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****************** 次の日も、目覚めるとヒイロは出かけていた。 …またもや昼まで寝てしまった自分に少々呆れながらも、デュオは起きてシャワーを浴びると、冷蔵庫をあけてミネラルウォーターのペットボトルを取り出した。 ――本当に、ヒイロって自分で補充するのはコレくらいなのな…。 生活していく事に無頓着なヒイロの家は、彼だけならば冷蔵庫もいつもカラだった。だがそれでも水だけは冷やして飲むのがクセになっているのか、こうしてミネラルウォーターのボトルだけは律義にいつ見ても入っている。 ――あいつも結構飲むんだよなー。出かける前に飲むのがクセんなってるんだろうな。 昨夜やはりデュオが風呂上がりに飲んだ時はまだ半分程残っていた筈なのに、もう新しいボトルが入っている。 ――あいつの事だからメシ食わねーで水で腹膨らませて出ていってたりな。 それはそれでらしい気がして、ちょっとだけデュオは顔を綻ばせる。 テーブルの上には、昨日と同じくメモが置いてあった。 今日は『出かけて来る。へたに外に出ないで少し休んでいろ。』だ。 昨夜少々心配させたから、そんな事を付け足してあるのだろうけど、『遅くなる』とは書いてないから、今日は昨日よりは早いのだろうか。 ――今日こそは食事でもつくって待っててやるか。 そうしてテーブルに座ったデュオは、何気なく、ヒイロが貸してくれたノートパソコンの電源を入れた。そうすれば、連絡が入っている事を告げるアイコンが点滅していて、すぐにデュオはそのメッセージを見るためにメールボックスを開いた。 ここへ来てすぐ、ヒイロが貸してくれた端末は、全て自分でセッティングしなおしている。だから、これに連絡が入っているという事は、すなわち、自分あての連絡という事だ。 開いた画面に表示される送信者の名前。 昨日の今日で、相手もその用件も予想していたから、その予想通りの名前に僅かに笑みを浮かべた。 『至急連絡を寄越せ』 送信者名は、五飛。 しかも彼の個人アドレスではなく、プリベンター内のアドレス。 昨日、捕まえたあの男を警察に突き出す際、その身柄をプリベンターへ送って欲しいといっておいたから(ちゃんと連絡先と名前も教えて)、用件はそれについてだろう。 デュオはすぐに直接通信のソフトを立ち上げると、プリベンターの五飛へ向けて回線を開いた。 ****************** 「よぉ、五飛久しぶりだな。」 不機嫌な顔をしたままの五飛は、声をかけられた途端に睨みつけてきた。 「お前は何をやっている。」 暫く彼も自分自身の感情を押さえてから、溜め息と共にそんな事をいってくる。 前説明もなく、イキナリそのいい方はないだろう、とは思いながらも、五飛らしい直線質問に、苦笑しながらも答えを返した。 「だーかーらー。そっちも今シンキ重工関連で動いてるんだろ?ソイツ、どうやらあれ関連組織のやとわれモンだからさ、とりあえずそっちに渡しとこーかと思ってさ。」 軽く昨日の事を説明してやってまた画面を見れば、五飛はそれでも納得がいかないのか、さらに怒りを溜めた表情になっていくのが分かる。 そして耐えかねたのか、デュオの声が止まると同時に一言。 「だから何故お前がそんな事に首をつっこんでいる。…そもそも、その辺で動いているのなら、何故こちらに協力しない。」 「え?」 どうも話が分からない。 デュオは困惑して、画面を見た。 ヒイロ以上に不器用なこの男が、すぐに理解できないような、分かりずらい言い回しをしてくる筈がない。 だから、これははじめから話の前提条件が互いに違うのだ。 「協力って…ヒイロに協力してんだから、結局同じじゃねーか…。」 「ヒイロだと?ヤツも一緒なのか?」 ヒイロはプリンペンターの依頼で今回の件を調べている筈。だから、ヒイロと共に動いている自分は、直接プリンペンターと契約していなくても、結局はプリベンターに協力しているも同じ…筈…なのだ。 「お前達は二人して何をやっている?…こちらからの依頼を蹴ったかと思えば、同じ事を調べているとはな…目的は何だ?」 「二人って…ヒイロ…も?」 声が震えていたかもしれない。 画面の五飛は、さも当然の言葉のようにそれを肯定した。 「あいつも、お前も、今回のこちら(プリベンター)からの協力要請を断っただろう。今更何をいっている?」 ふと。 意識が遠くなるかと思った。 