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**** ***** ***** ***** **** 「デュオ?」 呼ばれた声に、反応さえもしない、彼。 …これで何度めになるんだ? ヒイロは、眉を顰めて、彼の横顔を睨みつめた。 ずっと、ぼんやりと考え事をしているデュオの表情は、どう見ても沈んだ雰囲気を感じる。おそらく、何か悩んでいる…のだと思えるのだが、どうせ聞いても彼は答えてなどくれないだろう。 溜め息のように、息を吐き出して、自分の苛立ちを落ち着かせる。 それから、デュオの肩を叩いて、もう一度名を呼んでやる。 「え?…あぁ、ヒイロ。何だ?」 気付いた彼は、自分の姿を認めて、殊更明るい声でそう返してきた。 やはり、自分に何もいうつもりがない事は、その反応だけで分かってしまう。…それでも、まずは聞くだけはする事にしたのは、ヒイロの成長ではあるのだが。 「……何かあったのか?」 「別に、何でもねーけど。ごめん、悪かったよ、ぼーっとしててさ。」 すぐさま笑顔でそう答えるデュオに、心の中だけで舌打ちをしたくなる。 ヒイロの顔が益々怒ったように顰められるのを見たデュオは、更に重ねて謝ってきたものの、彼が、ある筈の悩みを話そうとする気がないのは明白だった。 いくら睨み付けてみても、彼は苦笑して謝るだけだけで。…自分が何に怒っているか、本当は気付いているに違いないのに…彼自身の事には触れようとしなかった。…いや、させなかった、というのが正解だったのかもしれない。 無理に作った笑顔の筈なのに、彼の笑顔は余りに自然で、影もなくて。 それを見ていると、苛立ちはやがて心の中の痛みに変わる。 「サリィが…呼んでいた…。」 何故だか、苦しさのようなものさえ感じてしまって、ヒイロはデュオから目を逸らしてそれだけを伝えた。 デュオが、礼をいって、自分の横を走り抜けて行く。 彼は、今のが今日初めての会話だとさえ気付いていないだろう。 もう、5日もこんな日が続いていた。 デュオの様子がおかしくなったのは、前の任務の後からだった。 6日前、ヒイロがネット関連の調査で抜けられない時に、プリベンターに警察からの協力要請が来た。その時に派遣されていったのがデュオで、任務は無事終了し、事件は解決したという事の筈であったのだ。…なのに、次の日、本部にやってきたデュオの様子はいつもと違っていた。…単純ないい方をするならば、元気がない…という事なのだろうが、暗い顔で考え込んだり、放心しているような状態であったり…何よりヒイロに何も話掛けてこようとしないとなれば、どう考えても何かあったのだと思うだろう。 けれど、聞いてみれば、何事も無かったようにデュオは笑ってはぐらかすだけで、自分にさえも、それを隠そうとしているのだ。 「まさか、俺が何も気付いてないと思っているんじゃないだろうな?」 頭に来た自分は、最初、デュオにそう尋ねてみたのだ。 「まぁ、ちょっとな。…でも、別にお前が気にするような事はないからさ。」 けれどそうやって、デュオはやはり笑みを浮かべて、何も答えようとしなかった。 それが、嫌だ、と思う。 かといって、デュオにはデュオの都合があって、人に話したくない事もある…という事自体はちゃんと理解しているのだ。…別に、話したくない事を無理に聞きたいと思っているわけではない。 だから、そうやって深く考えてしまえば、自分が結局何に怒っていたのかも分からなくなりそうで……でも、思うのだ、これはデュオが悪いのだ、と。 その怒りのまま、いっそ徹底的に彼を追求してみようかとも思ったのだが、いくらそうして苛立っていても、考え込んでいる彼が浮かべる辛そうな顔をみると、その怒りも拡散してしまう。…以前の自分なら、それでも行動に起こしていただろうけど。 だが、今の自分は、彼を傷つけたくないから。 彼を傷つけないで、出来るだけ、優しくしたい…それは、自分が彼の事を『スキ』だからなのだろうと思うのだ…そう、恐らく。 けれどそう考えた途端に、こんな時、彼に対して何もできなくなってしまう。 デュオが、そうして一人で苦しげに悩むのが嫌で。 …けれど、彼がいいたくない事を無理をして言わせるのもしたくない。 