黒 の 主 〜冒険者の章・七〜





  【44】



 本音を言えばホルネットが殺されるまでは見ていたいところだが、ハーランがそこまで出来ないのは確定事項だ。なにせ今回の出席者には軍部の人間が多くその半数が中立派だ、オズフェネスだけでなくそれらの人間が的確にハーランの配下兵を倒して行っている。そして一番の問題として――ハーラン側の兵はハーラン自身が思っている程実際は多くない。
 だからセイネリアが動くのは、さっさと終わらせて犠牲者を減らす為程度の事でしかなかった。

「ぐあっ」

 悲鳴と共に文官達に襲い掛かろうとしていた兵士の一人が吹っ飛んで、戦っている最中の者達のところへぶつかる。それで一瞬戦闘が止まってこちらを向いた兵士達に、セイネリアは不気味な笑みを浮かべて言ってやった。

「さっさと投降したほうがいいぞ、お前らの戦力じゃ成功はない」

 言ってハーラン配下の兵達を見れば、彼らは恐怖に竦んで足を止めた。

「何をしているっ、ここまでやって引き返せるものかっ。どうせここで成功せねば我らは死ぬしかないのだっ」

 ハーランが叫ぶ。それを受けて彼の配下の兵が一人、セイネリアに槍を向けて突っ込んできた。……そいつは元『お気に入り』ではない、ハーランの取り巻きの一人だ。
 セイネリアは踏み込むと同時にその槍を剣で力いっぱい叩いて横へ払った。槍の穂先が逸れるどころか大きく外へ弾かれ、男は無防備な体を晒す。そこへ一直線に黒一色の体が突っ込めば、次には男の悲鳴が上がり、その背から剣身が飛び出した。
 周囲が静まり返る。
 次にセイネリアが乱暴に剣を抜けば赤い血が噴き出して、床とセイネリア自身を濡らした。更にセイネリアは目の前の男が倒れる前に、その体をハーラン達の方に向けて蹴り飛ばした。
 吹き出した血が更に飛び散って辺りに赤い抹消をまき散らしていく。
 セイネリアは顔についた血を軽く拭うと、ハーランの傍にいる者達に向けて言った。

「まだやるというなら、俺が苦しまないようすぐ殺してやろう」

 誰も返事は出来ない。身動き出来る者もいない。
 だがそれから間もなくして――誰かが剣を床に投げれば、次々とハーラン配下の兵達が武器を床に投げ捨てだした。

「お、おいっ、お前達分かっているのか、ここまできて……だめだっ、ここで投降したとしても、どうせもうお前達には罪人としての未来しかないのだぞっ」

 ハーランが叫ぶが今度はそれに乗って向かって来ようとする者は一人もいない。それどころか兵達は手を上げて投降の意志を示した。それはそうだろう、最初に剣を捨てた人間は例の元『お気に入り』で、彼らはセイネリアと戦う愚かさを知っている。さらに彼らはもともとハーラン下の中でも腕もそれなりにある者達だ。仲間の無残な死を見た後に、仲間内でも強いと思っていた連中が投降すれば命が惜しい者は雪崩式にそれに従う。
 それでもハーランの顔を見て迷う者達がいる中、最後の一押しとなるべく言葉が彼らに掛けられた。

「兄上、ここで捕まっても破滅するのは貴方だけです。私は貴方に従った兵にまで酷い罰を与えようとは思いません。デルエン家の長子として、潔く全ての罪を背負って罰をお受け下さい」
「ホルネッド……」

 さっきまで護衛達の壁の後、一番奥に逃げていたホルネッドが前に出てきた。
 それを見て、ハーランはすぐに動いた。

「ホルネッド、貴様ぁっ」

 剣を抜き、味方をかき分け、怒りに顔を赤くしてハーランがホルネッドに斬りかかろうとする。だが彼が弟のもとにたどり着く事はない。未だ剣を捨てていなかったかつてのハーランの部下の一人――当然元お気に入りの――がハーランの背後からぶつかっていく。更にはおそらく、役人達の誰かの護衛だった者の剣がハーランの腹を貫く、それも一人ではなく二人。

「がぁああああっ、どけえっ」

 口から血を吐き出しながら、ハーランが自分を刺した人間を振り払う。けれどそこにまた背後から二人の剣が彼に突き刺さって、前に進もうとしたその足は完全に止まった。

「な……ぜ……だ……き、さ、ま、ら」

 ハーランの手から剣が落ちる。膝が落ちて、ガタイだけは立派だった無能男の背が一気に低くなって兵達の中に沈む。刺した兵達が引けばそこには倒れたハーランの姿があって、床に血だまりがひろがっていく。もう顔さえ上げられない男の手だけが唯一ホルネッドのいる方向に向かって持ち上がるが……やがれそれも床に落ちて、血を含んで赤というより赤黒くなった敷き布掴んで動きを止めた。



---------------------------------------------



Back   Next


Menu   Top