何か、足元がひやりと冷たいモノにつかるような感覚。 ヒイロはプリベンターの仕事を受けていない。 …ならば、何故、それでも彼はグロスマン家やシンキ重工について調べようとするのだ? 昨日の男の言葉がよみがえる。 ヒイロは、組織側の人間だと。 身体全ての感覚さえどこか遠くへ行く気がして、デュオは何かをいってきている画面に、また連絡する事だけを告げると強制的に回線を切断した。 それから、込み上げてくる気分の悪さを堪えて、覚束ない足取りでキッチンへと歩く。…冷蔵庫をあける。ペットボトルを取り出して、そのまま一息に水を飲み干す。 いくら飲んでも、喉の渇きが癒せない…。 やがてカラになったボトルをシンクの側にある危険物用のゴミ袋に入れようとして…。 ふと、気付いてしまった。 ゴミが、足りない、と。 昨夜のミネラルウォーターのペットボトル…今朝、ヒイロが飲んでしまって無くなった筈のカラのペットボトルがない。 ゴミ袋が違うのかといえば、そうではない。 昨夜、デュオが自分で買ってきた別の飲み物のボトルが入っているのだから。 棄てる時に、ちゃんと聞いて、ボトルはここにと確認をとっているのだから。 考えられるのは、ヒイロが自ら処分したか、…まさか出かける先に持っていったのか? もしも、ヒイロが処分したなら、何故、その必要が? それだけを、処分する、必要、は? 何か、ヘンだ。 だけど…そう。こう、考えたら? 昨日、そして今日も…自分で信じられない程、デュオはよく眠ってしまった。おかげでヒイロが出かけるところを見れなかった。 何故、あんなによく眠れたのか。 隣にいた人物が起きる気配さえも分からなかったなんて、いくら何でもおかしくはないか?…それも二日続けてなんて。 …もし、眠っていた、のではなくて、眠らされていた、としたら? 自分は薬物訓練を受けているから、その辺の催眠薬などそうそう普通は効きはしない。けれど、でもヒイロならその自分にも効くような、無味無臭の薬を手にいれる事も可能だろう…。 まさか…まさか…。 それでも、…彼を…信じるの、だろうか? Act5 ****************** デュオが、いない。 帰ってきて一通り部屋を見まわして、机の上のメモに視線を落としてから、ヒイロは軽く溜息を吐いた。 明らかに自分が置いていったのとは違う紙。手にとって読んでみれば紛れもない彼の筆跡。 『どうしても調べたい事が出来たから、一度家まで帰ってくる。』 家、というからにはL2の彼がジャンク屋を営んでいる場所に違いない。 ヒイロは暫くそのメモを見たまま考え込み、やがてそれを元のままテーブルに置くと、目の前のソファに座り込んだ。 視線を何処か遠くへ投げて、思考の中へ沈みながらソファの背に凭れかかる。 もしその姿をデュオが見ていたのなら珍しがるくらい、まるでソファに身体を投げ出すように深く座るヒイロは、やがて目を閉じて疲れたように大きく息を吐き出した。 「大丈夫だ…」 自分にいい聞かせる言葉は、殆ど音を成さないほどに小さな呟きだった。 そう、大丈夫。 デュオがL2の家に行ったというなら、連絡はいつでもつけられるし、彼が家で一度調べてきたいといっていたのも前から聞いてはいた事だ。…別に不自然な行動ではない。 だから大丈夫、彼は帰ってくる。 自分の元へ。 手の届くところへ。 それでも自分の中の不安をぬぐいきれず、ヒイロはもう一度大きく息を吐き出しながら、頭まで完全にソファの背凭れへと置く。 なにが不安なんだか…。 今現在のこの不安定な自分の心が、勘と呼べるものからくる悪い予感というものなのか、それともただ単にデュオが今現在手元から離れてしまったことに対する不安なのか、自分でもわかりかねた。 自覚した感情には歯止めが利かない。 従う事を決めた欲には際限がない。 それらが自分の、冷静なはずの判断を狂わせていると分かっていても、もう既に決めたことを覆す気にはならなかった。 ヒイロはゆっくりと立ちあがると、自分のパソコンが置いてある部屋へ向かって歩きだした。 ****************** それから、5日。 ヒイロの元へ、デュオからの連絡は何もなかった。 いった場所から考えて、まだ帰ってこないというのはいいとしても、電話も、メールさえも何もないというのはどう考えてもおかしいだろう。 何かあったか。 それとも、意図的に連絡をしてこないのか。 デュオ自身へあてたメールにも返事が来ない。 だから、デュオの店へと直接に電話を入れれば、出たのは彼の共同経営者であるヒルデで、しかも彼の事を聞けば…。 