんて思わなかったからな。」 いまいまし気にそういい捨てて、悔しそうに睨みつけるふりをする。 男の楽し気な笑い声が聞こえてきたものの、今はもうデュオにとってそんなことはどうでも良かった。 未だ、ヒイロの本当の目的も役割もわからない。 けれども、ヒイロは、絶対に自分を裏切るようなマネだけはしていない。 彼の瞳は、自分が信じたかったヒイロ・ユイの瞳だ。 だから信じる、信じていいはずだった。 もし彼が裏切っていたらと考えただけで、心の底に溜まるような恐怖を感じるのは変わらなかったけれども、今、ここで彼を信じなければ、自分は絶対後悔をする、それだけは分かる。 「そうか、なら、もっと早くいっていればよかったのだがね。」 笑みを浮かべる男を通り過ぎ、ヒイロは端末の前までいってから、また男に振り向いた。 それから、無言のまま、男に向けて片手を出す。 「では、任せよう。」 ヒイロの手にディスクが置かれる。 デュオはその手をじっと見つめた。 ヒイロは、周りの注目の中、ドライブにディスクを入れてから、端末前の椅子に腰かけた。それから、ポケットから別のディスクをとりだして、もう一つのドライブにそれを入れる。 「それは何だ?」 「解析の為のツールプログラムが入っている。」 ヒイロが振り向きもせずに返せば、わずかに身を乗り出しかけた男が、その場に止まった。 既に前面にある大型スクリーン上には、ヒイロが立ちあげた解析用のプログラムが起動している画面が映っている。いつもながらの、滑るようなスピードで、ヒイロの指がキーボードを叩いていく。 何度かの画面の切り替えが起こる。 しばらくして、じっと画面に見入っていたエンジニアらしき者達の間から歓声のようなどよめきが起こった。 大型スクリーンには、ガンダムの設計図らしきものが映し出されている。 ヒイロが、椅子から立ちあがる。 …画面に見入っている彼らは、だがそんな事など気にするものはいなかった。 だから。 あまりにも自然な動きで、ヒイロが銃を取り出した時にも、誰も気付きはしなくて。 銃声が鳴って、はじめてその場にいた者たちが、事態の異常を察する。 彼らが気付いて振り向いた時には、デュオに銃を向けていた男の一人は、ヒイロの放った銃弾にうずくまり、もう一人はデュオの当て身によってやはり床に倒れていた。 「デュオ」 外へ向かって走りながら、ヒイロがデュオに銃を投げる。 デュオはそれを受け取りながら、ヒイロの後を走る。 ようやく事態を理解したエンジニア達が騒ぐ中、ヒイロはすばやくドアを開けて、入り口を見張っていた両脇の男の一人を殴って気絶させる。それを見て、ヒイロに掴みかかろうとしていた男は、その後ろに回ったデュオによって、銃で後頭部を殴られて気絶した。 二人は廊下を走り出す。 デュオはヒイロを追いかけて。…おそらく、これは彼の予定どおりの行動らしいと分かるから、迷いもなくただ彼の背中を追う。心の中では、ヒイロの裏切りが完全に否定された喜びをかみ締めながら。 後方では、怒声が飛びかい、警報が鳴りだした。 ヒイロはただ走っている。 数人の足音が聞こえてくる。 走りながら、どちらともなく銃を構え、すぐに敵に対応できるだけの準備をする。 前方に現れた一人の影を、まずヒイロの銃弾が倒した。 …当たったのはおそらく肩。 続けて、もう一人、その影からさらにまた二人。 すぐに、3発の銃声が、それらを迎える。 けれど、その3発共は、すべてヒイロの銃から放たれたもの。…一人も、致命傷となる場所を狙わず、…そしてデュオに打たせずに。 …なんでだよ。 走るヒイロの背中を見ているだけで泣きそうになる。 こうして、二人で敵地を行くのは、初めてではない。 だから分かっている、ヒイロはわざと自分に撃たせようとしていない事くらい。 彼は、わざと、自分の視界から敵の姿を遮っている。…いや、それだけじゃない、それは逆にもいえるのだ。 彼は、敵から自分を遮るようにもしている。 まるで、自分をかばうように。 振り返らず、ただ走るヒイロの背中を見ている事が辛い。 自分は、彼を信じなかったのに。 信じれ切れなくて、逃げたのに。 何度めかの銃声、何度目かの悲鳴…そして。 ふと、気付いた時、あたりの異変に気がついた。 別に、静かになったわけではない。いや、むしろ騒がしさだけなら今の方が更に上だ。 …違いは、その騒ぎが、まるで別のところで起こっているらしいということ。 たくさんの声と、銃声が、自分達とは離れた場所で起こっている。 「来たようだな。」 足を止めたヒイロが、自分に向かって振り返った。 |