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新しい、任務。 昨日の今日でまさかとは思ったが、たった今、次の仕事が『組織』から送られて来た。 ヒイロは、唇を一度だけ噛み締めると、静かに顔をデュオの耳元へと落していった。 「Delete your mind.」 ヒイロの言葉が終わると同時に、眠っている筈のデュオの肩がピクリと上がり、長い三つ編みを払いのけながらすぐさま立ち上がる。 じっとその様子を見ていたヒイロと振り向いたデュオの瞳が合い、顰められたヒイロの顔を見て、デュオは声を上げて笑いだした。それに一層不快気な表情になったヒイロに揶揄かう様な視線を投げると、にいっと唇の端を釣り上げて、デュオはいかにも楽しそうな笑みを浮かべて話し掛けて来る。 「よぉ、今度の呼び出しは早かったじゃねーか。もう次の任務かい?」 「────ああ、」 出来る限り声に感情を持たせないようにそう返して、ヒイロはすぐに背を向けて歩き出した。デュオは態と小走りでヒイロについていくと、ドアの前で一時立ち止まったヒイロの肩に手を掛け、顔を近づけてその耳元で囁く。 「そんなに俺を見るのが嫌かい?だけど、その内この体は俺だけのモンになるんだぜ?」 さらりと言われた言葉にヒイロの表情が凍り付く。 あからさまに顔色をなくしたヒイロに、益々楽しそうに弾むデュオの声が重ねられる。 「なんだよ、そんな事も気付かなかったのか?考えても見ろよ、今はまだ『俺』自身をテスト中だからオリジナルが残されてるケド、それが終われば『組織』に必要のない方の人格が消されるのは当然だろ?」 「聞いて…いない。」 ああそう?、と答えるデュオの声はまるでどうでもいいことの様に軽く響く。ヒイロから離れ、欠伸や背伸びをしながらそのついでの様に言う言葉は、実際このデュオとっては当然すぎる事で今更どうという事ではなかった。 とはいえ、デュオ自身にとっては面白くもない事ではあっても、それに対するヒイロの反応は興味深かった。 極力自我を保とうとしているものの、みるみる内に青ざめていくヒイロの顔色を見ているだけで、その心の衝撃が手に取る様に分かる。 こいつがオリジナルの方のデュオを好きなのは、分かり過ぎるくらい態度に出ている。 組織からいわれているこいつに関するデータから考えれば、笑ってしまうような事実だ。 確か心身の完璧なコントロール能力を持った、現在『組織』で最も優秀なエージェントと、そう、聞いていた。 実際、一緒に仕事をする分にはヤツの優秀さは分かる。 だが、心身の完璧なコントロールだって? あんなにあからさまにデュオでないデュオ(俺)を嫌悪の目で見るヤツが? こいつをたてにとられたくらいで撃てなくなってしまうような甘ちゃんが? …嘘みたいだね、完璧なエージェントというのは自分のような者をいうんだ。 ヒイロの顔を横目で眺めて、デュオは更にくすくすと笑う。 一方、こちらを見ようともせずに、今回の任務を淡々と伝えるヒイロの表情は、先程のショックがまだ抜け切っていないのか、青ざめたままだった。 デュオはそんなヒイロを見ているのが楽しくてしょうがない。 そんなにこいつ(デュオ)が好きなのかい? その資格がないくらい裏切っているクセに────。 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ピッ…。 広い倉庫の中に、微かな電子音が鳴る。 「これで全部か?」 「多分な。」 曖昧なデュオの返事に、ヒイロは無言で持参のノートパソコンのモニターに目を移す。画面にはこの倉庫内の見取り図が映っており、それに重なって、デュオが今仕掛けてきた爆弾の位置が赤く点滅していた。 「問題ないだろ?」 自身満々で言うデュオを見ようともせず、ヒイロが手元のスイッチに手を掛ける。親指でボタンを押せば、倉庫の奥で爆発が起こり、どん、どん、と次々に大きな音が聞こえて来た。 その音を数えて、設置した爆弾の数と照らし合わせながら、全ての音が止むのを待つ。 だが、ここで計算違いが生じた。 この倉庫には地下があった。