でも、デュオがそんな状態であるのが嫌で…。 考えても答えは巡るばかりで、行動をおこしようもない。 だから彼にどう接すればいいのか分からなくて。それよりも、そんな態度の彼を見ていると、感情の制御がきかなくなりそうな自分を知っているから、ずっと彼を避けるようにしていた。 だがそれも、そろそろ限界だった。 彼がいるのに、彼に触れられない事は、思った以上に自分の神経を苛む。 最近の自分は、あまりにも彼を傍に感じておく事に慣れすぎてしまった。 そう、あの時…離れていこうとした彼を引きとめて、自分の感情を伝えてからは特に。…彼に対する感情を、止めようとしなくなったから。 そして、『スキ』という言葉を理解しようと思ったから、自分でも意識して自分の感情を感じようとしていた。 『俺はもうずっとお前の事がスキだったよ』 引き止めた自分に、そういってくれた彼。 その言葉は嬉しくて、だから自分も彼をスキなのだろうとは思ったのではあるけれど…。でも、どうしても『スキ』という言葉が分からなくて、その言葉の持つ感情が自分の感情なのかが、分からなくて…。 『だから、ヒイロ』 恐らく自分は、彼をスキなのだ。…でも、けれど、何かその言葉だけで済むようなものでもない気がしたから。…その言葉の意味を感覚で理解する事ができないから。 『お前は俺の事をスキ?』 その言葉に、自分は彼の望む通りの返事を返す事はできなくて。 『俺には…スキという言葉が分からない。…俺に分かるのは、俺にはお前が必要で、お前をいつでも見ていたい、側にいたいと、そう感じているという事だけだ。』 そうすれば、デュオは、ゆっくり笑っていったのだ。 『今はいいよ。…でも、そう思えたら…いってくれると、嬉しいけどな。』 彼の事をスキだとは思う。けれど、彼にそう言えないのは何故か? いってしまえば簡単なのに、考えれば考える程、その言葉は違う気がするのだ。 彼の事をスキだろうか? 考えながら、ずっと、彼を見ていた。彼を自分がどう思っているのか知りたくて、感情のままに、彼に接して、その感覚を理解しようとした。 彼といるのは心地よくて、安心感のようなものを感じて。 心が暖かい感覚に包まれて、穏やかな気持ちになれる。…それは、もしかしたら幸福感といえる感覚なのかもしれない。 けれども、それと比例するように、まったく別の感覚が訪れる事も知っていた。 それは、まるで正反対の感覚のように、自分に強い不安と恐れ、そして苛立ちを運んで来る。 彼が、笑ってくれていても、本当にその笑顔は本物で、自分に対して笑っていてくれているのだろうか、とか。 彼がもし、自分から離れていってしまったら、どうなるのだろう、とか。 そして、彼が自分をスキだというその感覚は…どれくらい自分を欲してくれている事なのだろう、と。…そう、当然な事だが、彼の感じている感覚を自分が感じる事はできないから、……自分に分かるのは「スキ」といってくれた言葉の理解できる範囲の意味だけ。 だから不安になる、だから分からない。 デュオは、自分をどういう感覚でスキなのだろう。 自分は彼にとって、どれくらい特別なのだろう。 確かめる事は出来なくて。 時折それが、どうしようもなく、自分を苦しめる。 そして。 そんな中、デュオが自分にさえ、何も言わず苦しんでいるから。 今の彼にとって、自分は彼の外にいる他の者と変わらないという事実が苦しい。 そう、悩む彼を見ていて嫌なのは、…もしかしたら、彼が自分にさえ、他の者と同じ態度しかとらない事が嫌なのかもしれないと…今は、そんな気がしていた。 **** ***** ***** ***** **** 「ヒイロ、ちょっといいかしら。話があるの。」 呼びかけた声に振り向けば、サリィが手招きをしてこちらを見ていた。 彼女がこんな、こそこそとも取れるようないい方で自分を呼ぶという事は、話もだいだい予想がついて。…ヒイロは、聞かなくてはならないと分かってはいても、思い切り嫌そうな顔をせずにはいられなかった。 だから、余計に誤解をされたのではあるのだろうけど。 「あなたたち、ケンカでもしたの?」 いきなりそう聞かれたときには、流石のヒイロもすぐに答えの返しようがなかった。 