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エピローグ ****************** 「おっ、ヒルデからメールが来てら。」 いってからデュオは、片手に持っていたホットドックを口にくわえて、空いた手で軽快にキーボードを叩き出した。 それをヒイロはあからさまに嫌そうな目で見つめる。 現れたメッセージを目で追いながら、ホットドックを一口かじって手に持つと、今度はヒイロはため息をついたようだった。…どうも彼は、こういうお行儀の悪いことはあまり好きじゃないらしい。 そんな彼の分かりやすい態度にくすりと笑う。 「うっわー、思いっきり怒ってんなー。うーん、やっぱ一回くらい顔見せに帰ったほうが良かったんだろうけどなぁ。」 頭を掻いて、少しばかり困ったように、肩をすくめて。 ヒイロは呆れたようにこちらを見てくるだけで、何もいう気はないらしい。 それでも、一見無視を決め込もうとしている顔が苛ついて見えるから、気になっているのに違いなかった。 一通り読んでから、ノートパソコンの蓋をパタンとしめる。 それからそれを、ナップサックの中に適当につめこんで。 「そんじゃ、そろそろいきますか。」 向かいに座るヒイロへと笑いかけた。 ここは地球のアメリカ、その中でもとある田舎町の小さな駅。 自分達は今、ちょっとした旅行気分で、地球の各地を歩いている。 本当はヒイロは、どこか騒がしくない町で一緒に暮らそうと、そう、いってくれたのだ。けれど、一つのところに留まるのが苦手だといえば、彼は簡単に「お前に合わせる」といってくれた。 だから、こうしていろいろな町を巡って、気に行ったところがあれば、少しの間だけ部屋を借りたりもして。 のんびりと、時間にも、役割にも束縛されずに過ごしている。 まぁ、昔の仲間と連絡をとったり、何かあったら行かなきゃならないから、二人とも愛用のノートパソコンだけはちゃんと持って。 もともと、大した荷物も持ち歩かないし、野外生活も問題ない。たった二人とはいえこの二人なら、どんな危険な場所へいっても、自分の身を守るには十分すぎてお釣りがくる。 「えーと、そんでどっちから先に行くんだっけ?」 どこかの町でもらった、この周辺の観光マップを広げて聞いてみる。 ヒイロはまたかと嫌そうな顔をして、町名を告げると、さっさと先に歩きだしてしまった。 …せっかちなのは、相変わらずか。 それでも、しばらく歩くと彼は足を止めて、こちらを振りむく。 自分が、ついてくるのを確認するために。 なぁ、ヒイロ。 確定ではないし、いうのがシャクだから、いわないけど。 実はちょっとだけ、隠してる事があるんだ。 こうして、ヒイロがわざと、のどかな、流血ざたとは無縁そうな場所を選んで移動しようとするのには。…確かに、彼の希望もあるんだろうけど、自分がおかしくなるのが、そういう事に関連しているというのを、彼に、いったからだと思う。 だから今、自分があの時みたいな症状があらわれないのは、もう、そういう事に関わらなくなってるからだと、ヒイロはそう思っているんだろう。 でも、それだけじゃない。 確かに、それはそうだけれど。あの頭痛も幻覚も、自分の罪の意識が見せているものには変わりはなかったけれど。 けれど、ヒイロ。 オマエがあんまりにいうから、しかたなく、こうして一緒に行く前に受けたサリィのカウンセラーで…彼女は、それ以外に、こう、付け加えたんだ。 『でも、おかしいと思わない?デュオ。…何故、今になってあなたにそんな症状が現れたのか?あなたを責める内なる声は、もうずっと前からあなたの中にあったものだわ。…だから私にはね、今までそれらを押さえ込んでいた何かを崩すトリガーになるものがあったと思うの。何か、思いあたるものはあるかしら?』 自分を責める声、確かに、もうずっと聞こえていた。 