「デュオ?デュオなら、帰って来てまたすぐに出かけちゃったわよ。」 …嫌な予感がする。 更に聞けば、デュオがいない間、彼宛にハンス・ベックから荷物が届いていたという事で、デュオはその荷物を受け取ってすぐに、また地球へいくといって出かけていってしまったというのだ。…それが、2日前。計算すれば、デュオはもうこちらへ帰って来ていてもいいくらいの時間は経っていた。 少なくともデュオが無事らしい事にはひとまずほっとするものの、その行動は何処かおかしいと思える。 何かあったか、それとも…何かを知られてしまったか。 デュオがわざと自分に連絡を取らない可能性は…ある。 どちらにせよ、デュオがハンス・ベック本人からの荷物を受け取ったという事は確定で、それのセイで彼の立場が更に危険度を増した事も明確だった。 今現在のデュオは、身を隠した生活をしている、というわけではなかった。 だから、彼の店の場所も、そこへあてて荷物が届いた事も、ヤツラが調べられなかった筈はない、とデュオは考えただろう。 だから、彼がそれを持ってすぐに身を隠したのは、店にいるヒルデを巻き込むまいとすれば当然の事だが…自分に連絡をしてこないという事は。 …デュオは、何処まで知ったのだろう。 とにかく今は、デュオを探す為にも、デュオが手に入れたモノを確認する為にも、一度L2へいかねばならないという結論を出し、ヒイロはすぐにその日発のL2行きシャトルへ乗り込んだ。 ****************** 「いらっしゃい、えーと、ヒイロ君…だったわよね?」 L2について、すぐに彼の店を尋ねて。 中へ入った途端、ヒイロはすぐ出てきたヒルデに不信げな視線を投げられる。 彼女も、デュオにいわれて注意しているのだろう。ヒイロの姿を注意深く確認してから、やっと声を掛けて来たのだから。 …それでも通してくれるという事は、完全に疑われているわけではないか。 確認が出来た事で安心したのか、幾分ほっとした表情になって、彼女はヒイロを、店ではない、事務所の方へ通してくれる。 一通り、デュオが帰って来てからすぐ出かけるまでの様子を聞き、ついでにベック夫妻についても話しを聞く。更に、前から来ているベック夫妻のデュオに宛てた手紙を見せて貰えるよう頼んで、それを一通一通不審な点がないかチェックしていく。 「すっごくいい人だったのよ。奥さんはよくお菓子を作ってもってきてくれたし。デュオも私も自分の子供みたいにいろいろよくしてもらったわ。こうやってメールじゃなくいつも手紙で送ってくれるのもね、私が地球の切手が見たいっていったからなのよ。」 レトロな手紙の理由も、そういわれれば納得する。見れば確かに、手紙の入っている封筒は全て切手の部分が切り抜かれていて、彼女が得意気に見せてくれたファイルには、台紙から奇麗に剥がされた切手が並んでいる。 ざっと、そのファイルを眺めてから、ヒイロは再び手紙のチェックを続けた。ヒルデはそんなヒイロを見ながらも、ベック夫妻との想い出話しを喋っている。 「確かに奥さんの家は地球でお金持ちって話しは聞いた事あるわ。だけどハンスはしがないジャンク屋で…ここまで駆け落ち同然で来たんですって。」 手紙の内容は大抵他愛のない、夫妻の地球での生活から、デュオ達の健康を心配する言葉など、あまり何か手がかりになりそうなものはなかった。…だが、それでもハンスの様子がおかしい事だけは、それとなく見つける事が出来、ハンス・ベックがヤツラと連絡を取りだした時期の推測はできる。 「だから奥さんの家のご両親が亡くなった後、その遺言状の方に二人の事を許すって書いてあったって話しを聞いた時は、私まで泣いちゃったもの。」 ミセス・ベックの両親、つまりグロスマン家の当主夫妻は、記録ではシャトルの事故で死亡という事になっている。…それでも遺言状があったという事は、その事態を前々からある程度予測していたという事だろう。…そうなれば当然、他にもいざという時の用意をしていた筈と考えられる…。 そう、多分…だからこそ。 「えーと、ヒイロ君?」 一通り手紙に目を通したヒイロは、暫く考えてから、ヒルデに名を呼ばれて顔を上げた。 「何か分かった?」 「…いや。ところで手紙はこれで全部か?」 「えーと、本当は後一通あるけど。…あれはデュオが出かける前に渡したやつだから…今何処にいっちゃってるかな?多分、まだアイツが持っているんじゃないかと思うんだけど…。でも、内容は他のと似たようなものだったと思うわ。」 