|
「次は恐らく、ヒイロ=ユイも連れて来る。」 出て行くときにα2はそう告げていった。 彼の言葉はいつも本当だから、多分、次に帰って来る時はヒイロも一緒なのだろう。 『彼は死亡する。』 そう、α2は嘘をつかない。だからそれも本当の事。 考えてみれば、最初からヘンではあったのだ。 ヒイロとそっくりのロボットなんて、本人が生きていたら作るのはおかしい。 ヒイロが死んでいるのなら、時折α2がいっていた未来のデュオの話も分かりやすい。 多分、もうすぐ、ヒイロが来る。 誰よりも強い彼、絶対にヒイロだけは先に死んだりしないと思っていた。 一緒にいられるのは今だけだと分かってはいたけれど、それでもまた、離れても何処かで会える、そんな存在だと思っていた。 ヒイロは強い。 あの戦争中も、すぐに死にたがっていたくせに、彼は真っ直ぐ前を向いて、これ以上ないくらいの存在感を持っていた。 そんな彼が死ぬなんて。 「結局、俺は死神なんだな。」 呟きは寂しく。 ヒイロに会って、自分はいつも通りに振る舞えるか、自信がなかった。 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 「デュオ」 呼ぶ声に、顔を上げる。 声は恐らくα2、ヒイロも声は一緒だけど、こんな風に、自分を嬉しそうに呼ぶのは彼の方だ。 何もないただ広いだけの部屋。ドアの前に見えるシルエットは二つ。彼らの影は似ているけれど、α2の方がベースが4年後のヒイロだけあって背が高い。 「デュオ」 ああ、今度はヒイロだ。 静かな声。抑揚はほとんどないけれど、いい聞かせるような声の吐き出し方は、彼の特徴。 どうしよう。 声を聞いただけで泣きそうになる。 「いよぉっ、ヒイロ、無事だったか。」 でも、彼にはいつも通りに接しなくてはならない。 戦争が終わって、あれだけ死にたがっていたヒイロは、今は人並みの日常の中で生きようとしている。そんな彼が、4年後には死ななくてはならないなんて、知ったらまた元の刹那的な考え方に戻ってしまうかもしれない。 「お前が来たって事は、例の記憶の件は問題ないのか?」 だから、α2にはヒイロにはその事をいわないでくれといった。 記憶の件は説明しても、ヒイロが死ぬ事はいわないで欲しいと。 「デュオ…」 一歩踏み出して、ヒイロは近づいてくる。 彼の声にしては、やけに感情がこもっている気がして、デュオは首を傾げた。 震える響きは、まるで感情を押し留めて、余程会いたかった相手の名前を呼ぶみたいに。 予想外の出来事は、でもそれだけではなかった。 目を大きく開けるデュオが、状態の理解をする前に、ヒイロの手は伸びて、デュオの体を包み込む。まったく何が起こったのか分からないでいる間に、デュオはヒイロの腕に抱かれていた。 「ヒイロ?」 彼は何もいわず、ただ強く抱き締めて来る。 α2じゃあるまいし、ヒイロがこんな事するなんて理由が分からない。 「おい…ヒイロ、お前どうしたんだよ。」 何があった?ヘンだよお前。 「なぁ、冗談はヤメロって…。」 いいながら、どうあっても離そうとしない相手の体を引き剥がそうとすれば、いままでデュオの肩につっぷしていたヒイロは顔を上げた。 「冗談だと?」 上げた顔は怒っていて、でも、そういう顔で睨まれるのはいつもの事だから、少し安心して。 「そうだよ、お前らしくないよ。まさか俺との再会に喜んでるワケじゃねーだろ?」 いえばヒイロは唇の端をくっと上げて、笑みを作る。 確かにこれも笑っているんだろうけど、α2が見せてくれる笑顔とは違う。 こんな笑顔をみたいんじゃ、ない。 「そうだな。ああ、冗談だ。」 いって、ヒイロは腕を離す。何故だかいっそう機嫌が悪くなった気はするけど。 「お前の冗談って…タチ悪いのばっかな。」 笑ってそう返せば、益々ヒイロの顔は壮絶な笑みを浮かべた。 恐い…かもしれない。 とても怒らせた、理由は分かるような分からないような。 ヒイロは背を向けて、さほどはなれない部屋の隅に座り込んだ。 そしてじっと、見つめている。 とても澄んでいるのに、誰よりも強く苛烈な、あの蒼い瞳で。 「デュオ、何か変わりはあったか?」 α2が近づいてきて、ヒイロの視線を遮って。だから彼にはその時感謝したい気分だった。 ヒイロのあの瞳をずっと向けられているのは、かなりキツイ。 息まで詰まってしまいそうで、こういう時に二人きりだと救いがない。 α2は傍まで近づいてきて、じっと自分を見つめて来る。 同じ蒼の瞳なのに、彼はとても優し気に自分を見る。 「別に、何もなかったぜ。」 そうか、と小さく呟いて、α2は手を伸ばす。