それを押さえていたのは多分…強くあらねばならないという決意、…ならば。 もしも、弱さを見つけてしまったら? …そもそも何故、その症状を収めるために、ヒイロのところへといっていたのだ? 自分の弱さをとりつくろう為、ヒイロのもとへいっていたなら。 自分でどうも出来ないそれを理由に、彼にあってもよいと。…ヒイロに会いたいと思い、けれど他人に頼る事を許せなかった自分に、それを理由としてその時だけは、彼にすがろうと、…すがってもよいと、自分はそう思わなかっただろうか? …確定じゃない。 そうかもしれないと思っただけ。 でも、実際、そのせいで今あの症状が出ないのならば、それは説明がついてしまう。 彼に会いたいと思う心が、自分にそれを許させる為の理由が欲しいと、そう、思ったのが、あの症状のトリガーだったなんて。 …それくらい、もうずっと自分は彼の側にいたかっただなんて。 そんなにずっと、彼の事を求めていたなんて、…好きだったなんて。 …いわない。 きっと、ずっと。 ****************** ****************** 「あ、ヒイロ。切符買う前にさ、俺ちょっと飲みもの買ってくるな。」 思い出したようにそういって、デュオは走りよってきてすぐに、またこちらに背を向けてしまった。 「お前もなんかいる?」 それには首を振って。 すぐにデュオは、売店に向かって走っていった。 その背を見つめて。 彼を待つために、一度荷物をその場に下ろすと、ヒイロはやれやれといった風に、一つ大きく息をはいた。 どうせ、急いでるわけじゃない。 乗る予定の列車も、いつくるか分からないし、苛ついてみたところで意味はないだろう。 そうは思っても、あちこちと予想外の寄り道をデュオがして、それに苛だってしまうのは自分の性分なのだからしかたがない。 余裕のない人生を送ってる、などとデュオにいわれるのも当然だろう。 それでもまだ。 今は、大分自分も慣れてきたと思うのだ。 いつものことだから、もうしかたないと思っているのと、もう一つ。 彼が、ちゃんと側にいる事に、慣れたから。 次にいつ彼に会えるかなんて、思わなくて良くなったから、その事に不安を感じる必要がないと、そう、実感できるようになったから。…最近、やっと。 …やっと、本当に彼の傍に近寄れたと思ったから。 「わっりぃ、待たせたな。」 紙袋を持って、こちらに走ってくるデュオの姿を見て、ヒイロは思わず笑みを浮かべる。 彼の、傍に立つ為に…自分はそれだけを望んでいた。 その為にしたことは、彼に全部いってはいなかったけれど…それは、彼が知る必要のない事だから。 ―――あの時。 旧L1の過激派達に協力するふりをした事には、単純に、デュオに関わらせる前にカタをつける以外にも、ヒイロにとってもう一つの理由があったのだ。 奴等が、ヒイロを引き込もうとした時、彼らはもと同志であるという理由以外に、ヒイロにとってある報酬…というか条件を提示してきていた。 シンキ重工内の裏のデータベース。 その中にある、とある事故の記録。 工場管理者のミスによって起こり、無理に揉み消されたそれは、多くの死者を出した割には大きな事件として報道されることはなかった。…それは恐らく、死んだものが工場で働いていた作業員だけだったというのもあるだろう。 だが、その時丁度、一人の作業員の妻とまだ幼い彼の子供が工場を見学に来ていて、運悪く事故に巻き込まれてしまっていたのだ。 表だった記録に残されているのは、その作業員は勿論、彼の妻、子供ともに死亡。 …けれど、裏のデータベースに記された記録は少し違った。 …子供だけは、親の体に守られて死亡してはいなかった、と。 その後に、子供はどうやら事件のショックで自我を失い、生きているだけの人形同様、喋る事も、体を動かす事も、何にも反応しない植物人間のような状態に陥ったと記述されていた。