あぁ、そういえばあの封筒からはまだ切手を取ってない、そう言って顔を顰めたヒルデを見て、ヒイロは、そうか、とだけ答えると席を立った。 「もう行くの?」 「あぁ、邪魔をした。」 そういってすぐにでも立ち去ろうとするヒイロを、ヒルデが呼び止めた。 「あのさっ…デュオ…また何か危険な事してるの?」 言われたヒイロは顔を顰める。 それだけで答えを返さず、…だがそれを相手が肯定と取るだろうという事は分かっていた。 予想通り、ヒルデの表情は見る間に曇る。 「そっかぁ…やっぱり、大事な事になると私はカヤの外なんだね。アイツ…さ、一緒にいてもなにか隠してるようなとこがあって…しょうがないんだけどね、なんか…辛そうにしてても私には何もいってくれないしさ。」 寂しそうに呟く彼女に、ヒイロがいうべき言葉はない。 そう、ある意味ヒイロにとって、彼女の存在はあまりいい感情を抱かせるものではなかったから。率直にいって、彼女に直接接すべき態度を、ヒイロは分からなかった。 ただ黙っているヒイロに、彼女はまた恐る恐るといった様子で聞いて来る。 「…ねぇ、あのさ。デュオが…たまに地球いってた時って…アナタに会ってたの?」 その言葉には肯定を返した。 「ふぅん…そっかぁ…。」 寂しそうに。けれど彼女は笑顔でヒイロを見つめる。 ヒイロは、なんとなく居心地が悪いような、責めれられているような気になる。 「ねぇ、ヒイロ君。デュオをよろしくね。…アイツがちゃんと笑えたら、私は身を引いてあげるから。」 それには、驚いて。 目を見開いたヒイロに、今度こそ彼女は満面の笑みを浮かべた。 ****************** L2において、デュオの痕跡をたどるのは、思いの他楽だった。…恐らく、デュオ自身も隠すつもりはなかったのだろう。デュオは、彼本人がヒルデにいった通り、3日前に地球行きのシャトルに乗っていた。…つまり、本当にすぐさま地球に帰った事になる。 やはり、連絡を入れてこないのは、何かしらに気付いたセイか…。 ヒイロもすぐに地球行きのシャトルに乗り、デュオの後を追う事にした。…とはいっても、デュオが本気で自分から身を隠そうとしていたなら、彼自身を探すのは無駄だと思っている。…彼を探すよりも、ヤツラの周辺にいた方が、却って探すよりも早いし確実だろう。 だから、地球に帰ってからも、ヒイロはデュオを探す事はしなかった。やりかけでいたハンス・ベックとグロスマン家に関わる調査に専念した。 …デュオが気付いたなら、急がなくてはならない。 でなければ、話しが余計面倒な事になる。…なんの為に、こうして自分が動いているのかわからなくなる。 そうして、パソコンを前に調べ物をするヒイロの元へ、メールが届いたのはヒイロが地球に帰った次の日の事だった。 差し出し人は、D.T。 …旧L1急進派の、今現在ヒイロに連絡をつけてくる男の名だ。内容は、「例のモノが見つかった、確認をして欲しい。」という一言と、待ち合わせの時間と場所の記述。 何か、おかしい。 もしそれがデュオから入手したものの事をいっているのであれば、記述のされ方がわずかにおかしいし、彼についてももう少し何か書かれていてもよさそうなものだ。だが、このメールには、彼についての事は一言も書かれていなかった。 考えれば不審な点が多すぎる。が、とにかく、指定の場所へ言ってみるしかないかと、結局のところヒイロはそう判断した。 …それが、ヒイロにしては、焦っていた末の判断であったとは、後で自覚するのだが。 待ち合わせの場所で、ヒイロを待っていたのはD.Tではなかった。 殺されたばかりの死体。…かつてD.Tと呼ばれていた男であったものの…。 そして。 「ヒイロ…」 死体に気を取られていたせいで、気付くのが遅れた。 …いや、きっと彼の方が完璧に気配を消していたからであろうけれど、それでも、自分の無能さを責めてしまう。 振り向いてすぐ、デュオと瞳があう。 けれど、捕まえるには位置は遠すぎた。 「ばいばい、ヒイロ。…本当にお前を信じてた……信じたかった。」 それだけ言うと、彼はすぐに背を向けて走り出す。 「待てっ、デュオ。」 彼の足は止まらない。 この呼び出しさえもが彼が自分を試す為にしくんだ事なら、きっと、彼は逃げる事も既に考えていたのだろう。 隠れたのか、どこかすぐに見えない場所から逃げたのか…逃げるのに有利な場所は、ほんの少しの差で彼の姿を隠してしまう。 ヒイロは、その場所に一人取り残されるしかなかった。 |