けれど、気付けばその言葉は瞬間的に感情を逆なでて。 「俺は何もしていないっ。」 出した声の大きさは、いってから自分で驚いた。 更にまた、自分でいったその言葉にさえも苛立ちがつのる自分がいて、もう取り繕いようがなくなった。 しかたなく黙って目を閉じ、感情を押さえる為に息を吐き出す。 それから、ゆっくりとまた目を開くと、驚いた顔で自分を見つめるサリィに答える。 「あいつの様子がおかしいのは、俺のせいじゃない。…恐らく、この間の奴の単独任務の時になにかあったんだろう。あいつがおかしくなったのはそれからだ。」 そう、自分のせいじゃない。 またしても、自分でいった言葉にむっと来て、ヒイロは苦々し気に顔を歪めた。 いっそ、自分が原因の方が行動のとりようもある。…そんな事さえ考えて怒りを増す自分は、我ながら理論が破綻している、と思うのに。 彼に関しては、理性よりも感情でものを考えてしまう。 確かに自分は、今までも感情の思う通りに生きてはきた。が、それまでの自分にとっては、感情というのは単なる思考の方向性に呼びかけるだけのもので、こんなに全てを飲み込んで荒れ狂うような激しいものではなかった筈だった。 なのに、デュオに関しては、こんなにも感情のざわめきがうるさい。 自分のそんな面を知るのは、驚きと共に恐怖でさえあって、…もしかしたら、自分は逃げているのかもしれない、とふと、そう思う。 自分の感情の、激しい部分を知る事を。 彼を避けて、自分を押さえる事で。 何時までも彼に対しての答えが出せないのは…本当は、そのせいなのかもしれない。 「ヒイロ?分かるかしら?」 すっかり自分の思考の中だけに入っていたヒイロは、その声で思考の中から浮上した。 問いかけてきたサリィは、じっとこちらをみていて、自分が彼女の話を聞いていなかった事に気がつく。 「だから、彼にそんな事が聞けるのはあなたくらいでしょう?…それとなく、原因を聞いて欲しいの。」 **** ***** ***** ***** **** その日の、夜。 「まぁ、狭いけどな、はいれよ。」 デュオの声に従うように、ヒイロは部屋に入りドアを閉めた。 あれから。仕事時間が終わって、帰ろうとするデュオを呼び止め、「話がある」といえば、彼は「じゃぁ、家にくるか?」といって、ヒイロもそれに了承した。…考えてみれば、彼とはほぼいつも行動を共にしているとは言え、彼の住んでいる部屋というのに来たのは初めての事だった。…実際、話以前に、彼の部屋というのに興味がなかったわけではなく、ついでのようだがそれはそれで別の目的を果たせたような気になる。 「えーと何か飲むか?…コーヒーか水くらいしかねぇけど…コーヒーでいいか?」 「ああ。」 いってから、椅子に腰掛けた。 辺りを見渡せば、彼のイメージとは違って、何もない部屋に多少の驚きを感じる。 いや、プリベンターの彼の机から考えれば、そう不思議ではないのだが、…不自然にも見える程、部屋にはまるで何も無かった。 こうしてここにある机や椅子さえ、放置された部屋の放置された家具とでもいうようにただあるだけで、何も乗っているものなどなく、余り使っている様子はなくて。…もっとも、良く見れば机の上に埃がないので、一応使われていると認識はできるのだが。 本当に何もない部屋は、人が住んでいる痕跡さえ殆どなく、壁に掛けてある上着と帽子のセイで人がいるのが分かる、という程度のものだった。 ヒイロの部屋も必要以上のものはなにもないから、かなり殺風景で、あまり人の事をいえはしないだろうけど。 …それでも、もう1年以上も住んでいれば…そしてその先も当分住むつもりならば…ある程度の私物もあるにはあるし、一応最低限の生活感というものは感じられる程度にはあると思う。 でもこの部屋にはあまりにも何もなくて。 …まるで、すぐにでもいなくなる事が出来るみたいに…。 そう考えた途端、ヒイロの中に急激に怒りが込み上げた。 「お前砂糖とかって入れるっけ?…悪いんだけど、そういうのは置いてなくってさぁ。ブラックになるんだけどそれでも…。」 出てきたデュオを振り返れば、彼の口調も表情も余りにも普段通りで、それが更に気に触る。 