そこまではこちらのデータにあったのだが、長い年月放置していたセイか、床────地下の天井でもあるが───が、腐蝕して脆くなっていたのである。それが爆発の振動で崩れだし、そのセイで今二人がいる爆発元からかなり離れたこのブロックまでも、辺りの壁が崩れ出したのだ。 状況を見た途端、二人は言葉を交わす必要もなくすぐに出口へ向かって走っていた。とにかく、全て崩れる前に脱出するには、今は出来る限り急ぐ以外に方法はない。 ────だから、周りを見る間もなく全力で走る彼らの上にコンクリートの塊が落ちて来たのは、不運以外のなにものでもなかった。 「デュオっ」 ヒイロの声を聞いて、体が突き飛ばされる感覚があった後…。 振り返れば、ヒイロは瓦礫の下にいた。 ヒイロの顔は見えない。 恐らくデュオを突き飛ばす為に伸ばした右手…だけが瓦礫の下から見えている。 「まさか、ここまでバカとはね…。」 引きつった笑みを浮かべて、そう吐き棄てると、またすぐに踵を返してデュオは出口へと走っていった。 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 目を開けて見えたのは白い天井の壁だった。 昔、とても見慣れていた…。 起き上がろうとして力を入れたら、体の殆どの感覚がなくて、驚きのあまり小さな声が出てしまう。 「体中麻酔づけだから、動かすのは無理だぜ。」 視線だけを声の方へ向ければ、見下ろしているデュオと目があった。 「ばぁか。」 にっこり笑顔でデュオがいう。 「そんなにこいつが大事かい?」 ヒイロは何も答えず、ただそのデュオから視線を外しただけだったが、デュオは楽しげに笑い声を上げると、傍にあったイスの上に腰掛けた。 「お前が庇ったお陰で、こっちの体にはケガ一つないぜ。もっとも、その分お前の方は酷いモンだけどな。左腕と左足、完全にイカレちまって使い物になんなくなってたぜ。」 言葉に内心ひやりとして、自分の体を見ようとする。だが、布が掛けられた上からではハッキリと確認する事は出来ず、小さく舌打ちをするしかなかった。 それを見たデュオが言葉を続ける。 「安心しな、どっちもちゃんとついてるよ。しかも生身の。良かったなぁ、お前さん、『組織』にゃ随分と大切にされてるようで。イカレちまった部品をわざわざクローン再生なんて、普通の奴等じゃやってもらえないぜ。」 『組織』という言葉を聞いて、初めてヒイロは今の状況を理解した。見慣れた天井は『施設』の病棟のもの。確か昔はよく、検査の後ここで寝かされていた気がする。 「この間殺したヤツみたく、つくりモンにしちまった方が手っ取り早いのにな。」 イスの背をこちらに向けて、その上に腕と顎を軽く乗せてデュオはこちらを見ている。デュオが揶揄かいながらいっている事は確かに最もな事で、普通は単なる『組織』の一パーツに過ぎない構成員の一人にそこまではする事はない。なくした体の一部だけを、クローンしてつけかえるというのは、水準より高い技術を持った『組織』でもかなり最近に確立されたばかりの技術である。 本人の細胞から目的の部分のみを複製し、さらにつける本体の年齢相応になるまで急いで人工成長させてから取り付ける。コスト的にも時間的にもかかり過ぎ、更には付け終わった後は長いリハビリが必要という、およそ自分の立場を考えればそこまでする方がおかしい処置である。 そう、元通りにするまでに時間がかかりすぎて、実用的ではない…。 時間? 確か、クローン再生には体につけるまでにするだけでかなりの時間がかかる。普通なら作り始めて1年くらいしてやっとというくらいに。 まさか。 「あれからどれくらい経っている?」 ヒイロの言葉に、デュオは指を2本上げる。 「二ヶ月…まさか二年か?」 その答えにデュオは目を丸くして馬鹿にした声を出す。 「ばかか?二週間だ、んなに経っちゃいねーよ。」 ヒイロの眉が不審気に歪められたのを見て、デュオは更に言葉を付け足した。 「お前さんのパーツは既にストックがあったらしいぜ。だからこんなに早く出来た。最も、ストックがあったからこそ生身での付け替えをしてもらえたんだろうけどさ。」 そういった後に「何で、ストックなんかあったんだろうな?」