彼は自分に触るのが好きらしくて、こうして良く頬を撫ぜようとする。 ただ。 「つまらない。」 手から感覚をとってしまってからは、その動作をすると決まってすぐに眉を寄せてそう呟くから、ちょっとかわいそうになってしまう。 「しょーがねーなー。分かったよ。」 いわれてα2は嬉しそうにデュオを引き寄せ、抱き締めた。 手では感覚がわからなくて寂しいと、初めて泣かれてしまってからは、なんだかんだいいながらも、こうして彼のやりたいようにさせてやる。 本当に、このまだ感情と思考が噛み合わせられない彼の精神は純粋で、聞いたところの育ての親である未来のデュオと自分とを重ねて、その体温を感じたいと思ってしまうのだろう。 親の後を追い掛ける子供みたいに。 初めて会った頃は、ヒイロと同じところばかりが目についていた彼も、今は同じ顔でも逆に違うところばかりが印象に残って、自然に、全然別の人物として接する事に慣れている。 ヒイロと同じ思考をする筈なのに、彼は全然違うと思う。 その時。 バタン、と大きな音がして、デュオは驚いて肩を跳ね上げた。 「何だ?」 α2の顔を見上げると、彼は部屋の隅を見ていう。 「ヒイロ=ユイが部屋を出ていった。今のはそのドアの音だ。」 その言葉に、デュオは眉を寄せると、謝ってα2の体から離れた。 離された彼は、少し不満そうな顔をしていたが、それでも文句をいう事はない。 「悪いな、ちょっとヒイロを見て来る。」 いってドアへ向かえばα2は僅かに頷き、デュオは部屋を出て行く。 心無しか、出ていく時のα2は寂しそうではあったけれど、きっと自分が途中で彼の体を引き離してしまったからだろう。デュオはそうとしか思わなかった。 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 自分達以外に人などいない、廃ビルの中、特に隙間風の入る廊下は寒くて。 デュオはヒイロを捜して、一つ一つ部屋を覗いて歩いていた。 あんなひどい音をたてて、ヒイロが出ていった理由は分からない。 けれど、何かそのままにはしておけなくて、ヒイロを探さなくてはならないと、そう思った。 「ヒイロォ」 いても返事はしてくれないと思うものの、やはり呼んでみてしまう。 自分達がいた部屋が、ここでは一番奇麗なとこだったから、後の部屋は人が入れない程めちゃくちゃなとこもあって、さすがにそういうとこにヒイロがいるとは思えなかった。 「おーいヒイロぉ」 まさか外へいってしまったんじゃないよなと、階段を昇ろうか下りようかと考えていた時、廊下の隅からヒイロが歩いて来た。 「なんだ、どうしたんだよ、お前。」 ほっとして声をかけても、返事はない。 「ここじゃ風入って来て寒いしさ、部屋戻ろうぜ、な?」 俯いて何も答えようとしないヒイロに手を伸ばして、腕を掴もうとして。 …逆に腕を掴まれた。 「ヒイロ?」 きつく腕を掴まれ、思い切り引っ張られて、デュオはバランスを崩してヒイロに倒れ込む。それでもヒイロの意図する事を気付けずに、デュオは掴まれた腕の痛みを訴えただけだった。 「ちょ、離せよ、ヒイロ。おいっ、痛いってば。」 「あいつは良くて、俺では離せ、か。」 返って来た言葉が何をいいたいのかまるで分からず、デュオはただ面くらう。 とりあえずヒイロの尋常でない様子だけは分かるので、デュオは暴れてヒイロを引き剥がそうともがいた。 だが、本気で押さえ込むヒイロに力で勝てる筈もなく、もがく間にも疲れてきた。 そして唐突に。 「む…っ」 唇が、塞がれる。 デュオには何が起こったのかまるで分からなかった。 ただ、目の前には整ったヒイロの顔があって、だから今こうして自分をキスしている相手はヒイロだと、漠然と考える。 キス?ヒイロが?自分に? どうしてそんな事態になるのか分からない。 だけど、今自分にキスしている相手は間違いなくヒイロで…。 ぐるぐるとまわる思考に翻弄されて、デュオは呆然と、ただヒイロのされるがままに体を預ける。だが、それに促されたヒイロが、キスをより深くして口内を舌で荒らし始めると、流石のデュオも意識を引き上げて、また抵抗を始めてヒイロの腕の中で暴れ出した。 冗談じゃない。 やっとの事で、唇を離し、でも体はどうやっても外す事が出来ない状態でデュオは叫んだ。 「ヒイロっ。てめぇどういうつもりだっ。」 「うるさい。」 いかにも忌々し気にヒイロはそうとだけいうと、デュオを壁に押し付けて、片腕だけでその体を束縛する。そしてあいているもう片方の手でデュオの顎を掴むと、無理に顔を上げさせて、もう一度その唇に口付けた。 「ン…ウッ…」 抗議の声はすべて口のなかに閉じ込められて、呻きにしかならなくて。 