ヒイロの返事を待たず、デュオは手に持ったコーヒーを机に置くと、彼もまた椅子に腰掛けた。 それから、さり気なくこちらを見ないようにして、自分の分のコーヒーに口を付け、黙ってしまう。 そうすれば、部屋には殆ど音がなくなる。 いつもならば、二人でいて黙ってしまうのは、ヒイロの方であった。 だが今は、デュオが自分から会話をしないようにしているのが分かってしまう。 だから、ヒイロが口を開いた。 「お前は、最近おかしい。…前の任務の時に、一体何があった?」 いきなりそう聞けば、デュオは一瞬驚いたように、顔を見返してくる。 けれど、すぐにまた胡麻化す為の笑いを顔に張り付けて、明らかに困っている、という様子を表した。 「…まぁ、あったといえばあったんだけどさ。でも、まぁその…考えても仕方ない事だし、ちょぉっと落ち込んでるってくらいかな。」 自分の様子がおかしい事を認める言葉なのに、それでもやはりデュオは笑顔を浮かべていた。 その顔を見ているだけで、思わず歯を噛み締めてしまう程、彼の笑顔は神経を逆撫でる。 「もしかしてお前には、心配かけちまったか?…悪い、ごめん。そういうつもりじゃなくってさ、本当に俺がもっとしっかりしてればいいだけの事で、ちょっとナーバスになってるだけだから…」 「お前は…」 絞り出すようなヒイロの声と、睨みつける瞳のただならぬ気迫に、デュオも言葉を止めてごくりと唾を飲み込んだ。 「お前は…何も分かっていない。」 別に、自分に心配をかけた事などを、気にして欲しいわけじゃない。 そう言えばデュオは、今まで笑みを作っていた顔を歪ませて、素の感情を覗かせだす。次第に変わって行くその顔は、困っているだけでなく、苛立ちを含んだ表情になる。 何故、彼は分からないのだろう? それが、苦しくて。怒りに揺れる思考とは別に胸に冷たいモノを落す。 「だったら、お前は何に怒ってるっていうんだよっ。」 デュオが、少しだけ乱暴にそう尋ねた。 彼の、嘘の笑顔を見るだけなら、そうやって怒っている方がまだいい、と思う。 「…デュオ…。お前は以前、俺にとってお前は何かと聞いたな。」 ならば。 お前にとっての俺は何だ。…そう、聞いて見る。 いわれたデュオは、顰めていた眉を、僅かに上げて目を丸くして。 聞かれた事がよく理解できないように、曖昧に微笑んで、それでも返す。 「そんなの…。俺はずっと前からお前がスキだって、そういってるじゃねぇか…。なんで今更…。」 そうじゃない。 スキという言葉だけじゃ何も分からないと、どうしてデュオには分からないのだろう。…スキだと、その言葉の意味で伝えるだけでは、自分が知りたい事はなにも分からないのだと。 …彼が自分に感じる感情が、どれくらい強くて、どれくらい彼の心の内を占めてくれているのか。…それが分からないのが苦しくて、抑えているのが辛い程。 「答えをくれてないのはお前の方だろ?…お前の方が、未だに俺にちゃんとした答えを返してはくれないじゃねーか。…なのに、何でお前が怒るんだよっ。」 怒鳴り声になりかけた声が、そう叫ぶ。 自分の中の感情は、それにも怒りと、沸き上がる苦しさしか感じなくて。 限界にまで膨らんだそれは、今まで塞き止めていた他の感情さえも巻き込んで行く。 何故、彼は分からないんだろう? 自分が欲しいのは、そんな一言で済むような言葉だけじゃなくて。 …もっと、確実に、彼が自分を特別であるという証しが欲しいのに。 「俺が欲しいのは言葉じゃない…。」 いって立ち上がれば、デュオもすぐに何か気付いたように立ち上がる。 だが、彼が逃げようとする前に腕を捕まえ、力任せに引き寄せる。掴まれた腕が痛かったのか、声を上げてデュオが振り向く。…しかし、彼が抗議の言葉を続ける前に、掴んだ腕からそのまま、デュオの体を床へと投げつけた。 「何…しやがる…お前…。」 けれどその声が言葉を続ける事はない。 すぐに倒れた彼にのしかかって、その唇を塞いで腕も押さえつけてしまえば、彼は逃げる手段を失う。 そういえば、こうして、彼に口付けするのもあの時以来で。 どういう気持ちであの時は彼にこうしたのか……そう、言葉で言えない気持ちを伝えたくて、彼に触れたくて。あの時は、それだけで良かった感情は、今はもっと激しいモノへと変わっていたから。 