黒 の 主 〜冒険者の章・七〜





  【48】



 屋敷の警備の者達の動きがあわただしくなる。
 馬車が止められている方にも伝令役が走ってくるのを見れば、会議がそろそろ終わったのかとエルは思う。だから一旦、打ち合いをしていたところでその手を止め、エルはエリーダに言う。

「ちょっと休憩にしねぇか」
「はい」

 言えば彼女は素直に引く。

「なぁ、エリーダ」
「はい、なんでしょう?」

 いつも通りに綺麗に笑う彼女にエルも笑みを返して。
 けれど、次の一言で彼女の笑みは消える。

「なんでわざわざ、慣れない槍を使うんだ?」

 笑みを消した彼女の顔は、だがまだきょとんと何を言われたのか分からない風だった。

「何のことでしょう?」
「うん……槍の使い方なんだがな、お前さんすごいバランスが悪いんだよ。身体能力は十分、なのに槍使いは見よう見まねでどうにかカタチにした経験値不足って感じで応用が効かない。つまりだ、本当は慣れてるのは別の得物で、わざと慣れない武器使って自分の腕がそこまででないように見せてるって事だ」

 彼女はそれに苦笑する。けれどもその笑みは何処か含むものがあって、エルは内心自分が落胆しているのを自覚した。

「酷い言われようですね、……けれど、私はこれでも隊では一番強いのですが」

 言いながら近づいてこようとしたから、エルは長棒を前に突きだした。それを彼女はひらりと避けて後ろへ下がる。

「そりゃな、元が相当の腕で身体能力が高いから慣れない武器でも田舎兵には負けねぇってだけだろ。んでもう一つ言えばお前さんはアッテラ信徒でもない。それを否定するなら俺の目の前で強化術を掛けてみてくれないか」

 そこまで言えば彼女はにこりと……今度は少し寂しそうに笑って、一瞬エルの心臓が跳ねる。けれど次にその顔からは表情が消えて、無機質な……まるで人形のような瞳でこちらを見て言ってきた。

「やはり、貴方の役目は私の足止めだったのですね」
「まぁな。今日の会議はお前さんに邪魔される訳に行かなかったからよ」

 エルは体に緊張を纏って長棒を構える。
 エリーダはため息をついて槍を投げ捨てた。

「気付いてらしたのですか?」
「ずっと引っかかってはいたんだが……正直気の所為と思いたかった。だがセイネリアとカリンは最初から気づいてたみたいだぜ」

 それにはエリーダも笑う。ただし人形のような感情のない瞳のままで。

「あの男にはバレていそうな気はしていました。彼女は……当然でしょうね。ただ貴方を紹介したりしたから、わざとなのか気づいていないのか、もしくは気づいてない事にしたいのか……判断に迷いましたが」
「わざとだよ、あいつは無茶苦茶性格悪いからな」
「でしょうね、貴方と違って」

 それには思わず舌打ちをして、エルは彼女に長棒の先を向けた。

「お前さんの仕事は失敗だ……というかそもそも仕事の必要がなくなった。今日の会議でホルネッドは失脚した筈だ、もう奴が領主になる事はない」

 彼女はそれに少し眉を寄せて、困ったような表情を作る。

「……それで終わりで済むと?」
「やっぱりそれじゃ済まないのか」
「はい、残念ながら」

 言いながら彼女が両手で腰を撫でると、次にはその手に刃の幅が広く湾曲したそこそこ大振りの短剣が握られていた。カリンも基本は短剣だ、だからすぐ納得する。つまりあれが本来の彼女の得物だという事だ。
 音もなく、軽く地を蹴ったと思えば、エリーダの姿がすぐ近づいてくる。
 エルが長棒を回せば辛うじて武器は防げたが、彼女の速さは予想以上だ。

――槍を持ってたのは、この速さを見せないためでもあったんだろうな。

 わざと大型の重い武器を持っていたのは、そうすれば彼女のこの驚くべき身のこなしや速さが発揮できないからだろう。

――こりゃぁ足止めが出来れば御の字ってとこだな。

 幸いといえるのは、彼女の武器とこちらの武器では彼女の方が圧倒的に不利だと言う事で、だがエルもこの彼女を捉え切れる自信はない。
 下がった彼女に畳みかけるように棒で突きを繰り出すが、それらはまるで体を揺らすような動作で簡単に避けられる。その動作の中から急に狙いを変えて足を叩いても、まるでステップを踏むような軽さで避けられた。さすがボーセリングの犬、というところだろう。



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