と窺う様な視線を投げる。…もちろん、ヒイロがそれに答えられる筈はない。 視線だけで交わす沈黙が二人の間に流れ、だがそれは突然のブザーに遮られた。 「おっと、お呼びらしい。それじゃぁな。」 デュオが立ち上がって、部屋から出て行こうとする。 「待て。」 ヒイロの声にデュオが振り返って視線を戻す。 自分の体の事も問題だが、ヒイロには目覚めてからずっと気になる事があった。それを確認しなくてはならない。 「お前…、俺が眠っている間ずっと…」 「ああ、戻ってないぜ。ずっと『俺』のままだ。」 にやりと笑顔を残して、デュオはそのまま部屋を出て行く。 それを、ヒイロはただ無言で見ていただけだった。 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 麻酔が抜け、包帯をとって検査が終わるまでに1週間。さらにそれからリハビリで、本来ならば多分数ヶ月、ヘタすると年単位で時間のかかる筈であった。なにせ何の訓練もなくただ急いで成長させただけの体の一部を、特殊訓練で鍛え上げられた元のモノと同じようにしなくてはならないのだ。単純に考えれば、前の時の訓練にかかった時間とほぼ同等の時間がかかると思うのが当然だろう。 だが、何故かそうはならなかった。 「動かしてもいい」と言われてから感覚を取り戻すまで、確かに数日間は少々ぎこちなさが出はしたものの、普通に動かせるようになってからはその余りにも「元の動きに近すぎる」感覚に却って驚きを覚えた程だ。何の訓練も施されていない筈の作られたばかりの左腕と左足。それがこの歳までずっと鍛えてられてきたもとのものと比べても然程遜色のない力を持っている。殆どリハビリの必要もないくらいに。 だから、全ての処置を終えて、又任務へと戻れる状態まで回復するのに、生じた時間はあの事故から1ヶ月もなかった。 その間、ヒイロがデュオを見たのは最初に目覚めたあの時、その一回限り。 その時から数えても2週間、だが実質的には『施設』での1ヶ月の間のあいだ丸々、デュオがどうしていたのかをヒイロが知ることは出来なかった。 ただ、考えられる最悪のケースを頭の隅で恐れながら、『組織』の指示通りに動く事しか出来なかった。 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 「どうした?ヒイロ?」 名を呼ばれて、ハっと我に返りデュオへと振り返る。 「珍しいな、お前がそんなぼーっとしてるなんて。」 多少心配気に、それでも笑顔でデュオが顔を覗き込んでくる。 「いや、なんでもない。…大丈夫か?」 近づいて来たデュオの頭にそういいながらそっと触れる。 デュオの頭には包帯が巻かれていた。それは、何も知らないデュオに向かって『組織』が施したカモフラージュ処置。 ヒイロがほぼ元の通りに動けるようになった時、再度改めてヒイロには前と同じ任務が言い渡された。すなわち、『処理』を施されたデュオの監視と、その『処理』によって埋め込まれたもう一つの人格のデュオと協力して『組織』からの仕事をこなす事。その為に、ヒイロが回復するまでの一ヶ月の間の記憶がないオリジナル人格の方のデュオに、その理由付けをするための処置がこれだった。 デュオが事故にあった事にして、この一ヶ月間目が醒めなかった事にする。 それを信じ込ませる為に、少々記憶操作をして。ただ、デュオはこの手の『処置』がききずらい体質であったから(元々それが原因でこうして別の『処理』がされたワケなのだから)、本人としては「そういう事があった気がする」程度の効果しかないが、信頼するヒイロから言われれば、後は勝手に思い込んでそれがデュオの中では事実になってしまう筈だった。 だから元どおり、デュオを裏切りながらもデュオと共にいる生活に戻れた。 こうして、何重もの嘘でデュオを騙している事は辛かったけれど、又、このデュオに会う事が出来た。それは単純な喜びという感情を沸き上がらせる。たとえその感情が「不安」と「うしろめたさ」を裏に持っていても、それでも今こうして触れられる事が嬉しかった。 