ヒイロのキスは噛み付くように激しくて。 息が辛くて、ぼんやりしてきて、でもヒイロは離そうとはしてくれなくて。 それどころか、腕で押さえつけていたデュオの体を今度はヒイロ自身の体を押し付けることで押さえつけて、空いた手をデュオの服の裾から中へと侵入させてくる。 「ウウッ…ウウッ」 何をいっても唇はヒイロに塞がれていて、体も完全に押さえつけられているから、何処にも逃れる手段はない。 手はデュオの素肌を直に這いまわり、探しあてた胸の突起を執拗に弄ぶ。そこまでくれば、ヒイロのしようとしている事がなんなのか、嫌でも確信する事が出来た。 瞳から、涙が零れる。 何故、彼がこんな事をするんだろう。 それがどうしても分からなくて、でも恐くて、哀しくて、デュオはバラバラに込み上げて来る感情の破片を感じて涙を流した。 唇が外されて、ヒイロの舌が耳元を這いまわっても、デュオはただ泣いて、嗚咽を漏らすだけだった。 「嫌だ…なんで…ヒイロ…お前が…。」 途切れながら、声は少しずつ小さくなる。 時々ヒイロの手が体の敏感な部分を探り当て、それに肩を揺らして声を漏らすけど、デュオにはもう今自分がどうなっているかなんて、考えたくなくて目をきつく閉じてしまう。 ヒイロの手が下肢にかかる。 音を立ててジッパーが下ろされ、元々緩めのジーンズは簡単に床へ落されてしまった。 「やめろっヒイロっ。お前何やってんのか分かってるのか?」 下肢をはだけられ、そこまで直に触れられて、その生々しい感触に少しだけ正気をとり戻す。だけどヒイロの手は止まる事なく、デュオを追い上げようと動き出した。 「────っ…て…め…。」 声も出せなくて、ただ競りあがる感覚に耐えようと、デュオは体を固くして口を閉ざす。だけれどヒイロはそれも許してはくれず、益々乱暴に扱って、デュオの自制の壁を崩そうとした。 感覚が上昇する。 嫌だと思うのに体の生理現象は止めようがなくて。 ぶるりと震える体、直後にくる脱力感。 途端に全ての感覚が開放されて。 あまりの屈辱に、目を大きく開いたまま、デュオは涙を流していた。 「デュオ…。」 今まで一言も声を発することがなかったヒイロが、耳元で名を呼ぶ。 でも、今のデュオにはそれは何処か遠い事の様に聞こえていて…。 頭の中では耳鳴りだけが響いていて、ヒイロの声もまざってしまう。 「デュオ…。」 もう一度、ヒイロは名を呼んで、デュオの瞳から零れる涙を舌で掬う。 すっかり脱力してしまったデュオの、もう押さえつける必要のない体を優しく抱き締めて、ヒイロは再びデュオの唇を塞いだ。 今度は先程までの荒いものじゃなくて、優しく、軽く舌と舌を触れさせるだけのキス。 唇を離すと、ヒイロはじっとデュオを見つめる。 蒼い瞳、いつでも強い光を放つ瞳。 だけど、この瞳がこんなに優しい光を自分に向けるのは見たことがない。 α2が向ける優しさとは違う、その瞳は、いっていた。 ───愛しいのだと。 「嘘だ。」 デュオは呟く。 「すまなかった…。」 ヒイロはいいながら、再びデュオの涙を舌で拭った。 「お前を傷つけたいわけじゃない。」 少し解れてしまった髪の毛を指で梳いて、ヒイロの動作はあくまでも優しい。 知らない。こんな自分に優しいヒイロなんて知らない。 「嘘だ…。」 呟きは意識して出しているものじゃなくて、ただ頭の中に響く自分の声をそのまま出してしまっただけ。 「嘘じゃない。ずっと隠していただけだ。」 嘘だ。 頭は信じない。信じたくなかった。 だって。 「隠したままで終わるつもりだった。ずっと傍にいられるなら…だが…。」 その言葉で。 デュオの頭は完全に覚醒した。 「ヒイロっ、お前、知ってて?」 ヒイロのいう意味。彼は、自分が4年後には死んでしまう事を知っている? 叫ぶデュオの瞳を見つめ返して、ヒイロは緩く、自嘲の笑みを唇に乗せる。 「お前も知っていたのか。俺が…死ぬ事を?」 その瞳が浮かべる諦めた様な翳りを見たくなくて、デュオは思い切り首を振ってヒイロの肩をきつく掴んだ。 「違うっ、知らないっ、そんな事は…。」 いいんだ。 ヒイロの諦めた笑みは消える事なく、寂し気に目に焼き付いて、デュオの心の中へ染み込む。 強ばるデュオをヒイロは緩く抱き締めた。 「お前が…欲しい。」 顔は見ずに、言葉だけ囁き掛ける。 「俺は…お前を好きかなんて分からない。」 デュオはそれ以上を返せなかった。 「ああ、お前が俺を好きでなくてもいい。同情でも構わない。────抱いても、いいか?」 少しだけ力を入れて抱き締めて、それから又、静かに離して。 ヒイロはデュオに口付ける。 デュオは、ゆっくりと瞳を閉じた。 BACK |