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その日、ヒイロは待ち合わせの時間に遅れるなんて、ヤツにしちゃ珍しい事をしていた。 そもそもいつもなら、待ち合わせの時間に遅れる事があるとしたら自分の方というのがお決まりのパターンで、だから、まぁたまに仕方ないかと植え込みのブロックの上に腰掛けて、気長に長期待ちモードに入る事にしたのだ。 ただ、ぼーっとしてるのもなんなので、遅れて来たヒイロに何を言ってやろうかなんて事を考えていたもんだから、もしかしたらたまぁに顔がにやけていたりしたかもしれない。 『ヒイロ、遅れてくるなんて珍しいなっ。お前の完璧主義もたまにはうまく行かない時もあるモンだよなッ。』 ・・・・まぁ、この辺は基本だな。『完璧主義』ってトコを強調していってやれば、結構アイツにダメージを与えられそうで楽しいかもしれない。 後は・・・隠れてるとか、来ても完全無視とか・・・。 とりあえず滅多にない事なので、このチャンスを出来るだけ楽しく活用(?)する方法をあれこれと考えてみる。・・・しかし、イロイロ考え過ぎてかえってどれにするか決めかねてしまった。 「ごめん、ちょっと寝坊しちゃって・・」 そうしている内に、さっきから向かいのショーウィンドウ前に立っていた少女の連れが来たらしく、遅れて来た彼氏と思しき人物がその少女にペコペコ頭を下げて謝っている。別にどうという事はないのだが、考えていた事が考えていた事なだけに、なんとなくその光景に目がいってしまった。 「20分も・・・。本当に悪いと思ってる?」 いいながら少女は下を向いてしまう。彼氏の方は、どうすればいいのか分からずにとにかく彼女に一生懸命謝っている。 「この間も遅刻したよね・・・その前も・・・。酷いよ。きっと私って貴方にとってその程度って事なのね…。」 語尾が震えてとうとう少女は泣き出してしまった。 ・・・よくあるドラマのようなノリである。 しかしながら、コレはちょっとおもしろいかもしれない。 まぁ、流石にアイツはあんなにペコペコ謝ってなんてくれないだろうけど、イキナリあの少女の様に泣き出したらいかにポーカーフェイスのヤツとはいえ困るくらいはするだろう。 いつも無表情のヒイロの顔が、困って回りを気にしてキョロキョロする姿を想像してみる。 ・・・よし、コレだ! 浮かれきった考えに頬が弛むのを止める事は出来ない。ついつい笑みが沸いてしまっていたらしい。 「何をしている。」 多少苛立ちまじりの低い声に、ハッとして振り返る。 そうすれば、声だけでなく、表情までも冷たくして、ヒイロがそこに立っていた。 コイツ、自分の方が遅れて来たクセに随分と態度大きいよな。 俺だって、遅れて来た時には最初は謝る言葉からだぞ・・・なんて思ってムッとした表情をしても、それを見るヒイロの顔には変化がない。 「ヒイロ・・・酷いやッ・・・20分も遅れるなんてッ。きっとお前にとって俺はその程度って事なんだよな。」 予定通り、そう言って下を向き、肩を震わせて泣いてるマネをする。 「デュオ・・・」 ヒイロの声には少しだが困惑の響きがあった。 思わず沸き起こる勝利の予感に、泣きマネをしながらつい口許が弛んでしまう。 考えてみれば、あの少女の場合と違ってこっちは男な分、余計に人前でコレは恥ずかしいだろう・・・などと思っていたら。 ヒイロの手が、頭を掴んで無理に俺の顔を上げさせた。 イキナリの事に対処出来ず、コキリと鳴る首に「げっ」と思った瞬間。 文句を言うよりも早く、開け掛けた口はヒイロの唇で塞がれてしまっていた。 わあぁああぁぁ…。 ちょっと待てッ。こんな人前で・・・お前何やってんのか分かってるのかッ。 あまりの事に驚いて、とにかくコイツを引き剥がそうとヤツの手を掴んで外そうとしたのだが・・・予想通りと言えば予想通り、全ッ然、全く、外すどころか動かない。 ああ、やっぱコイツには力じゃ勝てねー。 ・・・引き離すのは諦めておとなしくヒイロが離してくれるのを待つしかない。 通行人の視線がちくちくと自分達を差している。 こんなトコで、こんなコト。しかも男同志のっていったら・・・そりゃ嫌でも注目浴びるわな、と納得。 