キョトンと目を大きく開けて、首を傾げながらこちらを見ているデュオへと手を伸ばす。軽く額の包帯を撫ぜてから、その頭を引き寄せて抱き締める。 「どうかしたのか?」 多少てれくさそうに腕の中で軽く身じろぎするデュオに、ヒイロは一言だけ呟いた。 「なんでもない。」と。 ヒイロが動けなかった1ヶ月、デュオがこのオリジナルのデュオに戻らなかったという事は『組織』からも聞いていた。だけれど説明はそれだけで、その間何があったのかはヒイロは何も知らされなかった。 また、新たな『処理』をされたのかもしれない。 あのデュオがいっていた、「いずれは自分がこの体の持ち主になる」、その準備の為の────。 その事を考えると、得も言えぬ恐怖と不安が心に闇を呼ぶ。だけれど自分に、それを止めさせる権限はない。自分も所詮『組織』の一部品にすぎないのだから。止める事など…してはいけない。 だからこうして今その時の状態を、不安に目隠しをして喜ぶ事しか自分には出来ない。 だが────。 本当にその時が来たとき、自分はどうするのだろう? □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ヒイロの腕に抱かれて、デュオは静かに目蓋を下ろした。 「何だよ、やっぱヘンなヤツだなぁ、お前。」 そういって少しだけ笑うと、静かに頭を撫でられる。それから耳元へ唇を落してきて軽くキス。くすぐったくて首を傾げると、「暫くの間このままでいて良いか?」と聞かれて「ああ、いいよと」と答えた。ヒイロは無言でずっとただ抱き締めてくれる。ヒイロの体温が体を包んでいく。 目を閉じて、その腕に任せれていれば、より一層温もりを感じられるから嬉しかった。 こうしていると、今の心の内にある不安を考えなくて済むから。余分な事を考えず、ただ包まれる感覚に確かな存在を感じていられるから。 なぁ、ヒイロ、俺は恐いんだ。 事故で頭を打ち、一ヶ月もの間自分の記憶がないのはずっと眠っていたからだという。ヒイロはそういって、前にも増して自分に優しく触れてくれる。 …だけど、それが嘘だという事は多分、間違いのない事実。 確かに事故にあった様な気もするけど…ヒイロの雰囲気、そしてこれまでの事をてらし合わせると、本当は別の何かがあったという事を感じ取る事が出来てしまう。 そしてヒイロには話していないが、目が醒めて以来、時々頭痛が自分を襲う事があるのだ。まるで思考を規制するかの様に、ヒイロの事、自分の事、長く考えようすると頭痛がそれを許さない。このままだと、何も考える事が出来なくなってしまうのではないか────。そんな不安に、どうする事も出来ない。 だから、ただこうして────抱いていて欲しい。 嘘ばかりで固められていても、こうして抱いてくれる腕の優しさだけが真実ならば今はいいから。 愛しそうに見つめてくれる、その瞳だけを信じているから。 例え、言葉は全て嘘でも。 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 5日後。元の生活に戻って最初の任務がヒイロへと送られて来た。 そして、戸惑いながらもやはりあの言葉を告げたヒイロへ、目を覚ましたもう一人のデュオはいったのだ。 「化け物。なぁ、俺お前の知らないお前の事知ってるぜ。お前が本物の化け物だって事をさ。」 重ねられた嘲笑は、ヒイロの中の不安定な部分を刺激したけれど…それでもその後告げられた真実に、己を失う程の衝撃を受ける事はなかった。 クローン技術の実験体として、体のパーツを大量に作り、それぞれに人工的な強化処理を施して、成功したパーツを繋いで作った一種の強化人間。それが、自分。デュオがいう通り、確かに化け物という言葉は間違っていない。 楽しそうに、恐らく自分が傷つくと思ったのだろう言葉にデュオは笑っていた。 だからヒイロが、それに同じく笑い声で返した時には、あのデュオが初めて表情に不安を映した。 『組織』に作られた人間、『組織』の道具。自分の存在は所詮それだけ。 ただ虚しくて────、だからヒイロには笑う事しか出来なかった。ただ、それだけだった。 …… continue. but …… |