…だからその子供は、死んだことにして、そのまま秘密裏に、会社内の研究施設へと引き取られた、と。 『その子供がどうなったのか、その先を知りたいと思わないか?』 ヒイロは、自分が何者かを知らなかった。 気づいたときには、Gのパイロットとして、そのために兵士として、ドクターJ以下、反地球組織の中で訓練を受けていた。 『その子供の本当の名前と、もちろん両親の名も、お前は知りたいと思わないか?』 そういって、彼らはヒイロに、自分たちの計画への協力を提案した。 …だからヒイロは、彼らに協力するフリをしてその内部へもぐり込み、そのデータベースにアクセスするための手段を探す事にした。 ―――けれど、彼らはヒイロについて一つ思い違いをしていたのだ。 ヒイロは、そのデータをただ消去する事が目的だった。 消せさえすればどんな方法でも良かった。 …だから、どうやってもそのデータベースに繋がる機械を触らせようとしなかった彼らの目の前、デュオから受け取ったGの設計図のディスクを解析すると偽って、ヒイロは堂々とそのための手段を手に入れたのだ。…まさか、自分たちの監視下で、へたな操作はするまいと、…彼らは、そう思っていたに違いなかった。 …ディスクを解析する為のものと偽った偽のツールプログラムは、見せ掛けの画面の下、プリベンターにその位置を知らせるだけでなく、その前に、その機械に繋がる全てのデータを破壊するように作られていたのだ。 ヒイロには、本名など必要なかったから。 …いや、今の自分…ヒイロ・ユイという名の人間としての自分以外は要らなかった。 それどころか、デュオの傍にいる為には、…彼に近づく為には、それは邪魔でしかならないと思っていた。 ヒイロは知っている。 デュオは、ずっと家族というモノに憧れていた。肉親関係…特に両親や、帰る家というものを、自分にないからこそ憧れて…大切に、思っていた。 だからそんな彼に、自分が本名を持っていると知られれば、本当の家…両親はいなくとも、親戚でも生きていれば…きっと、彼は自分にそこへ帰れというに違いなかった。 良かったな、と。 きっと、笑って。…本当に嬉しそうに…けれども少しだけ寂しそうに。 そして、もう、2度と自分と会おうとはしないだろう。 …だから、彼だけには、それを知られずにデータを消したかった。 自分が望むのは、彼にとってのただのヒイロ・ユイという人間。 それ以外は要らない、必要ない。 それが、本当はただのコードネームであっても、今は彼に呼ばれるその名以外は要らなかった。 「さーて、次の列車はいつくるかねぇ…。」 他に人のいない待合室で、長椅子に並んで腰掛けると、デュオはそういって背伸びを一つした。 「さあな、さっき駅員に聞いたところでは、今日中には来るそうだが。」 「日が暮れるまでには向こうに着けりゃいいんだけどなぁ…。」 そういって、拗ねるように唇を尖らせると、背伸びの態勢から、そのままこてんとこちらに寄りかかってくる。 「デュオ?」 「んー…ヒイロォ、どーせここでじっと待ってるなら、ちょっと肩貸しといてくれねぇか?…誰かさんに夜中まで付き合わされたおかげで、俺はまだ眠いんだよ…。」 いってから、彼はあくびをして、こちらの肩に頭を乗せてくる。 「俺は眠くないが。」 「ぬかせ。体力バカのてめぇと一緒にするんじゃねぇよ。」 そうして後はもう目を瞑って、完全に寝る態勢に入ったようだ。 暫く、彼に寄りかかられたまま、外の風景を眺めていれば、やがて、微かに寝息が聞こえてくる。 …彼は、絶対に誰も入ってこれない場所か、自分の傍でしかちゃんと眠れない。 彼にとっての自分は、誰よりも特別な存在だという自信がある。 それが嬉しかった。 この今を、失いたくはなかった。 だから、いわない。 きっと、ずっと……。 ***************END |