「ヒイロ?…お前…まさかっ。…おいっ、やめろよっ、冗談だろっ??」 上げた声をただ無視する。 床に散らばるのは、シャツから飛び散った、彼の服のボタン。 服の襟を両手で掴めば、軽く左右に開いただけで、簡単に彼の素肌は目の前に晒される。…彼の剥き出しの胸が目の前に顕になる。 「てめぇっ、何考えてんだっ。なんでイキナリ…」 「黙れ。」 彼の顔も見ずに、その胸を手で撫でまわす。感触を楽しむように、殊更ゆっくりと。 デュオは、抗議の言葉を続けていたが、そんなものは聞こえないように無視をして。 触れた肌の下、筋肉がぴくりと拒絶するように痙攣し、声が詰まる彼の反応が楽しくて。…特に強く反応を返す胸の突起の部分は、指で撫でつけるように弄りまわす。 そうすれば、デュオは、言葉を詰まらせるだけではなくて、言葉にならない別の声を押し殺すのに何もいえなくなってしまう。 息を震わせて、肌を震わせて、うっすらと上気した肌は、掌に汗の湿り気を伝えてきて、それにも何か心に沸き上がるものを感じる。 自分を押し返そうとした腕は、既に両手とも頭の上で押さえつけている。だから、彼は今、抵抗もできずに、目を固く瞑って唇さえも強く閉じて、感触に耐えているだけだった。 片手だけで彼の体をなぞって、脇腹を伝い下肢に触れる。ズボンの上から軽く触れて、すぐにジッパーを下ろし、その中へ直に手を差し入れる。 途端、デュオは肩を大きく跳ね上げて体をそらし、押さえつける自分の下から懸命に逃れようとする。 声は押し殺して何も言おうとしないけれど、体だけは拒絶を返す。 「そんなに、嫌か?」 呟いた声に、デュオが顔を上げて自分を見る。 けれど、その答えを聞く前に、彼自身に触れた手で、それを追い上げて言葉をいわせなかった。 目を閉じて、吐息だけを苦しげに漏らして、殺し切れなかった微かな声だけが、妙に甘い響きで耳に聞こえる。 その彼を見ているだけで、自分の熱が高まっているのを感じた。 閉じられた瞳が涙を流す、耐えようとする体は思い切り強ばって、びくびくと組み伏せられた体の下で震動している。 「やだ…」 本当に小さなその声で彼が呟いて、同時に手の中の彼が弾けた。 けれど、放心しようとした彼は、すぐにこちらの手のぬめりがもっと奥に触れたのを感じて、驚いて目を見開く。 「お前…本気で?…やだ…俺っ、まだ…。」 けれどその声も先程と同じく、湿った指が中まで入れば、何もいう事ができなくなる。 すぐにでも彼の中に入りたくて、乱暴に指を入れ、どうすれば早く弛むものなのかも分からないから、とにかくめちゃくちゃに指を中で暴れさせる。少しでも隙間ができれば指を増やして、自分が彼にこれからする事を伝えるように、増やした指で抜き差しを始める。 デュオの体が、揺れる。声は痛みを耐えるものだけではあったけれど、それでも十分自分にとっては艶があるように聞こえた。 それなりに指が動けるようになった時を見て、指を抜き、急いで自分の服を緩め彼にそれを押し付ける。 挿れた時には、デュオは悲鳴さえ上げて嫌だと叫んだけれど、それでも今の自分に歯止めはきかなかった。 中々奥まで入りきらないそれを強引に突き上げて、狭すぎる彼の中を感じる。 言葉にならない、喘ぎか呻き声か分からないデュオの声を無視して、ただ何度も腰を押し付けた。 自分の感覚だけを追うように、ただ揺らして、感じて。 吐き出した時には、いつからだったのか、彼はぐったりと意識を手放していた。 自らを引きずり出せば、赤いものさえ見えてしまって。 急激に、自分の中の怒りが冷えるのを感じる。…ばかな事をしたと、後悔の念が浮かび上がって来る。 「…気が済んだか。」 意識を取り戻して、自分を見たデュオが、そういってきた。 「俺は…お前を傷つけたいわけじゃなかった…。」 そういえば、デュオは、自分の顔から目を逸らして溜め息を吐く。 眉を顰めているのは、恐らく痛みの為だろうけれど、その顔は酷く冷たかった。 「…そうだろうな。分かってるよ、お前の事は分かってるつもりだけど……今は顔を見たくねぇ…帰ってくれ。」 だが、そういわれれば、何も言わないワケにはいかなくて。 「俺の事を分かっている…だと?」 