黒 の 主 〜冒険者の章・七〜 【19】 「よく止めたな」 挑発するように笑って言えば、歯を食いしばったままオズフェネスがこちらを見上げる。向うは懸命に押し返そうとするが、力で不利な上に体勢も不利ではどう考えても無理だろう。 一方セイネリアはまだ余裕がある。このまま更に力を入れて相手を崩してもいいのだが、それよりもこの体勢をもう少し維持して相手の出方を見る事にする。なにせ向うはこのままではただ消耗していくだけでじり貧になる未来しかない。何か仕掛けて立て直さなければ負けは確実だ。 「く、そ……」 ぎりと歯を噛みしめて、そこでオズフェネスはその体勢を維持したままある言葉を呟いた。勿論セイネリアはその言葉の意味を知っている――エルがよく使うアッテラの強化術だ。 ――この状態で使うか。 術を使うなら当然そのための精神集中が必要になる。神官なら戦闘の最中でも自分への強化くらいは掛けられるとエルは言っていたが、ただの信徒ではまず無理だとも言っていた。つまり神官でもないオズフェネスはソレが出来るところまで術を使い込んでいるという事だ。 「うおぉぉっ」 強化が入って一気に押し返す力が強くなる。同じ力で押さえていたセイネリアの剣が僅かに押されて上がる。 ……だがそれでも、セイネリアの優位が変わる事はない。強化が入ってやっと力が均衡した程度ではポジションの不利を覆せない。ここでの強化術は面白い手だが、状況を逆転させるほどの効果はない。 ただし、それはセイネリアがただ『勝つ』事だけを考えていた場合の話だが。 見ていた兵士たちから一斉に歓喜の声が上がる。 じりじりとオズフェネスの剣がセイネリアの剣を押し返し、そこから弾いて距離を取ったからだ。ついでに蹴りを入れてきたがそれはかわしてセイネリアも一歩後ろに下がった。不利な状況をどうにか切り抜けたオズフェネスに兵達が称賛と応援の声で盛り上がる。 ……ただ、それを受ける本人は少しも嬉しそうな顔をしていなかったが。 応援の声にも応えずこちらを睨む彼を見て、この男の性格なら当然の反応だろうとセイネリアは思う。だからこそ、手を抜く意味もあるのだが。 それでもそこで勝負を投げ出さず、彼は気合いを入れて一度吼えるとこちらに斬りかかってきた。それを剣で受けて弾き、セイネリアは一歩引く。そうすれば彼は間髪をいれずにまた剣を振り下してくる。勿論それも弾いて一歩引けば更に次の剣が――傍目でみればオズフェネスが押しているように見えるがそうではない。明らかに先ほどの押し合いで体力を消耗したオズフェネスの呼吸は荒い。対するセイネリアはまったく呼吸を乱していない。分かる者ならもうどちらが勝つかなんて分かり切っている状況だ。 オズフェネスも分かっている。だから彼の目は真剣にただこちらを睨んでくる。これで戦意を喪失していないあたりは流石と言うところだと素直に称賛出来た。 「はぁっ」 大きな掛け声と共に、一際強い一太刀がくる。それを受けたセイネリアは、だが今度は弾いて下がらずそのまま止めた。 「この……化け物め」 ポジションだけなら今度は向うが上から押す側でこちらが下で受けているのだから不利ではある。だが押しているオズフェネスの腕には細かい震えがあるのにセイネリアの腕はまったく動かない。セイネリアはそこから勢いをつけて剣を押し、押し切ると同時に相手の腹を蹴った。 ――足に来てるぞ英雄様。 そろそろ筋力的にも限界らしく、倒れはしなくてもそのままオズフェネスはよろけながら後ろへ下がる。すかさずセイネリアは剣を伸ばすが、そこでファダンの声が上がる。 「そこまでっ」 --------------------------------------------- |