こっちは耳まで真っ赤になって本気で泣きたい気分なのに、目の前のヒイロは顔色一つ変えていない。コイツには羞恥心ってモノがないのかもしれない。 そんな事を考えていたら、顔を持っていた筈のヒイロの腕がふいに腰に回され体ごと引き寄せられる。それからもう片方の手を背に置いて、さらに強く抱き締められるカタチになってしまう。 おいヒイロッ。正気か? 周りからは微かに「おお」という声が上がったのが聞こえる。 余りにも恥ずかしすぎて、頭の中がクラクラする。感情レベルがメーターを振り切って思考を目茶苦茶にかき回し、まともに考える事が出来ない。 ヒイロの方はまるで気にもならない様にがっちりと抱き締めた体を離してはくれない。 合わされた唇の中、ヒイロの舌は落ち着いた動きで俺の口内を蹂躪していく。 ビクビクしているこっちの舌に絡ませて、舐め取るようにすくって来る。 ずっと唇を合わせたままなので唾液が溢れそうになる。 いつもの・・・行為の時となんら変わらない思いっきり濃厚なキス。 ああもう、どうでもいいや。 限界点以上の恥ずかしさとヒイロのキスで、思考力なんてモノは遥か彼方までぶっとんでしまった。目をつぶってされるがまま、ヒイロのキスに応える。 「ん・・。」 小さく声が漏れる。 頭の中がほわんとして、体の力が抜け切ったところで・・・やっとヒイロの唇は離された。 ・・・・気付けば回りは好奇の目で人だかりができていた。 *********************** 「ったく信じられねー。」 大勢の人波をかき分けて逃げる様にしてあの場を離れた。『だからどうした』という余りにも平然としたヒイロを引っ張ってとにかく逃げる。 あ〜恥ずかしい。恥ずかしくて顔上げられねー。 やっとこさ人目のない裏道にまで逃げ込んで、ここでようやくこの元凶を作った人物に、逃げて歩いてる間中確実に増幅された怒りの吐き出しが出来るとばかり向き直った。 「だいたいなー。お前遅れて来ておいて普通はまず謝るだろー。」 そうだ、今回は何がなんでもお前が悪い。そもそもお前が遅れたのが悪い・・・俺が遅れたコイツを揶揄かおうと思ってとった態度はとりあえずこっちに置いておくとしてだ。 怒りに引きつる唇をどうにか宥めて、思いっきり厭味たっぷりに見える様言葉を投げ付ける。だが、それに返すヒイロの答えは単純明快。 「・・・・バカが。」 っってお前何様のつもりだー。 一瞬の内に頭に血が昇って、真っ赤になって抗議の言葉を返そうとする。だが、怒りが強すぎて言葉に詰まったその時に、ヒイロの声がこちらの声を制して響く。 「今日は寄る場所があるから、反対の入り口で待つといったのはお前だ。」 ──────へ? 怒鳴りつけようと開けた口が、開けられたまま止まってしまう。 間抜けに大口を開けたまま、頭の中でよ〜く記憶を辿ってみる。 ・・・・確かに、そんな事を言った気がする。 「俺はちゃんと時間通りに、向こうの入り口で待っていた。まさかと思っていつもの場所の方へ行ってみたら・・・お前がいたというワケだ。」 ・・・・開けた口が、そのままひきつった笑みに変わる。 あはははは。 思わず乾いた笑いが出てしまう。 つまり。 ヒイロはちゃぁんと時間通りに指定の場所で待っていたワケで、間違ったのは俺の方。 はぁああぁぁ。 なんだか、先程までの怒りに燃えた熱もすっかりどこかへ行ってしまい、猛烈な自己嫌悪だけが心のスキマを通り抜けて行く。 寒いっ。心が寒すぎる。 がっくりと一気に身体中の力が抜けたものの、それでも最後の気力を振り絞って抗議だけは最後まで続けた。 「でもさ、いくら何でも人前でイキナリあれはないだろ?しかも男同志・・・お前恥ずかしくないのかよ。」 上目使いで、半分力の抜けきった瞳で未練がましそーに見つめてみる。 「ああ・・。」 ヒイロが少しだけそのムっとした無愛想な顔を崩す。 僅かに口の端を上げて、面白そうに意地の悪い笑みを浮かべて俺を見返している。 嫌な予感。 「お前、自分が男に見えると思っていたのか?」 その言葉で、最後に残っていた気力も何も全部が全部体から抜けていってしまった。 ────すいません。どうせ俺がみぃんな悪かったです。 虚しさだけがびゅうびゅうと豪快に音をたてて心の中で風を吹かせていた。 END |