「あぁ、お前が前からこうしかったって事は知ってるし、俺がそれをはぐらかしてたのは認めるさ。けどな、何もこんな時に……お前、サイテーだ…。キライだと言われたくなきゃ、さっさと出て行けよっ!!」 デュオは、完全に顔を下へ向けて、自分に見せない。 けれど、声だけで彼が泣いているのは分かった。 「俺が、本当にそれだけを望んでいたのだと思うか?」 確かに、彼が自分を求めるもっと強い印が欲しかったけれど、それはこんな事だけではなかった。でも、それが何かはハッキリと言えなくて、うまい言葉で彼に伝える事はできないから。 「お前は、俺を分かっていない。…そして俺もお前が分からない。…俺が苦しいと思うのは、そのせいだ。」 そうして、驚いたように見上げた彼の顔は、やはり涙のアトがあって。 彼を酷い目に合せたのは自分なのだと、それを改めて自覚してしまって辛くなる。 だから、それ以上彼と視線を合わすのに耐えきれなくなって、その場を離れた。 彼がいう通りに。 **** ***** ***** ***** **** 次の日。 本部に来ると、すぐにレディに呼び出され、少しだけ遅れてきたデュオと共に、今日の仕事の内容を聞かされた。 それからすぐに揃って現場へ行き、その場の警官と合流する。 仕事は、病院に立てこもったとある指名手配犯の逮捕で、普通なら完全に警察だけの仕事であるが、その犯人が飛び抜けて射撃の腕がいいという事での協力要請だった。 プリベンターの実行部隊である自分たちが、外見上ではまだ子供にしか見えない(Gパイロット、特に自分とデュオに関しては成長抑制剤を服用した期間が長かった為、今でも年齢よりも下に見える)為、敵を油断させて潜り込むような仕事に協力を要請される事は多く、今回の役目も例に漏れずそうだった。密かに裏から病院内へ入り込み、患者やのふりをして油断したところを撃つ。 …銃の腕に自信がある犯人らしく、外の警官隊に撃たせる隙を見せない相手に、警察側が提示してきた作戦はそうだった。 「デュオ、お前は、大丈夫なのか?」 今日、会った時から特に変わったところを見せない彼は、一度も昨夜の事に触れる事はなかった。 それは彼が、わざと避けているセイだとは分かっていたが、それでも仕事に影響を与えるかもしれない事だけは聞いて置かなくてはならない。…いや、それを理由にして、自分がそれだけは気になったというのも否めないが。 「正直いえば、体にはちょっとしんどいかもな。…だけど仕事ができない程じゃない。それでも、ベストの動きからは落ちるかもしれねーから…お前に先に行ってもらうべきだろうな。」 両方が潜入するとしても、片方はサポートで、もう片方が実際仕掛ける事になっていた。だから、それでデュオは今回サポートに回る事に決定したのだった。 すぐさま作戦は実行され、実際計画通りに事は進んだ。 最後にはヒイロが犯人を撃って、人質を開放し、無事に作戦は終了した。 今、デュオは、自分たちが潜り込むのに協力してくれた患者から、礼をいわれ、笑ってそれに答えていた。 けれど。何故だろう。 その、笑顔がどうしても見ていられなくて。 何故か、分かってしまうのだ。今彼が浮かべている笑みが嘘だと。 最近の彼が、自分や他の者にずっと浮かべている、嘘の笑みだと。 どうしてかは分からないから、何もいえなくて。 けれど、見ている事を辛いと感じる。 何故、それでも彼が笑うのか…それが分からないから。 「デュオ、もう行くぞ。」 未だ礼をいって囲む患者たちから、彼を引きずるようにその場を立ち去る。手を振る彼らが見えなくなるまで、ずっと笑みを返すデュオを苦々しく思いながら。 けれど。 「……なぁ、ヒイロ。」 突然、掛けられた声に、足を止める。 「少しだけ……問題ないよな。だったら、…寄り道して行かねぇか?」 彼はそう言って、病院の傍にある桜並木を指差した。 見れば、桜は見事な花をつけていて、満開には少しだけ早いものの、既に木の下は薄紅色の花びらが舞っていた。 「もう、春なんだよな。…お前は季節なんて忘れてたみたいだけどさ。」 それから桜の花を見上げて、デュオはぽつりと呟く。 前に見た時は、まだここまで咲いてなくてさ、と。 「前に?」 コロニー育ちの彼が、このJAPポイントで春の象徴とされる桜に何かをいうのは少しだけおかしいと感じていたのが、別の疑問に結び付く。 デュオは、彼の予想通り驚いた自分に、ゆっくりと振り向くと、苦笑を浮かべて説明した。 「前の任務の時さ。やっぱり、桜がいっぱいあるトコにいってさ。そん時知り合った人に、これが咲いたらすごい綺麗だって教えてもらったんだ。」 言いながら、何故かその顔は急激に悲しそうになる。 眉を寄せて、瞳を震わせて、彼は散ってゆく桜の花びらに視線を落す。 「ヒイロ。俺がずっと落ち込んでいた原因はさ。前の仕事ン時、ちょっとした事があってさ…」 任務自体は放置されたバッグの中身…いわゆる不審物の調査で、プリベンターに要請があったのは、コロニー製の見たこともない物体がその中に入っていたとそれだけだったのだ。 だが、いってデュオが見た途端、それは一見単なる小さなカードの様で、本当は小物などに仕込んで使う一種の爆弾であったのだ。 とりあえず、それがたくさん入ったバッグはすぐに警察の爆弾処理を呼んで引き渡したものの、問題はそれが周辺にもうないかどうかで、デュオも調べる手伝いをした。 そして見つけた時、それは何等かのショックを受けたらしく既に作動を始めていて、…どれくらいの時間かは分からないが、爆発段階に入っているという状態だったのだ。 急いで辺りの人々に避難勧告をし、デュオも走りまわった。 だが、それは余りにも急な事だったので、辺りは一種のパニックに陥り、逃げる人々にケガ人が出るという有り様であった。 そして、そんな中、まだ逃げ遅れた人がいないか走りまわっていたデュオは、避難指定域にいた一人の女性を見つけたのだった。 焦っていたデュオは、その女性の様子が少しおかしい事に気付かなかった。 そして、体格の良い方のその女性を抱き上げてつれて行くのも出来ないと判断した。 だから、ひたすらその女性の手を引いて、彼女を避難させようと急がせた。 結局。 彼女は助かったし、もちろん人的な被害は出なかった。爆弾は人々が避難した後で爆発し、その威力も試作品でもあったのか、予想した程ではなかったのだ。 だが、デュオが急いで避難させた女性は、実は妊婦だった。 避難区域から出て、一安心した途端、うずくまった女性にデュオは驚いた。すぐに病院へ連れていったものの、彼女が流産した事が告げられた。 そっと覗いた病室からは、彼女の泣き声だけが聞こえて。 いたたまれなくて、デュオはそのままそこから立ち去った。 「だがそれは、お前のセイだというわけじゃない。」 いえばデュオは悲しげに、目を細める。 「あぁ、そうかもな。でも、もし俺が彼女の事に最初から気付いてたら…結果は違ってたかもしれないだろ?」 結果論にしかならないが、予想よりも小さかったあのくらいの爆発規模だったら、あの時あそこまで急いで逃げなくても助かったという事もある。…考えてしまえば、後悔が押し寄せてきて、どうしても暗い気分は拭えなかった。 それに。 「俺さ、捨子だったらしいからさ。…望まれて生まれてこなかったって事じゃねーか。…だからずっと生きてる事が不安だった事があってさ。…何の為に生きて、自分が生きてる事にどんな意味があるのか分からなくて不安だった時があったから…。ああやって、望まれて生まれる筈の命を…俺が…」 後は声にならなくて、デュオはまた上を見上げた。 小さな花びらが風に吹かれて、ちらちらと視界を横切って行く。 ヒイロは掛ける言葉がなくて、だたそのデュオを見るしかなかった。 けれど、彼は暫くそうして桜を見たあと、自分の方へまた顔を向けると、にこりと笑みを浮かべていった。 「桜ついでに聞いた話があってさ。すっげー古い戦争の時、この花の名前をつけた戦闘機があったんだって。それは、敵に突っ込んでいくだけのモノで、片道分の燃料しかつまないで飛ばされたんだってさ。」 生きて帰る事を前提としないで、片道切符で敵地へ向かう。完全なる自己犠牲。 でも、自分がGのパイロットになる時、いわれた事とそれは同じ。それくらいの覚悟がGに乗るには必要だといわれた。 コロニーの為に。 生きて帰れるなんて思ってなかった、死ぬ為だけに地球へ降りた。 「それでも、俺はデスサイズのパイロットになりたかった。自分を必要とするその存在意義が欲しかった。生きている意味が欲しかった。」 きっと、悲しい筈なのに、それでもデュオは笑い掛ける。 苦しいのに、彼は笑う。 それでも、彼が自分に教えてくれた彼の負の部分。…心の奥。 手を伸ばして。 まるで、固まったように、悲しげな笑みを顔に張り付ける彼に、触れて、引き寄せる。 彼は何もいわなくて。 ただ、抱き締めた自分の胸に顔を押し付けて、肩を震わせていた。 「笑う必要はない。…少なくとも、俺には無理に笑わないでくれ。辛い時に笑うお前の笑顔は、俺には痛い。」 ずっと、自分が苛立っていたのは、その彼の笑みだった。 苦しい時も辛い時も、他人を笑顔で拒絶する彼を知っていたから、その笑みを自分にまで向けられるのが耐えられなかった。…自分の、彼を求める感情があまりにも強い事に、気付けば気付く程、彼がそうして自分を心の内に入れてくれないのが嫌だった。 デュオは、何も言わずに自ら抱きつくようにして、腕に中で抱き締められている。 震える肩と、時折聞こえる嗚咽は、彼が泣いているのかもしれないと思った。 いつでも笑顔で耐えてきた彼が、人にこうやって弱みを晒すのは初めて見る。…そしてそれが自分であるという事が、なによりも嬉しくて。…今まで、ずっと心に溜まっていた彼への苛立ちが全て溶かされて行くのを感じていた。 ずっと、そのまま押し込めていたのなら、彼はその内には乗り越えてしまったのだろう悲しみ。…今まで、そうしてきたように。そうすれば彼は必要以上に傷つかないで、嘘の笑みはいつしか本当の笑みになって…それが彼の生き方だったのかもしれないけれど。 自分の為に、彼はそれを見せてくれた。 言葉だけが欲しいのではないと、そういった自分に教えてくれる為に。 だから、感じる事ができた。 彼が、自分を言葉だけではなく特別に思ってくれている事を。 『スキ』という言葉が、知識で理解する薄っぺらな意味以上の事を持っていると、その事に。 「デュオ。」 返事を返して来ない彼を、それでも穏やかな気持ちで抱き締めて。 頭を撫ぜてもう一度名を呼べば、ずっと自分に押し付けていたその顔が離される。 「お前がスキだ。」 言えば、驚いたように彼は顔を上げる。 その顔は予想通り涙のアトがあって。…でもそんな彼の表情こそが、愛しいと感じる。 何も言えず、瞳を大きく開く彼の顔に、白い花びらが落ちる。 それを手で払ってやって、じっと見つめれば、その瞳からはまた涙が零れた。 「お前が生まれた時、お前が生まれた事を誰も望んでいなかったとしても。俺は今、お前が生まれた事に感謝している。もし、お前がいなかったら、俺も生きていないも同じだった。俺は、お前がいたから、こうしてヒトになる事ができた。」 だから、俺のこの感情は全てお前のものだと。 そう呟けば、彼は静かに涙を浮かべたまま微笑んだ。 …その笑顔には、苛立ちが沸く事はなくて…。 目の前では、花びらが静かに散っていた。 その風景は、まるで雪のようだったものの、あの時、デュオから別れを告げられた時を思い出しても、今はそれに恐れを感じはしなかった。 彼の気持ちが分かったから。 自分の感情が理解できたから。 彼がもし去ったとしても、今は迷いなく彼を追い掛ける事もできるから。 雪のように舞う花びらは、雪の白と違って、ほのかな薄桃色。 白よりも暖かい色だから、今の自分の心の暖かさを伝えてくれる気がした。 今は春。 心の暖かさに気付いた時には、季節も何時の間にか暖かくなっていた。 ******* END 2000番HITリクエスト、「雪の降る日は…」の続きで、Hあり、季節は春…でございました。一応、出来ればといわれていた”Hは無理矢理っぽく”も入れてみたのですが…あの続きというにはちょっと雰囲気が違うかも…。後は春ネタですが…すいません、本当は桜が咲いてる時期にUPしなくちゃならないネタなのですが…。こんなに遅れてしまった事をお許しください。…これでも原稿を入稿してから、急いで書いたのですよー…実質2日くらいかな。思ったより長くなったのが敗因ですね(T_T) それにしても、このシリーズのヒイロってどうしようもないですね…ホントに…。 |